開通、奇襲、殲滅!

「さて」

 勇者サマが唱えた風魔法とやらの力できれいさっぱり土埃を落とした二人を前に、俺は最終確認をする。

「俺はこのまま穴を掘り進めて敵の真下まで進む。慎重に掘っても、まあ五分もかからないはずだ。その間に準備をしておいてくれ」

「ああ、任せろ。正面からは私が圧力をかける」

 自信満々でマルビナが頷く。

「では僕は、準備が整うまでここで待機ですね」

 勇者マコトはやや残念そうだ。とはいえ勇者サマを極力危険な目に合わせるなというのがマルビナからの注文だ。少々の退屈は我慢してもらわないと困る。

「マコト様、くれぐれも無理はなさりませんよう」

「大丈夫ですよ、マルビナ。頼もしい仲間が二人もいるんですから!」

 ……俺もにカウントされているのか。まあ戦いはしないが協力はするわけだし、間違いではない、か。

「では、私は準備に取り掛かるとしよう。きっかり五分後には攻撃を開始するから、貴様も必ず間に合わせるんだぞ」

「ああ、請け負った仕事はきっちりやるさ」

 実は二分もあれば掘り抜ける距離だというのは、今は黙っておくとしよう。



 ザッ――バゴシャァ


 これまでよりもやや控えめな音で俺は土を掘り進む。

 軽くツルハシを振りかぶり、ザッと土の壁に突き立てる。

 すると一瞬の間を置いてバゴシャァと土の塊が粉々に砕けながら後方へ吹き飛んでいく。


 ザッ――バゴシャァ ザッ――バゴシャァ ザッ――バゴシャァ……


「さて、そろそろ目的地だな」

 俺のGPS的な距離&方位把握能力によると、ここはミミナの街の城壁を10メートルほど過ぎた場所だ。

 そして俺の頭上1メートルの地表には魔物――アクマコウモリの大集団と、その親玉がいることになっている。

 まあ予測だけで作戦を進めるのもなんだし、別の能力――地中ソナー能力を使って確かめておくとしよう。

 ……聞こえてきたのは、やたらと音量のある一体分の鼓動と呼吸音。あとは風が地面に当たるような音だけがそこかしこから聞こえてくる。

 つまり、巨大な何かが一体と、残りはコウモリの群れの羽音、といったところか。

『グギギギ……おい、ニンゲンどもは何やってんだ? そろそろ果物一個くらいは出てきてもいいだろうが』

 聞こえてきたのはギャアギャアと耳障りな声。音の位置からして巨大な生き物のものだろう。

『――』

『ハッ、ようやく持ってきたか。おい、お前ら! こっちに来るニンゲンから目を離すなよ!』

『『『――!』』』

 話の内容からして、一体だけ声の聞こえる巨大な生き物が親玉で、それ以外のコウモリたちは地中にはいまいち伝わりきらない程度の音量でしか話していないようだ。

 と、いつまでも話を聞いているわけにもいかない。

 俺は慎重にもう三回ほどバゴシャァと地中を掘り進み、合図が来るのを待った。


 そのタイミングは思っていたより早く来た。

『グギャ? おい、そこの女、用が終わったらさっさと帰れ! さもないとバラバラにしてこいつらのエサにしちまうぞ!』

 ギャアギャアとわめきたてるのはコウモリたちの親玉だ。それに応じるの声は――

『やれるものならやってみるがいいさ』

 マルビナだ。

『我が名はマルビナ、マルビナ・ソルフェリノ! 貴様らごとき三下の魔物なぞ、この私が討ち滅ぼしてくれるわァ!!』

 凛々しいを通り越して雄々しい名乗りを上げるやいなや、マルビナは剣を抜き放って、雄叫びを上げて――

 ……何やら激しい戦いが繰り広げられているらしいのだが、すさまじい音が聞こえるだけでもう何が何だか。そこにさらに衛兵隊の足音が重なってきたのでもうまともに音が拾えるような状況じゃない。

 ついでに言うと、そろそろ俺も最後の仕上げに取り掛からないといけないのでいつまでものんびり聞いてるわけにもいかない。


 俺はツルハシを両手で握り、肩の上ではなく股の間に低く構える。

 格好としてはバレーのレシーブのような体勢だ。そして動きもレシーブそのもの。真上を狙って、渾身の力でツルハシを振り上げる!


 ズッ――ドバシャァ!


 期待よりも軽い手ごたえと共に、俺の頭上に大穴が開く。

 俺が掘ってきた地下の穴が、見事に地上と繋がったのだ。

 そして俺のひと掘りで吹き飛ばされた土の塊が砕けながら上空に吹き飛んでいく。今ので5匹くらいはコウモリを巻き込めただろうか。

 っと、今は戦果を気にしてる場合じゃない。俺はさっきまでいた穴の中に顔だけ突っ込んで大声を張り上げた。

「開通ぅ! 開通したぞぉ!!」

 よし。これで俺の仕事は終わりだ。

 

「キィ!? 地面ガ爆発シタゾ!?」

「キキィ! ナンダオマエ!」

 地上に出るとキィキィとやかましいコウモリたちが俺を取り囲んでいた。だがコウモリたちは口々に騒ぐだけで襲って来ようとはしない。

 まあ地下から急に人間が現れるとか予想のしようもないし、対処に迷うのも無理はない。

 だがそんなコウモリたちの中で、一匹だけ俺の登場に対して冷静に対処したものがいた。

「ギャギャギャ! 何しに来やがったか知らねえが、このクソ忙しい時に俺様の目の前に現れたのが運の尽きだな! おいお前ら、このニンゲンもついでに殺しとけ!」

 地下から聞こえたのと同じ、ギャアギャアと騒がしい敵の親玉の声だ。その声の主はというと……

 直径3メートルほどの巨大なまんじゅう型の胴体から、ぴょこんと突き出た腕──ではなく翼と、足と、それと耳。

 それぞれのパーツだけ見ればコウモリのようにも見えなくはないが、全体のバランス的にコウモリと呼ぶのは無理がある。

「お前は……なんだ?」

「俺様が何かだと? どっからどう見ても完璧なアクマコウモリだろうが!」

 ……あくまでアクマコウモリを名乗るつもりらしいが、どう見てもコウモリじゃないだろ。まんじゅうコウモリ、いや、コウモリまんじゅうの方が妥当か。

「飛べないコウモリはただのまんじゅうだと思うんだが、どうだろう」

「ギャギャア!? な、なめやがってこのニンゲンめ! おい、さっさとこいつを八つ裂きにしろ!」

「「「キィキィ!」」」

 ポヨンポヨンと体を弾ませて怒声を上げるコウモリまんじゅう。その号令に従って、周りのアクマコウモリたちが一斉に取り囲んでくる。

 本来は絶対絶命なこの状況なんだが、今だけは全然怖くもなんともない。

「一つ、忠告だ。俺なんか構ってないで逃げた方が身のためだぜ」

「キィ! ハッタリダナ!」

「キィキィ! ダマサレナイゾ!」

 まあ、急にそんなこと言われて信じる奴の方がどうかしてるか。

 だが残念なことにこれはハッタリじゃない。

「いきまぁす! 『ストーム・ブラスト』!」

 俺とコウモリまんじゅうの中間地点に開いた穴。俺がはるばる数百メートルほど掘ってきたその穴から、勇者サマの声が響いてくる。

 直後、ゴゴゴゴ……と地鳴りのような音が響き渡り――


 ギュオォォォォォ!!


 掃除機を何百倍にも強めたかのような大騒音と共に、目の前の穴から竜巻が立ち昇った。

 『ストーム・ブラスト』。勇者が唱えることのできる魔法の一つで、名前の通り嵐のような暴風で相手を攻撃するというものだ。

 それにしても結構しっかりした竜巻だ。穴の中に残っていた土や砂はもちろん、辺りの地面から草を引きちぎるように吸い上げ、そして何より──

「キィィィ──!?」

「吸イ込マレルゥ──!」

 竜巻は俺を取り囲んでいたアクマコウモリたちを一匹残らず空気の渦の中に引きずり込み、遥か上空まで吹っ飛ばした。っていうか俺も気を抜いたら引き込まれそうな吸引力なんだが!

「グ、グギギィ! お前、よくもやりやがったなぁ!」

 ギュオンギュオンとやかましい竜巻の向こうでコウモリまんじゅうが喚いている。

 どうやらあの重量感は伊達じゃないらしく、竜巻にも吸い込まれずにいるようだ。

「おいおい、馬鹿を言うな。俺はただ地面を掘っただけだぜ? これは俺がやったんじゃない。これをやったのは──」

 その時、竜巻の勢いが急激に弱まりだした。

 それに伴って猛烈な風音は鳴り止んでいき、入れ替わりのように足音が響き渡る。

 反響を伴った素早くて力強い足音はあっという間に大きくなり、最大級に大きくなった瞬間。


 ダァン! と勢いよく穴のふちを蹴り、地下から勇者が現れた。

「勇者、参上です!」



「ってあれ、魔物はこれだけですか?」

 かっこよく地下から飛び出して剣を抜き放った勇者サマの第一声はそれだった。

 俺は半分呆れながら空を指差す。

「ほとんどさっきの竜巻で吹っ飛んでったぜ」

「……竜巻? 『ストーム・ブラスト』は圧縮した空気の塊で爆風を起こす魔法なんですけど」

「ギャギャ? 俺様が見たのは竜巻だったぞ」

「俺が見たのも間違いなく竜巻だったな」

 ……そういや竜巻は強い上昇気流で発生するとかいう話だし、爆風と細い通路が合わさって竜巻になったのかもしれん。

 ま、そんなことはもはやどうでもいい。

「とにかく! 貴方が魔物の親玉ですね! 勇者の使命により貴方を討伐します!」

 勇者マコトは剣先をビシッとコウモリまんじゅうに差し向ける。

「ギャギャギャ! 魔王様が恐れる勇者ってのがどんなやつかと思ったらただのガキじゃねえか! なめられたもんだぜ!」

 悪役っぽく憎まれ口を叩いてみせるコウモリまんじゅうだったが、その背後にぬうっと人影が現れた。

「おい貴様。私の存在を忘れるとはいい度胸だな」

 立っているのは町娘風のエプロンにおびただしい返り血を浴びた女戦士マルビナだった。

「ギャア!? てめえの方のコウモリどもは竜巻に巻き込まれてねえはず……」

「言ったはずだ。貴様らのような三下の魔物がいくら集まったところで私の敵ではないとな」

 そんなわけで前門の虎に後門の狼である。端的に言えば勝ち確だ。

 だが、こういう絶体絶命の窮地に追い込まれた奴ほど予測不能な行動に出るのが世の常ってやつで。

「ギャギャア! こうなりゃヤケだ! 『ソニック・バースト』!!」

 突然魔法らしきものを口走って、コウモリまんじゅうが大きく膨らんだ。方向からして狙われているのは勇者サマだ。

 そして狙われた勇者サマは、至って冷静だった。

「滅せよ──『ホーリー・レイ』!」

 直後、コウモリまんじゅうの口からは空間が歪んで見えるほどの衝撃波の塊が放たれた。

 対する勇者の剣からは眩いほどの純白の光の束がほとばしる。

 衝撃波と光の束は真正面からぶつかり合い──


「ギャギャギャギャアアァァァァ────……」


 光の束は衝撃波もろともコウモリまんじゅうの巨体を飲み込み、断末魔だけを残して跡形もなく消し去った。

「討伐完了、です」

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