岩に刺さった伝説の聖剣……ベタだな

 それから歩くこと数時間、日没寸前になってようやく俺は目的地に着いた。

 森の中のぽっかりと開けた場所。そこにナトゥンの村はあった。

 森にある村、としか言いようがない。これといって変わったところのない村だ。

「……本当にここに遺跡が眠ってるのか?」

 冒険屋で買った情報によればこの一帯は古代遺跡が多数存在するとのことだったが、少なくとも今はそんな気配すらない。


 と、考えながら歩いていると村人から声をかけられた。

「よお、少年。この村に何か用かい?」

 まあ、遺跡があるかどうかはともかく、もうすぐ夜だし今晩はここに泊まるしかない。俺は村人に案内を頼み、村の中心まで歩いた。



「いやぁ、よくおいでなさった! 近頃はこんな森の中まで来られる人はいませんでなぁ」

 俺を迎えたのは上機嫌な禿げ頭のじいさんだ。

 ここは村の中心に位置する屋敷のような建物で、どうやらこのじいさんが屋敷の主らしい。普通に考えるなら、このじいさんが村一番の権力者といったところだろう。

「そういえばお名前を伺っておりませんでしたな」

「コウタロウだ」

「ほう、コータロー様。独特なお名前ですな」

 そりゃ独特だろう。この世界の名前じゃないんだからな。

 それよりも。

「んで、わざわざこんなところに通しておいて何の用なんだ?」

「いえいえ、先ほど申した通りで。近頃はこんなところまで来られる人はいませんので、コータロー様は何をしに来られたのかが気になりましてな」

 ……妙なことを聞くな。いかにも鉱夫らしい格好をしてるんだが。ツルハシもちゃんと持ってるし。

「見たままだぜ?ここら辺に遺跡があるって聞いたから発掘に来たんだが」

「お一人で?」

「ああ」

「護衛も付けずに?」

「ああ……何かおかしいか?」

 じいさんは驚き半分呆れ半分な顔で俺を見ていた。

「いえ、まあ、最近は街道にも追いはぎだの山賊だのが現れるようでしてな。そんな中をお一人で来られたのは何か並々ならぬお方なのかと」

 なるほどな。

 確かに、俺が何の力もない凡人だったらあの追いはぎどもに身ぐるみを剥がされていただろう。

 だがそれを素直に言うとなんかめんどくさそうな予感がする。とりあえず適当にごまかしておこう。

「そうなのか。俺は追いはぎみたいなのには出くわさなかったけどな。運が良かったんだろう」

「そうですか、それは幸運で――」

「ああー!! 私の袋ー!!」

 突然、女の叫び声が割り込んできた。

 振り返ると、十代後半と思しき丸眼鏡の少女が俺を指差して叫んでいた。いや、指差しているのは俺というより俺が担いできた袋の方か。

「これ、コリーン。急に大声を出すんじゃない。客人の前だぞ」

「違うのよじいさま。これが追いはぎの奴らに取られた袋なの! あなたが取り返してくれたんですね?」

 そう言いながら、コリーンと呼ばれた丸眼鏡の少女は袋にすり寄ってくる。

 確かにこれは追いはぎどもが落としていった袋だし、話としては合うんだが、ここで「追いはぎから取り返した」なんて答えるわけにはいかない。

「いや、なんか道端に落ちてたから拾っただけで」

「それでも拾って届けてくれたんですよね!」

「ああ、まあ、そうだが……」

「わぁー! ありがとうございます! 何かお礼しなきゃ……そうだ! あとで遺跡の案内をしてあげますね! もちろん私の解説付きで!」

 ……遺跡の案内か、好都合だな。



 そういうわけで、晩飯をご馳走になった後で、俺はコリーンに遺跡の案内をしてもらうことになった。

「夜中に歩き回るのもよくないので、村に一番近い遺跡だけ案内させてもらいますね」

 そう言ってコリーンが連れてきたのはさっきの屋敷のすぐ裏側、こじんまりとした木造のほったて小屋にしか見えない建物の前だった。

 ……とても遺跡には見えないし、それ以前に100年どころか10年ももちそうにない小屋なんだが。

「これが遺跡?」

「いえ、これは目立たないように小屋を被せてあるだけです。ちゃんとこの下に遺跡がありますので!」

「そうか。それで、これは何の遺跡なんだ?」

 すると、コリーンは眼鏡をくいくいっとさせながら不敵に笑った。

「ふっふっふ……よくぞ聞いてくれました。そう、なんとこの遺跡こそが、あの伝説の聖剣が眠るほこらなのです!」

「へえ。それで、伝説の聖剣っていうのは?」

 すると一転してコリーンは飛び上がりながら驚きの声をあげた。

「ええー!! あの聖剣をご存知のない!? 500年前の魔王討伐の際に使われたと言われる伝説の剣ですよ!? あまりに強力無比な魔法の剣であったために悪用を恐れた勇者様が岩に突き刺してふさわしき者にしか抜けないように封印を掛けられた、あの聖剣ですよ!!」

 そう言われても知らないものは知らないのだ。

 なんて言ったってこの世界ではまだ生後3日だからな、俺は。

「悪いが、あまり詳しくはないんだ」

「なんと……そうなんですね。ひょっとしてかなり遠くの出身なんですか? そういえばお名前も独特ですよね」

「まあ、遠いといえば遠いな」

「そうでしたか。それじゃあ歩きながら聖剣についても説明しますね」


 コリーンに続いて小屋の中に入ると地下に続く縦穴があった。その穴をはしごを伝って降りていくと、重厚そうな石の扉が現れた。この扉は遺跡っぽい雰囲気だ。

「この扉の向こうが、いわゆる『聖剣のほこら』ですね。元々地下にあったわけではなくて、土石流のせいで地下に埋もれてしまったのだと言われています」

 なるほどな。道理で遺跡が見当たらないわけだ。おそらく他の遺跡も全部地下に埋まってしまっているんだろう。

 ガコンとかんぬきを外して、コリーンは石の扉を開いていく。奥に続くのは薄暗い通路だ。

 完全に真っ暗闇ではないのは、壁のところどころに光る石みたいのなのが埋め込まれているせいらしい。

 その薄暗い通路をコリーンが先導して歩いていく。

「まず、聖剣やこの祠、そして伝説の勇者様が活躍した時代というのが500年前で、その頃にあった文明が古代文明というものなのです」

「ああ、古代文明ってのは聞いたことはある」

「ありますか! それはよかったです!」

 しかしまあ500年前が古代か。

 俺からすれば戦国時代あたりの話なわけで……まあ遠い昔ということに違いはないか。

「それでですね、古代文明は今よりもはるかに進んだ技術を持っていたようなのですが、その古代人たちを突如として襲ったのが魔王軍なんです。古代人の高い技術力をもってしても魔王軍は強敵で古代人は劣勢だったのですが、この逆境を覆したのが、なんと! 勇者様と伝説の聖剣なのです!」

「へえ」

「勇者様は剣術も魔法も超一流のすばらしいお方だったそうなんですが、その勇者様のために古代文明の技術を結集して作られたのが伝説の聖剣だと言われているんです」

「ほお」

「それで、この聖剣の何がすごいかって言いますと、まずは素材です! この世で最も硬いというアダマンハルコンで出来てるんです!」

「最も硬い、ねぇ」

 俺がツルハシでそのアダマンハルコンとやらを叩いたらどうなるんだろう。流石にそんな硬いものは掘れないか?

「そして硬いだけではありません! 振るたびに雷が落ちたとか、何百本にも分裂して敵の軍勢に降り注いだとか、あとは一振りでドラゴンを真っ二つにしたとか、城を消し飛ばしたとか、海を割って道を作ったとか! どこまでが本当なのかは分かりませんが、本当にすごい伝説ばかりの剣なのです!」

「すげえな」

 正直話がすごすぎていまいちピンとこない。そんなのもう剣じゃなくて兵器だろ。

「これで聖剣のすごさが分かっていただけたかと」

「ああ、よく分かった」

 まあ、話が全部本当なら、だけどな。

「それは何よりです。それでですね、あそこで青く光ってるものこそが、その伝説の聖剣なのです!」

 コリーンの人差し指のその先を見ると、確かにほの暗い中で青く光っているものがある。近づいていくと、確かにそれは剣の柄の形をしていた。

 これがその伝説の勇者様のために作られたオーパーツ的な古代文明の技術の結晶というわけか。


 ところで、そんなすごいものの割にセキュリティは明らかにザルなんだが大丈夫なんだろうか。

 と、思っているとその答えはすぐに示された。

「せっかくですし、コータローさんも挑戦してみます?」

「挑戦? 何に?」

「聖剣ですよ。もしかしたら抜けるかもしれませんよ?」

 そんな宝くじみたいなノリで言われてもな。

 あと俺の場合、元勇者候補みたいなものなのでうっかり抜けてしまう可能性がなくもない。ゆえにちょっとまずい。

 というか、例の少年勇者サマはまだここに来てないんだろうか。

「そういえば、ずっとここに刺さってるってことは、抜けた人はいないのか?」

「ええ、これまで一人も。ここ最近で惜しかったのは勇者を名乗る男の子でしたね。彼はもう少し成長したら本物の勇者として認められるかもしれません」

「女戦士と二人旅の?」

「はい。お知り合いですか?」

「いや、噂を聞いただけだ」

 ……あの女神から認められたはずの勇者サマですらまだ抜けていないというわけか。これは相当厳重な封印が掛けられているということなんだろう。

 そんでもって、ここには聖剣以外にめぼしいものがない以上、カギをかける必要性すらないというわけだ。

 そこでふと、俺はある可能性に思い至った。

 これ、刺さってる岩の方なら掘れるのでは?


 そんな俺の邪念を神サマか何かが聞きつけたのか。

 突然、ボゴォンという轟音が地面を揺らした。

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