第1話

「そろそろ教えてくれてもいいんじゃないか」


 僕の言葉に疑問符がつこうがつかまいが空気のように扱う君は、キラリと光るスプーンにすくったプリンを当たり前といった様子で口に運んだ。それは僕が君のために用意してやったものなんだぞ。

 しかし女の子の一口というのは、あんなにも小さいのだから同じ生き物とは思えない。


「なにも住んでる場所まで聞いているわけじゃないだろ。年とか、好きなものとか。そのくらいのことなら話せないものかな」

 わかってはいたけれど君はなにも答えない。どうせまた食い逃げしていくつもりなのだろう。金を払えなんて言わないからさ、せめてお代替わりに僕の話し相手になるくらいのことしていって欲しいね。

 編み込みの入った銀色の、指通りのよさそうな髪が風でさらさらとなびくたびに目を奪われる。一体全体なにを考えているのか読めやしない冬の青空のように澄んだ瞳は基本的に色を変えないが大好物を捉えると途端に瞬く。

 ほっそりとした手足を真っ白なワンピースからのぞかせ、掴んだら折れてしまいそうな脆くて魅惑的な美少女、メル・アイヴィー。君はいったい何者なんだ。

 名を聞き出すのにすら三日かかったのだ。君のことを知り尽くす頃には僕の髪は白くなり背中は曲がっていたりしてね。

 いや、これは別に、ずっとこの先も君の傍に僕がいたいとかそういう願望では決してない……わけで。


「あ、ちょっ……」僕の呼び止めに応じることもなく窓から外に飛び出した、メル。

 ここは二階。ジャンプで着地できる高さではなく器用に木を伝って下まで降りていくが、うっかり滑り落ちでもしたら怪我をしかねない。


「また今日も君を呼び止めることができなかった」


 ならば明日は五倍でかい特大プリンを用意させようか。時間にして五倍だけ君を食い止めるかはさておき、今日よりは話しかけられるチャンスも増えるだろうからな。

 質問なら、為尽しつくした。一方的に。誰だ、といった漠然としたものだけじゃなく『君は人間なのか?』というバカげたような、イエスかノーで答えられる問にしてみたこともあるが聞く耳を持ちやしない。


 まあ、まず僕が知るべきなのは――。


(僕は誰なんだろう)


 なによりも自分のことなんだろうけどさ。

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