第5話
『あなたはショックで色んなことを忘れてしまっているだけ。どうか、思い出して』
メルは、そう言って、歌った。
――すべて思い出した。
僕はこんな山奥の屋敷に住んでなどいなかった。どちらかといえば田舎町ではあったが、車は走っていたし列車だって通っていた。
綺麗な海だってあった。そこで、君に初めて出会ったんだ。
『メル・アイヴィー』
あのときも、殆ど話はしてくれなかった。君はなにかを祈るように歌うことがあって僕はそれを聴くのが大好きで。
君に祈られている正体不明のものに嫉妬したんだ。それはもう、いっそ、君の息を止めてやりたいくらいには美しい声だったから。そんなのは、もちろん比喩さ。実際問題、君の声を独占できるなんて考えていやしない。そんなことをしてはならない。
けれど僕はね、メル。
君に、恋をしているんだ。
逃げたい。
だけど、こんな足じゃ逃げられない。
生きたい。死にたくない。
また、君の声が聴きたいんだ。それが今の僕の、たったひとつの望みさ。
ドナーが見つかった? 白々しい。ドナーは、この僕だろう。外に出さずに安静にさせていたのは、利用価値がなくなることを恐れて。足まで折って。
献身的な母を装う赤の他人に苛立ちを覚え、恐怖が芽生えるが。
あの女に僕を。いいや――“俺”を売ったやつが、憎い。
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