第2話
コンコンと木のドアを叩く音がしたあと、「入るわね」という掛け声とともに扉が開かれる。
「食べたのね」空になった容器に視線をうつし頬を緩めるのは僕の母親だ。プリンを作った本人でもある。まさかそれを正体不明な少女に食べられたなんて考えは彼女の頭に微塵もないだろう。
「明日はもっと大きいのをお願いしてもいいですか」
以前の僕はどんな口調でこの女性と話していたのだろう。
「ほんとに好きだったもんね」
「そうなんですか」
「おかわり! ってどんどん食べるものだから一度に作り過ぎないようにしていたのよ」
嬉しげに昔話をする母さんをみても僕はなにも思い出せない。申し訳なさともどかしさが湧き上がってきて無理に笑顔を作った。
「では、バケツサイズでよろしくお願いします」
「こらこら。そんなに食べちゃいけません」
「好きなものに触れたらなにか思い出すかもしれませんので」
僕は事故にあったらしい。目覚めたらベッドの上に寝かされていて足が折れていた。
そういう意味でも僕は窓から外になんて出られそうにないが、そうでなくとも暫くはここに滞在することを義務付けられている。
一人部屋にしては広い空間にベッドやソファ、デスクなどシンプルな家具が置いてある。僕の部屋らしいが正直なところどれも趣味じゃない。
「まだ外には出ちゃいけないんですか」
「何度も言ってるけど記憶のないまま出かけるのは危ないの」
僕は心臓に持病があるらしい。走ることはおろか、体力を使うことはどんなことでも自重しなければならない。それじゃセックスすら赦されないのだろうか――なんて考えたとき、あの子の顔がチラついて。華奢な身体に似合わず案外豊満な胸を思い出すがよこしまな妄想を追い払う。
違う。僕はメルとそういう関係を望んでなどいない。友達になれたらなと思う。どうやらこの世界には僕を見舞う友人一人いないらしいので。
「外には、あなたの身体に合わない食べ物も多くあるのよ」
「そう、でしたね」
なんでこんな身体に生まれてきたんだろうなんてことは口には出せない。出すとしたらあなたがいないときに限る。
「なにも意地悪言ってるんじゃないのよ。わかって頂戴」
「はい」
この屋敷は、まるで牢獄だ。
三食満足に食べられて過保護気味だが優しい母さんもいて、制限がある中、空調の整えられた部屋も用意してもらえているのだ。不満があるなんて言えば親不孝だのなんだのと叱られてしまうかもしれない。
ねえ、メル。それでもやっぱり君が羨ましいよ。僕もいつか君のように自由になれる日が来るのかな。
その夜、窓の鍵をかけずに眠った。もちろん、いつ君が来ても招けるように。
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