今だけ工兵にジョブチェンジ

「いけません、勇者様!」

「離してよ、マルビナ! 僕が行かないと――」

 すっかり人気の減ったミミナの街。その路地裏。

 高い壁が入り組んでいて少々複雑だが、何も見なくても方角が分かる能力のおかげで俺が迷子になることはない。

 そして俺は地面から立ち上がり、声の聞こえた方へと迷わず歩いていく。

 ちなみに地面にうつ伏せになっていたのは、別にこんなところで寝ようとかそういうわけじゃない。地面を介して勇者とマルビナの会話を聞いていたのだ。


 そのままゆっくり歩いていくと、ようやく地面を介さずに話し声が聞こえる距離まで近づいた。

「――いけません! いくら何でも危険すぎます!」

 あの二人はまだ揉めてるのか。

「じゃあどうしろっていうのさ!」

「ですから私が敵陣中央に潜入しますから、勇者様は衛兵隊と共に正面から」

「無理だよ! マルビナじゃタルに入ってもすぐにバレちゃうでしょ!? 僕くらい小さくないと潜入できっこないって!」

「そ、そんなことない! ありません! 私だってタルに入るくらい余裕で――」

 ……どうやらタルに入った状態で敵陣ど真ん中に侵入して奇襲をしかけようという作戦らしい。まあ食い物出せとか言ってたし、上手いこと他のタルに紛れられるなら作戦としてはアリか。

 問題はどっちがタルに入るかというところらしいが。

「無理だよ、マルビナお尻おっきいもん!」

「はぁ!? そ、そんなことないですから!」

「そんなことあるしー! こんなおっきなお尻が入るタルなんてあるの?」

 バシバシと、少年がマルビナの尻を叩いているらしい音が響く。なんつー会話をしてんだこいつらは。

「じゃ、じゃあやっぱり奇襲はなしで正面から」

 そして折れるマルビナ。

「それだと親玉を逃がしちゃうんだよ。ここで仕留めるなら奇襲しかないって!」

「でも、勇者様お一人を危険に晒すなど……」

「じゃあ他に作戦があるの? お尻のおっきなマルビナさん?」

 ……そんなにでかい尻だったか? いや、今はそんなことどうでもいいんだが。

 というかちょうどいいタイミングだし割り込んでしまおう。

「あー、ちょっといいか?」

「何奴っ!?」

 シュランと剣を抜き放ちながらかっこいい感じでマルビナが叫んだが、なんかもういろいろと台無しである。


「できれば剣はしまって欲しいんだが」

「貴様は……素人の力自慢が何をしに来た」

 そうは言いつつ剣をしまってくれたマルビナ。何気にいい奴だ。

「ああ、ちょっと作戦会議に混ぜて欲しくてな」

「何故だ? そもそも貴様は何者だ?」

 まあ、この辺は想像通りの反応だ。

 だから俺も予定通りに言葉を返すとしよう。

「俺の名前はコウタロウ。多分だけど、そっちの勇者サマと同郷だ」

「なに? マコト様と……?」

「あ、やっぱりそうだったんですね!」

 訝しむマルビナとは対照的に、速攻で勇者マコトは信用してくる。ただそのマコトの目は仲間を見つけた的なキラキラで輝いているが、そこだけははっきりさせておかないといけない。

「一つ言っておくが、俺は勇者なんかじゃない」

「えっ……あ、そうなんですか」

「では貴様は何なんだ?」

 これも聞かれるだろうなと思っていた質問だ。

 そして俺もいろいろ考えたんだが、どうやら答えは一つしかないようだ。

「俺は鉱夫……いや、スーパー鉱夫だ」

「すーぱー?」

「こうふ?」

 ……まあそうなるよな。


「それで、その、『スーパー鉱夫』ってのは何ができるんだ?」

 もっともな疑問だ。

「穴掘りだけに関しては百人分くらいの働きをすると思ってくれていい」

 実際のところ百人が正しいかどうかは全く分からないんだが、まあニュアンスが伝わればいいのだ。

「……ふざけているのか?」

 まあ、もっともな反応だ。だが、信用してもらわないことには話が進まない。すると見かねた勇者マコトから助け舟が出た。

「コウタロウさん、でしたっけ。僕と同郷ってことは神様達にも?」

 ……いや、助け船と見せかけてちょっとカマかけてきてるな。

「ああ、だろ? あと俺が会ったのは一人っきりだったけどな」

 そう答えてやるとマコトはうんうんと頷いた。

「大丈夫だよ、マルビナ。コウタロウさんは本物です」

「そ、そうなのですか。勇者様がそうおっしゃるのでしたら……」

「さて、信じてもらえたわけだしそろそろ作戦の話に移りたいんだが」

 俺は腰のツルハシを手に取って、地面にガリガリと図を描いていく。

「正面から攻めていったんじゃ敵の親玉に逃げられるからどうにか奇襲を仕掛けたいって話だったよな」

「ああ、その通りだが……貴様どこまで聞いていたのだ?」

「あ? 大体全部だけど」

 言ってしまってから、これだと尻のくだりも全部聞いてたと自白したようなものだなと気が付いた。

「なっ、貴様っ――」

「はいはいその話は後にしようねマルビナ。それで、僕がタルに入って食べ物と一緒に運ばれるつもりだったんですけど」

「それも聞いたが、敵陣ど真ん中にたった一人っていうのはちょっとどうかと思ってな」

「大丈夫ですよ。あんなアクマコウモリ程度、何匹来ようが怖くないです」

 それが虚勢でもなんでもないことは容易に想像できるが、とはいえ少しくらい慎重になっても損はないだろう。

「ま、本物の勇者サマがその程度で死ぬとは俺も思ってないけどな。でも、いくら守りが手薄とはいえ村とか隊商より街を選んだような奴らだ。何か隠し玉を持ってる可能性はあるんじゃないか?」

「それは……一理あるな」

 マルビナはそう言って頷くが、勇者サマはいまいち納得できないらしい。

「でも、奇襲以外に効果的な作戦なんてありますか?」

「いや、ない」

「はぁ?」「ええっ?」

 二人分の「こいつは馬鹿か?」とでも言いたげな視線を受け止めながら、しかし俺は不敵に笑う。

「誰も奇襲をやめるなんて言ってないぜ? むしろ逆だ。



 噴水広場の近くに建つ大きな建物の一つ、食料が蓄えられている倉庫の中に俺たちは移動した。

 広くて天井が高くて薄暗いこの感じがなんとなく酒蔵っぽい。実際どこからともなく酒の匂いが漂ってくるので酒も一緒に置かれているんだろう。

 ちなみに中にあるのはタルや木箱や麻袋で、それらは今まさに駆け付けた男たちの手で運び出されているところだ。

「もう十分な広さは確保できたんじゃないか?」

 マルビナがやや焦れたように言う。

 元々そんなに多くなかった倉庫の中身は、壁際と二階部分だけに残っている状態だ。これならまあ、大丈夫だろう。

「そうだな。じゃあ掘るから離れててくれ」

 ツルハシを担ぎながらそう言ったが、勇者サマもマルビナも動こうとしない。

「離れる? 離れているぞ?」

「もっと下がった方がいいぜ。できれば壁際まで」

「下がりましょう、マルビナ」

 ニッコリと微笑む勇者サマにそう言われてはマルビナも従うしかないらしい。

「そうですか……勇者様がおっしゃるのでしたら」

 困惑した表情でマルビナが下がっていくのを確かめて、ついでに半径5メートル圏内に人がいないのも確認。

 俺はツルハシを大きく振りかぶって全力で地面に叩きつける──


 ズッッ────バガッゴオオオン!!


 とんでもない轟音、あるいは爆音。

 地下に爆弾でも仕掛けられていたかのように地面は木っ端微塵に爆散、火山が噴火したかのように倉庫内に撒き散らされる。

 そして約10秒後、土煙が晴れた後に俺が立っていたのは半径5メートルのクレーターの底だった。

「ま、ざっとこんなもんだな」

 ドヤ顔を決めながら振り返ったが……誰もいない。あるのは出来立てホカホカの反り立つ壁だけだ。

 そういや離れろって言ったところだったか。

「おーい、こっちだぜ」

 呼びかけると、クレーターの淵に大小二つの人影が現れた。

 背格好からして多分勇者マコトとお付きのマルビナだと思うのだが、二人とも全身にびっしり砂埃をまとっているのでよく分からない。まるで油に入る寸前の揚げ物みたいな格好だ。

 ……なるほど、土を掘るとこうなるんだな。

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