俺はゴリラだった……?
ミミナの街の噴水広場の真ん中で、三段重ねの木箱に乗った小男が声を張り上げる。
「ではこれより、腕相撲トーナメント大会を開催しまぁす!」
すると、地面が揺れたかと錯覚するような野太い歓声が前後左右全方位から湧き上がる。もう周りを見る気も失せたが、俺は腕相撲大会参加者の真ん中で筋肉にもみくちゃにされている。帰りてえ。
「それでは、まず簡単にルール説明を――」
以下略。要約すると適当に少人数グループに分けてリーグ形式の予選をしたあとトーナメント戦に入るらしい。とりあえず予選は突破したい。
ちなみに、優勝と準優勝には賞金が出るとか。興味がなかったのでいくらだったかは忘れたが。
そんなわけで開会式とルール説明が終わったところで筋肉集団は適当に切り分けられていって、ようやく俺も筋肉サウナから解放された。
この時点でもう帰りたさはMAXだったが、目的を達成しないまま帰るわけにはいかない。まあ帰る先もないんだが。
目的というのは、安全に、そしてなるべく正確に、俺の強さを測るというものだ。
俺がスーパー鉱夫としてなんか良く分からないがすさまじい掘る能力を持っていることはこれまでに分かっていた。坑道掘りやストーンゴーレム退治なんかがその例だ。
だがここに来て、俺自身の身体能力も一般人よりはるかに強いのではないかという疑惑が浮上してしまった。どう見ても筋力とは縁のなさそうななよっちい体にも関わらず、だ。
そんなわけで、俺がこの先生きていくためには俺自身のことをよく理解しておく必要があるのだ。例えば腕力が一般人と比べてどの程度強いのか、ということを。さらに言うなら、同程度の腕力を持った相手というのが見つかればなお良い。
というわけで、さっそく予選が始まった。
俺のグループはほどほどのマッチョから脂肪過多なおっさん、ひょろい若者なんかが集まった五人組だった。
余裕だろうなと思っていたら、案の定余裕で全戦全勝。
一番の強敵に見えたほどほどマッチョも大したことはなく、他と同様に瞬殺だった。
周りはなんかざわついていたが、ここまでは俺的には想定内だ。
そんなわけで予選は終了。勝ち残ったのは十六人で、ここからトーナメントが始まるというわけだ。
勝ち残った面々は百キロを優に超えそうなゴリマッチョとか、二百キロすら超えそうな巨漢が半分ほど。あとはドワーフを思わせるようなひげもじゃでムキムキな小男とか、アマゾネスっぽさのある筋肉質で露出の多い大柄な女とか、ギリギリ細マッチョと呼べなくもない線の細い男とか。
それと、当然というかなんというか、例の小柄で華奢な少年勇者サマもいた。勇者サマの背後には保護者のごとくマルビナとかいう女も付いていた。
結局女の方は出場しないことにしたらしく選手にカウントされてはいなかったが、出場していたらトーナメントまで残っていそうな雰囲気で、実際何人かの観客は勘違いしているっぽかった。
さて、トーナメント第一試合。
俺の相手はやたらとギラギラジャラジャラした、いかにも成金っぽい男だった。肝心の服の中身はというと、筋肉も脂肪もいい感じに付いているといったところか。
「一回戦の相手は君か。何はともあれ握手をしようじゃないか」
そう言いながら、成金野郎は手を差し出してくる。
特に断る理由もないので俺も手を出して応じた。
「よろしく頼むよ。少年」
そう言いながら握ってきた手のひらには、何やら硬いものが隠されていた。
「……?」
しばらく考えてから、俺はようやくその正体に気付いた。丸くて硬くてこの大きさとなれば、大銀貨だろう。
つまり、この金で負けてくれということだ。
「ああ、よろしく」
そう答えながら、俺は相手の手のひらから大銀貨をむしり取ってこっそりポケットにしまった。負けてやる気はないが、とりあえずもらっておいた方が何かと面白そうだし。
それから俺たちはがっちり固定された二段重ねの木箱の両側に立って向かい合う。
肘をつき、右手をがっちりと握り合って、左手は木箱の縁を掴む。準備完了だ。
審判が木箱の横に立ち、片手を挙げて構える。
「ようい……始めっ!」
掛け声と同時に審判の手が木箱を叩く。それを合図に俺と成金野郎は同時に腕に力を込め――
バァンと威勢のいい音と共に腕が倒れる。
手の甲が着いたのは、やはり相手の方だ。俺の勝ちである。
「ほ、ほぉ……やるじゃないか、少年」
相手の成金野郎はというと、必死に怒りを押し殺しているようで気味の悪い笑顔を浮かべている。
まあ、当然と言えば当然だろう。買収したはずの相手が金だけ受け取って全然負けてくれないのだからそりゃ頭に来るというものだ。
「いやはや、私ともあろうものが少し油断してしまったようだなぁ。しかし次はないぞ少年」
そう言いながら、成金野郎はハンカチのようなもので手汗をぬぐった。
ちなみにトーナメントからは二本先取のルールになっているため、次もう一本勝てば俺の勝ちだ。
「よし、じゃあ二本目だ」
「ああ」
言いながら俺は再度相手と手を組む。しかし、今度は何を考えているのか、向こうは少し指を浮かせてしっかり握り合おうとはしない。
まあこのままでも試合はできるのだが、何か妙だ。
審判はそんな異変には気付きもしないようで、そのまま試合を開始させた。
「ようい……始めっ!」
直後、俺の手の甲に鋭い痛みが走った。
「痛ってえ!」
まるで針に刺されたかのような痛みに思わず声を上げていた。同時に、痛みから逃れようと俺は反射的に手を動かしていた。
手の甲に痛みを感じれば、手のひら側に逃げようとするのは当然の動きだ。
そんなわけで、俺はこれまでの無意識下のリミッターをも取っ払ったパワーとスピードで相手の手を叩きつけていた。しかも勢いはそこで収まらず――
バゴギャッ!
と、ただ事ではない破壊音が耳に入ったことで、俺はようやく事態を理解した。
見れば、俺の手は相手の手をがっしり握り込んだまま木箱の内側までねじ込んでいた。
「いやー、悪いな。うっかり力を入れすぎたみたいだ」
そう言いながら、俺は木箱の穴にさりげなく左手を差し入れた。穴の中で相手の指を確認すると、想像通り、指の腹に画鋲みたいな針が仕込まれていた。
つまり、こいつは賄賂というアメと針というムチで俺をコントロールするつもりだったわけだ。
まあどっちも効かなかったというか、ムチの方に至ってはものすごい逆効果だったわけだが。
それで完膚なきまでに負けた成金野郎はというと、
「き、貴様ぁ……!」
もう怒りを押し殺す気もないらしい。
俺は別に怒りっぽい方ではないし、血の気が多くて喧嘩っ早いというようなことはない。ないのだが、ここで下手な手を打つと後々面倒ごとに巻き込まれそうだし、流石に手の甲刺されて頭に来ないほどの聖人でもない。
というわけで、
「いやー、悪い悪い。すぐに手を箱の外に出してやるよ」
そう言いながら、相手の手を放して木箱の穴に両手をかける。そのままそれぞれ反対方向に力を掛け――
バギャンと木箱を引き裂いた。
箱に空いた穴から割れた木箱は綺麗に真っ二つになり、奴の手は木箱の中から無事に救い出された。
「よし、これで大丈夫だな。さて、怪我はないか? ささくれが刺さったりしたら痛くて大変だからなぁ!」
俺はやりすぎなくらいににっこりと笑って相手の右手を取り、怪我がないか確かめるふうを装って軽く両手で握ってやる。その瞬間、成金野郎はサメかワニを目の前にしたかのように、勢いよく腕を引っ込めた。
「ああっ! だ、大丈夫だ。怪我はない。だからそんなに触らないでくれっ」
「そうか、それならいいんだ。じゃあお互いの健闘をたたえて握手で試合を終わるとしよう」
「ぴゃっ」
もはやまともな言葉も発せなくなった成金野郎に右手を差し出させ、がっちりと両手で握手を交わしてやる。たった今木箱を引き裂いたばかりの手で。
要するに、「お前がその気なら腕の一本くらいもぎ取ってやるからな」という意志表示である。当然、それが伝わらないほどにぶい相手ではなく、さっきまで怒りで真っ赤だった顔は今やしっかり青ざめて小刻みに震えている。
そして、念入りに握手を終えると、手のひらに隠し持っていた大銀貨を手のひらに押し付けてやって、試合終了だ。
成金野郎はそのまま生気の抜けた足取りで広場を後にし、不本意ながら木箱粉砕パフォーマンスなるものを見せつけてしまった俺は、それからの数分間を観客の視線とどよめきに包まれて過ごす羽目になった。
……やりすぎたな。まだ一戦目なのに。
……っていうか何だよこの腕力。ゴリラかよ。
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