俺と勇者のダブル無双 in 腕相撲大会

 反則野郎に対抗するためのゴリラ的パフォーマンスでトーナメント一回戦を終えた俺は、二回戦が始まるまで選手用の席に座って観戦することになった。

 ちなみに今の試合はゴリマッチョ対デブマッチョなのだが、会場の九割は試合など見ていないだろう。じゃなきゃこんなに視線を感じるものか。

 まあこの弾幕が如き視線のおかげで俺に近寄ってくる人がいないのはありがたいといえばありがたい――

「おい貴様。あの程度を倒したところで調子に乗らない方が身のためだぞ」

 前言撤回。鋼鉄の心臓でも持ってるのか、この視線のど真ん中で俺に話しかけてくるやつもいるようだ。

「調子に乗ってるつもりはないんだけどな」

 降り注ぐ視線の圧に震えそうになりながら、しかし何とか俺は雰囲気を崩さずに返答した。

 ちなみに聞こえてきたのは女の声だ。振り返ってみると勇者の保護者的立ち位置のマルビナという女だった。

 そういえばあの勇者はどこなんだろうか。

「あんた、あの子供の付き添いじゃなかったか?」

「口に気を付けることだな。あの方はお前なんかよりはるかに強いぞ」

 まあ、そりゃそうだろうな。なんたって勇者なんだし。

「そうかそうか。それでそのお方はどこなんだ?」

「ゆ……マコト様なら次の試合の準備だ。そんなことより、私は忠告してやっているのだぞ」

 忠告ねぇ……とてもそんな口調には聞こえないのだが。

「まあ確かに、さっきの相手は全然強くなさそうだったけどな。んで、もっと強い奴ってのはどいつのことだ?」

 すると、マルビナはふんと鼻を鳴らして小馬鹿にしたような笑みを浮かべた。

「当然貴様も知っているだろうが、魔王軍との戦争で本当に強い者はみな戦地に向かっているのだ。前線から遠く離れたこのミミナの街には、本物の戦士などほとんど残っていまい」

 なるほど。そういえば確かに女神も魔王軍がどうとか話していたような気がするな。

「それで、そういうあんたは何者なんだ? あんたもその本物の戦士ってやつなんじゃないのか?」

「私は……私のことはいいだろう。それより今からマコト様の試合だ。貴様も見ておくんだな」

 マルビナの言葉通り、試合会場ではマコトという名の子供勇者が木箱の前に立ったところだった。


 勇者サマの対戦相手は、長い髪ときわどい露出と筋骨隆々の肉体が特徴のアマゾネスみたいな女だ。他の出場選手たちの中に紛れている間はそれほど目立つ存在ではなかったが、こうして小柄で華奢な少年の前に立つとやはりでかくて強そうだ。

 そんなアマゾネス女と相対する勇者サマはというと、ニコニコと形容するのがふさわしい笑顔で怖気づいた様子すらない。

 まあ当然と言えば当然だろうか。

 勇者の成り損ないである俺ですらゴリラ並みの腕力が備わっているのだ。それが正真正銘の勇者となればゴリラどころじゃ済まない可能性は高い。

 そして試合が始まる。

「始め――!」

 審判が掛け声を言い終わるかどうかというタイミングで、バァンと木箱を叩く音が鳴った。

 勝ったのはもちろん、勇者だ。

 またしても会場をどよめきが包む。

 こうして客観的に見てみると、なんというかCGのような現実味のなさすら感じる光景だ。握っただけで折れそうな少年の細腕が、三倍くらいありそうなアマゾネスの剛腕をねじ伏せたのだ。

「本当に強いんだな」

「言っただろう。マコト様もまた本物の戦士の一人なのだ。分かったら貴様も謙虚に生きることだな」

 そう答えるマルビナはどことなく自慢げだ。まあそれはそれとして、調子に乗ってるつもりはないってさっき言ったはずなんだが。

 ちなみに勇者サマはそのまま二本目もニコニコ笑顔のまま楽勝した。



 それから試合は滞りなく進み、二回戦。

 俺と当たったのは線も細くて目も細い狐目の細マッチョだった。

「君も同じタイプだと思うんだけど、どうかな」

 顔を突き合わせるなりそんなことを言われても俺としてはなんのこっちゃ分からない。

「何の話だ?」

「おや、とぼけているのかい? それとも僕の見立て違いかな? まあすぐに分かるさ」

 良く分からない話はスルーして、俺はさっさと右ひじを置いてスタンバイした。

 すると相手も話はほどほどにして右手同士で握り合った。のだが、何故か相手は目を閉じている。

「何やってんだ?」

「ふふ、どうやら本当に分からないみたいだね。では教えてあげよう。この世で最も強力な力というものをね」

 やはり話が見えない。

 だが審判はこの手のやり取りに慣れたのか、淡々と試合を開始させた。

「ようい、始めっ!」

 審判が開始を告げた瞬間。

 俺が腕に力を込めるよりも早く相手の手が動き始め、結構な力で俺の手を十センチほど押し込んできた。

 だが、現象としてはそれだけだった。

 十センチ押し込まれた時点で俺の腕に力が入り、力関係は一気に逆転。

 そのまま一気に相手の腕をねじ伏せて、バムッといい音を立てて相手の腕が木箱に倒れる。

 俺の勝ちだ。

「ば、馬鹿な。僕の瞬発力が敗れるだと……!?」

 要するに、この男の言っていた力というのは瞬発力のことだったというわけだ。

 確かに、俺は特に瞬発力が優れているわけではないみたいだし、そこは付け入る隙なのかもしれない。ただ、それなら一瞬で勝負を決めるだけの腕力というのも同時に必要になる。

 今までの相手はある程度優勢に立てばそのまま体重をかけて押し込めたのかもしれないが、俺の腕力が相手ではそれでも足りなかったというわけだ。

 そして、瞬発力タネが割れてしまえばどうということはなく、俺はそのまま二本目も圧勝。

「もうちょっと瞬発力以外も鍛えた方がいいと思うぜ」

 余裕のアドバイスをかましながら俺は準優勝に駒を進めた。


 俺の次は勇者サマの試合だった。

 対戦相手は二百キロ超えてそうな巨漢で、体重は勇者の四倍、いや五倍くらいあるかもしれない。

 普通に考えれば巨漢は指一本で、華奢で小柄な少年は両手を使うくらいのハンデでまともな試合になりそうなくらいなものだ。

 だが現実は――瞬殺である。

 ニコニコの笑顔を崩さないまま汗一つかいていない勇者サマが、その圧倒的な体重まで乗せて全力でねじ伏せようとしてくる巨漢を、ひっくり返す。

 まるで二百キロの重さなど存在していないかのように。

 そんなわけでこの試合も、勇者は余裕の二連勝で突破した。



「なんか、大会荒らしみたいになってんだよな……」

 準決勝も終わり、なんだかんだで決勝まで勝ち進んでしまった俺なのだった。

「謙虚になれとは言ったが、ちょっとやりすぎではないか?」

 微妙に心配そうな声をかけてくるのは勇者の付き添いことマルビナ。

 まあこの女はかなりの強者っぽい雰囲気だし、ナチュラルに大会荒らし的なことをしてきたのかもしれないが、俺は違う。

 普通に考えて、見ず知らずのよそ者がふらっとやってきて地元の大会で優勝をかっさらうとか、観客や他の選手からすればどう考えても面白くないだろう。

 というかそもそも俺は自分の身体能力を測るためだけにこの大会に参加したわけで、別に優勝も賞金も初めから興味がない。それがますます負い目となって俺にのしかかるというわけだ。

 ただまあ、救いがあるとすれば、その矛先は俺と勇者サマの二人に分かれるからそんなに風当たりはきつくならないんじゃないかなという、希望的観測だ。

 それともう一つ。

 どよめきと歓声のど真ん中でニコニコと笑みを浮かべ続けている少年勇者。あいつはこの準決勝の試合でもゴリラさながらの筋肉ダルマに余裕の瞬殺で二連勝をしてみせた。

 だが、俺の準決勝は二連勝には違いないが、力士さながらの巨漢が相手となると瞬殺とはいかなかった。もちろん、全力を出せばまだ普通に勝てる相手ではあったが、俺の腕力の限界は見えてきた感じだ。

 つまるところ、俺はあの勇者サマには勝てなさそうだということだ。

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