勇者のパーティーに入る気はないぜ
俺と勇者サマ一行の活躍によって魔物の群れを壊滅させてから数時間後。
俺は適当な通行人から聞き取ったよさげな宿屋に腰を落ち着けて、併設された酒場で飯を食っていた。
そこそこ高めの宿だというので少々ビビっていたが、宿代と食事代を合わせて大銀貨一枚で足りるかと聞けば二晩でもいけるとのこと。俺はすっかり安心して早めの晩飯を食べていた。
まあ、鉱山で稼いだ大銀貨にしたって無尽蔵ではないし、ずっとこんな生活を続けるのは到底無理だが、一晩くらいは贅沢も許されるだろう。
なんてったって街を救ったんだぜ俺は。実質的には穴掘っただけだけど。
あと、よくよく思い出すと昨日の夜は机で寝落ちしてしまったみたいだし、今日くらいは快適なベッドで眠りたいところだ。
と、俺がいい気分で串焼き肉を頬張っていると、赤ら顔のおっさんが絡んできた。
これさえなければなぁ。
「ようアンタ、腕相撲大会で優勝して魔物も追っ払った英雄なんだって?」
またこれだ。ひょろっとしたよそ者の若造という点では一致しているせいか、伝言ゲームのどこか途中で俺と勇者サマが同一人物扱いされているらしい。
「それは半分くらい人違いだな」
「半分だって? どういう意味だ」
……酔っ払い相手にまじめに説明しても無駄なんだよなぁ。
「俺は準優勝だったし、魔物退治もちょっと手を貸しただけだ。優勝して大活躍ってのは俺のことじゃない」
「ほぉ……。でも大会準優勝は本当なんだな? じゃあ俺と一回勝負でも――」
「やだね」
「なっ……んだよインチキ野郎め」
捨て台詞を吐いて酔っ払いのおっさんはどっかへ消えた。
ぶっちゃけインチキ野郎とでも思っててくれた方がありがたい。
単純に飯の邪魔だし、いろいろあって疲れたんで今日はもう他人と関わりたくない。
だったらさっさと飯を切り上げろという話なんだが、せっかく金出して買った美味い飯を他人のせいでロクに味わえないとなればそれこそ
というわけで何度も妨害を受けながらも、意地になって晩飯を堪能しているのが現状だ。
……そう思うと少し笑えてきたな。
卵とバターと砂糖と小麦粉でできたぼてっとした焼き菓子。
カロリーの塊としか言いようのない、それでいて何故か美味いその菓子をデザートとして食べていると、またもや招かれざる客がやってきた。
「おい貴様、探したぞ」
話しかけてきたのは女の声だ。まあ、女だろうが酔っ払いに絡まれるのはごめんだ。
「人違いだ」
「何が人違いなものか。腰からツルハシ下げてる人間がこの街に何人もいると思うか?」
……どうも俺を知っているかのような口ぶりだ。あとこの声はちょっと聞き覚えがある気がする。
「この街に知り合いは多くないはずなんだが……あんたか」
そこにいたのは勇者のお供の女戦士、マルビナだった。
「勇者サマはどうした?」
「人混みで迷子になられても困るのでな、宿の部屋でおとなしく待ってもらっている」
そう答えるマルビナからは、昼ほどの威圧感は感じない。一時的とはいえ勇者サマの護衛という任務から解放されているせいだろうか。
「そうか。それであんたは俺に何の用なんだ?」
「別に、大した用ではない。これを渡しに来ただけだ」
マルビナが取り出したのは小さな袋。中には金属が入っているようでジャラっと音が鳴る。……この状況はなんか既視感あるな。
「なんだこれは」
「大銀貨6枚。優勝と準優勝の賞金を足して割ったものだ」
賞金。確かに腕相撲大会は賞金が出るとかいう話だった気がする。そしてよくよく思い出すと俺が勝手に負けた気がしていただけで、決勝戦は決着が付かないまま終わっていたんだった。
となれば、決勝に残った二人で賞金を山分けというのはまあまあ妥当だろう。
ところで足して割って6枚ということは元は12枚なわけで、数としてはキリが悪い気がするんだが。
「全部で12枚なのか? 中途半端じゃないか?」
「何を言っている? 大銀貨は小銀貨25枚相当なのだから大銀貨4枚と8枚はキリのいい数だぞ?」
えーと、25×4=100というわけか。なるほど。
「そうか、そういうものか。それならありがたく頂いておこう」
答えてから俺は焼き菓子の残り一切れを口に放り込んだ。
そんな俺の口元を、マルビナがじぃっと見つめていた。
「……食いたいなら自分で買うんだな」
「ち、違うぞ! マコト様はそういうものはあまり進んで口にされないが貴様はどうなのかと思って見ていただけだ」
「ん? 子供なのに菓子が嫌いなのか?」
大抵の子供は喜んでがっつきそうな味だがな。
「体に良くないそうだ。確か、ムシバだのヒマンだの言っておられたな」
子供にしてはなんだかしっかりしているな。優等生っぽい感じだ。
…………後で歯磨きしようかな。それと明日は運動もしよう。
俺のそんな決意は知るはずもなく、マルビナは「そういえば」と切り出した。
「貴様、これから行く当てはあるのか?」
「いや、ないが」
ぶっちゃけ、これからどころか明日の予定すらない。
せっかくの転生なんだし、気楽に旅しながら気が向いたら金を稼いだりしようかな、くらいのふわっとした展望がせいぜいだ。
「貴様がよければだが、勇者様の供として魔王討伐の旅に出てみないか?」
「悪いがその気はないな」
考えるまでもなく答えていた。女神にも言った通り、俺はそういう人間じゃない。
「そうか。まあ嫌と言うなら無理にとは言わん。だが、貴様の能力は腐らせておくには惜しいということは覚えておけ」
……ずいぶん高く買われたものだ。
そこまで言われると邪険にもしづらいのが人間ってやつで、そこは俺も例外ではない。
「まあ、そうだな。どこかでふらっと再会した時にあんたらが俺の専門分野で困ってたら、助けてやらないこともない。その時は仕事だから金は取るけどな」
「ふん、貴様らしいな」
マルビナは偉そうに鼻を鳴らしてから、にぃっと笑った。
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