2.腕相撲大会で本物の勇者サマと出くわした話

検問って……俺そんなに怪しいか?

 ガタンゴトンと揺すられること数時間。馬車っぽい客席を木製ゴーレムの背中に載せて運ぶ乗り物――ゴーレム馬車は、ちょうど正午あたりでミミナの街に到着した。

 徒歩なら日の出と共に出発して日没頃に到着できるかどうかという距離らしいので、徒歩の倍以上の速度はあるというわけだ。

 ……正直、自動車とか電車ならもっと速いだろう。まあ交通網が整備された前世と比較するのは酷かもだが。


 ともあれ、俺はミミナの街に着いた。

 いや、正確にはミミナの街の門まで、だ。

 なんでそんなところで止まっているのかと言うと――

「あんた、ゴーレム馬車の客にしては格好が貧相なんだよねぇ」

「鉱夫にしてもなよっちい体だしなぁ」

「そのくせ金はたっぷりあるのもさぁ」

「「「なーんか怪しいなぁ」」」

 俺が検問で止められたからだ。


 小さな机が一個と、その周りを囲むように丸椅子が置かれてあるだけの、シンプルで小さい部屋。その中の一つの椅子に座らされた俺は、三人の兵士に取り囲まれていた。

 いわゆる取調べというやつだ。

「うん、とりあえず、名前と出身地から聞こうか」

 とりあえず正直に答えておくか。

「俺の名はコウタロウ。鉱山から来た」

「コータロ? このあたりの名前じゃねえなぁ。聞いたことあるか?」

 一人の兵士が他二人にも聞いてみるが、そろって首を横に振る。

 まあそりゃそうだ。別世界の名前なんだし。

「じゃあこの金はどこで手に入れたんだ?」

「鉱石掘りで稼いだ金だ」

 これも、まあ嘘ではない。厳密には鉱石というか遺跡を掘り出したわけで、しかもたった一日で稼いだ額なわけだが、そこは黙っておく。

「まあ、一年くらい働いて全部貯めればこのくらいにはなるらしいけどよぉ」

「そもそもその体で鉱夫ってのがまず怪しいんだよなぁ」

 結局そこに行き着くらしい。さてどうしたものか。

 その辺の地面でも掘ってみせれば鉱夫になるのに十分すぎる能力があるのは一発で証明できるが、どう考えても目立つし、逆に怪しまれかねない。

 しかし他に手も思いつかないし……。

「よしっ、じゃあ俺と腕相撲して勝てたら通してやるよ」

 なんだそりゃ。



 鉱夫は腕っぷしが強い。腕っぷしが強いなら腕相撲で勝てる。

 つまり鉱夫なら腕相撲で勝てる。

 というわけで、間違ってないけどなぜか頭の悪さを感じる論理展開のせいで、俺は取調室の中で腕相撲をすることになった。

 検問ってこんなのでいいのか?


「よーし、じゃあ手を組め」

 俺は一人の兵士と机を挟んで互いに右手を握る。左手はそれぞれ机のヘリを握り、存分に力を掛けられる状態だ。

「じゃあいくぞ。よーい、はじめっ!」

 審判役の兵士の掛け声に合わせて、俺と相手が同時に力を込め――


 びたーん!


 ……一瞬で決着してしまった。

 机についているのは相手の手の甲。つまり勝ったのは俺だ。

「まてまてまてまて! もう一回、もう一回だ!」

 俺としても何が起きたのか良く分からないので再戦は望むところだ。

「ああ、もう一回だ」

「よーい、はじめ!」


 びたーん!


 ……リプレイか?



 その後、俺は三人の兵士と計10回くらい腕相撲をし、全戦全勝、しかも全部瞬殺という華々しい戦果を上げて、見事に検問を突破した。

 ……いろいろとおかしいが、まあ鉱夫として十分以上の腕力があることが示せたからオッケーなんだろう。

 ついでに俺の腕力が並の人間より明らかに強いことも分かった。これも例の転生の女神のおかげだろう。流れ的には、女神に逆らった罰として鉱夫にされたはずだったんだが……。


 そして、無事に検問が終わってから、兵士の一人が俺にある情報を伝えた。

「実はもうすぐそこの広場で腕相撲大会があるんだ。あんたなら優勝も狙えるだろうし、是非行ってみるといい」

 それでいきなり腕相撲をさせられたんだろうなと一人納得しながら、俺は取調室を後にした。


 取調室の部屋を抜けるとそこは石畳の広場だった。

 三、四階建ての建物に周囲を取り囲まれた、中央に立派な噴水のある円形の広場だ。何かのゲームのはじまりの街的な雰囲気で、何となく既視感があるようなないような感じだ。

 そして、噴水前に積み上げられた木箱の上では小柄なちょび髭男が声を張り上げて参加者を募り、その周りにはすでに結構な人数が集まっていた。当然のことながら力士やプロレスラーを思わせるようなやたらとデカい奴らばかりが集まっていて、むさいことこの上ない。

 サウナにすら匹敵しそうな筋肉密度の中に入っていくのに俺が若干躊躇していると、ふと隣の話し声が耳に入った。


「大丈夫ですよ。女神様から頂いた体はとても頑丈なんですから」

「それは分かっていますが、もし万が一ということもあります。私は反対です」

 女神という単語に思わず振り向くと、そこには十代前半と思しき少年と噴水前の筋肉集団にも匹敵しそうな雰囲気の女が立っていた。

 幸いにもその二人は俺の視線に気付いた様子もなく話し続けている。

「どうしても出なければならないというなら私が代わりに優勝してきますので、勇者様はどうか――」

「わぁ、マルビナも出るんだね! よーし負けないぞ!」

「いえ違います、違うのです。私が出るのでマコト様は大人しくしていてほしいと――」

「えー、どっちなのさ。マルビナは出るの? 出ないの?」

「いえ、ですから私は――」

 しれっと話題をすり替えようとしてるなと思いながら、俺はその場を離れて広場中央の噴水前まで歩いていった。

 どうせあの調子なら勇者様とやらは腕相撲大会に出るのだろう。だったらさっさと離れておかないと知り合いか何かだと思われかねない。特に筋肉集団の中では俺とあの勇者様とやらは浮きまくるだろうし。


 しかし、「女神」に「勇者」、加えてマコトという名前も十中八九日本語の名前だ。

 どっかに俺の代わりの勇者サマがいるんだろうとは思っていたが……何となく気まずいな。

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