でんせつのせいけんをてにいれた!
俺の前には紫の肌の悪魔が1体。どうもこいつは逃げるつもりはないらしい。
「なんだ、お前は付いて行かなくていいのか?」
「前々から思ってたが、あいつらは腰抜けだからなぁ。強者を前にして逃げるなんざ誇り高い悪魔のすることじゃねえっての」
おっと、こいつ思考が蛮族だぞ。
「ほう、つまりなにか? この俺と一対一で戦いたいと?」
「ああ、誇りある戦いで死ねるなら本望だぜ」
いやいやいや、誇りなんてないぞ。ここにあるのはハッタリだけだ。
……なんて、口が裂けても言えるわけがない。
右手には岩がこびりついて棍棒と化した伝説の聖剣。左手には何の変哲もないただのツルハシ。
……まあ、世界一硬いアダマンハルコン製の
問題はその必殺の一撃をどうやって叩き込むかだが。
「フッ、いいだろう。相手をしてやる」
精一杯虚勢を張りつつかっこつけて、俺は両手の武器を構えた。二刀流だ。刀でも剣でもないけどな。
対する悪魔は両手を緩く開いて体の前に構える。その手のひらに赤い光が灯り、明るさを増していく。魔法の予兆のようなものだろう。
さて、まずは――
「行くぜッ!」
威勢よく叫びながら、俺はツルハシを後ろから前へ、すくい上げるように振り抜いた。
ゴバッと中途半端な音と共に地面がえぐれ、掘り出された破片は砕けながら飛び散っていく。その方向は前方、今まさに魔法を使おうと構えていた悪魔目掛けて多数の礫となって襲い掛かる。
「なにっ、ストーン・ブラストだと!?」
そんな大層なもんではない。岩を砕いて吹っ飛ばしただけだ。
だが、そんなものでもそれなりの威力はある。
「ちぃっ」
悪魔は舌打ち混じりに足元に魔法を放った。
ボンと轟音と閃光が爆ぜ、生じた小規模な爆風が飛来する破片の威力を相殺。破片飛ばし攻撃は防がれることになったが、むしろ狙い通り。
相手の意識が俺から逸れている間に、再度ツルハシを振り上げる。
バゴォン! ボガァン! バガゴォン!!
続けざまにツルハシを振り下ろし、地面に穴を穿っていく。
同時に大量に巻き上げられる土埃が視界を一気にゼロにする。煙幕代わりだ。
その煙幕を利用して、一気に距離を詰める。
具体的には、走る!
「おいおい舐めてんじゃねえっての! 見えなくても足音は聞こえてんだぜぇ!」
鬼の首でも取ったように快哉を叫ぶ悪魔だが、当然そこまで計算の内だ。
――とはいえ、タイミングがシビアだからあまりいい手じゃないけどな。
「そこだァ! 『ファイア・ボール』!」
悪魔が叫び、土埃の向こうで何かが輝いたその瞬間。
俺は助走の勢いそのままに、ダンッ!と力強く踏み切って走り幅跳びを敢行した。
飛び上がった俺の足の下を魔法の爆炎が舐め、ついでに悪魔の頭上も跳び越していく。
普通の人間だったらジャンプ力が足りずに魔法に巻き込まれただろうが、こちとら腕力ゴリラ級の人間なのだ。脚力だって一般人の比じゃない。
俺はスタっと相手の背後に着地を決め、ツルハシを手離して棍棒と化した聖剣を両手で握る。
「――っ!?」
着地の足音を聞きつけて悪魔が振り返るのと、俺が
そこに差があるとすれば、想定外の事態に思わず背後を確認した奴とは違い、俺の振り向き動作はフルスイングのための踏み込み兼重心移動だったことだ。
俺は剣を使ったことはないが、棍棒だって振ったことはない。だがバットなら、それなりに経験はある。
その経験を総動員した結果──
どぼぐぁっと鈍い音と共にバットもとい
「……やれやれ、なんとか倒したか」
「コータローさん!」
物陰に隠れていたメガネの少女──コリーンが一目散に駆け寄ってくる。
どうやら無事らしい。ついさっきまで存在を忘れてたのは内緒だ。
「すごいですよ! 魔法を使う魔物を倒しちゃうなんて! やっぱりコータローさんは勇者様なんですか?」
キラッキラした目でコリーンは見上げてくるが、俺はそんなんじゃない。
「いいや、違う。俺は勇者なんかじゃない。この聖剣だって今はただの硬い棒だ」
そこはまあ、想像した通りだ。
自分から勇者を辞退した人間が聖剣に認められるはずはない。というか認められたら困る。
「俺は少しだけ腕っぷしが強くて穴掘りな得意な鉱夫だ。それ以外の何者でもない」
「そうですか。じゃあ聖剣はどうします?」
「え?」
「聖剣は抜いた人のものなんですけど、それって聖剣を抜けるのが勇者様だけだからなんですよね。でも決まりは決まりなのでコータローさんが持っていってもいいと思いますけど」
「……」
どうしたものか。
その日の夜、俺は村長の屋敷の一室を借りて泥のように眠った。
半日がかりの徒歩移動に追いはぎとの一幕もあり、そこに加えて一日の最後には聖剣を掘り出して魔物相手に戦ったのだ。肉体はともかく、精神的には結構疲れていたのだろう。
抜いてしまった聖剣とか、倒したままの魔物とか、めちゃめちゃになった祠とか、片付けないといけないことはいろいろあるんだが、とにかく全部放り出して俺は眠った。
そして次の日の朝。
「もう行っちゃうんですか?」
「ああ。遺跡の発掘のために立ち寄っただけだしな」
心配そうなコリーンに軽く答えて、俺は荷物を確認する。
ツルハシ、銀貨の入った財布代わりの袋、食料などの荷物袋。それと、ボロ布で包んだ伝説の聖剣。
ぱっと見では価値のあるものに見えないようにボロ布を被せたわけだが、近くで見るとほんのり青い光が透けて見える。暗いところでは少し気を付けないといけないか。
それにしても大変な荷物を背負いこむはめになったな。
「コータローさんが強いのは分かってますけど、遺跡には外から入り込んだ野生動物以外にも罠やゴーレムなんかがいるらしいので……くれぐれも気を付けてくださいね」
罠とゴーレムか。ゴーレムは掘ればどうとでもなるだろうが、罠はそうもいかないだろう。覚えておかないとな。
「そうか、気を付ける。それより……聖剣を持って行ってしまって、村は大丈夫なのか?」
「えっと……どういう意味です?」
「聖剣目当てに村を訪れる奴は少なくなかったはずだ。そういう奴を相手に商売したりしてたんじゃないかと思ったんだが」
昨夜、俺は悪魔たちに聖剣を持っているところを見られている。つまり、聖剣が動かせる状態になっていることはすでに魔物たちにバレているというわけだ。そうなると村に聖剣を置いておいたら聖剣目当てで襲撃される危険性は高まる。だから聖剣は俺が持っていくことにしたのだ。
とはいえ、聖剣はいわゆる客寄せパンダでもあったわけで。それがなくなると村人たちは困るのではないかと思ったのだが。
「それなら大丈夫ですよ。コータローさんの活躍次第でこれまで以上になるので」
……は?
「なんだそれ。どういうことだ?」
「伝説の剣を抜いて村を救った新しい英雄ですから。コータローさんは」
「……期待しても無駄だ。俺は勇者みたいになるつもりはないし手柄を立てる気なんてさらさらない」
「えぇ〜?そんなこと言っちゃって、これまでもいろいろ手柄立てちゃってるんじゃないですか?」
…………くそ、否定できない。
「これは私の考えですなんですけど。コータローさんは手柄とか名声とか全然興味なくて、ただ目の前で困ったことが起きた時に体が動いちゃう人だと思うんですよね。それで、そういう人ほど助けられた人は語り継ぎたいなぁって思っちゃうんですよ」
「……」
「そういうわけで、コータローさんはこれからもっと有名になるので、ナトゥンの村は聖剣がなくても全然大丈夫です!」
「……当てが外れても知らないからな」
「大丈夫ですよ。あと、昨日戦った聖剣の祠も『英雄と魔物が一騎討ちした戦場跡』としてちゃんと保存するので、そっちも大丈夫です!」
あー、片付けが進んでないなと思って気にしてたけど、そもそも片付ける気がなかったのかアレ。
穴開けまくって多少罪悪感あったのに、今はもう申し訳なさが1ミリもない。
「……勝手にしろ」
「はい!勝手にします!」
いろいろとたくましすぎるな、ここの連中。
「それじゃ、有名になって戻ってきてくださいね。英雄のコータローさま!」
いい加減諦めて村を後にしようとしていたが、流石にそれは譲れない。
「待った。俺は英雄でも勇者でもないぜ」
「えー?じゃあなんて呼べばいいですか?」
首を傾げるコリーンに、自嘲気味の笑顔で俺は答える。
「言っただろ。俺は少し腕っぷしが強くて穴掘りが得意なだけだ。だから、俺の肩書きは──『スーパー鉱夫』だ」
「また帰ってきてくださいね!スーパー鉱夫さま!」
明るい少女の声に片手を上げて応えながら、俺は村を後にした。
それにしても、いろいろと厄介なものを背負う羽目になったな。
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