第4話
夏休みになっても部室に通っていたけれど、お盆休みは学校が閉まってしまうため、流石に部室に行くことはできなかった。
こんな時、先輩を誘ってどこかに行けたら良かったのだけど、そんな度胸はなかった。
そもそも、先輩の連絡先すらまだ聞けていない。そんな私が先輩と出かけるなんて、夢のまた夢だ。
一週間近く会えないだけで物凄く寂しく感じて、休みが明けるとすぐに部室へ行った。
いつもより早く来てしまったためか、先輩はまだ来ていなかった。
「先輩、まだかな」
でも、先輩はお昼を過ぎても現れなかった。
その日たまたま用事があったのだろうと思ったけれど、先輩は次の日も、そのまた次の日も現れなかった。
――もしかして、嫌われてしまったのかな。
そんな考えが頭をよぎったけど嫌われる理由がわからなくて、私はその後も毎日部室へ行った。
でも結局、夏休みの間、先輩が部室に現れることは無かった。
夏休み明け最初の登校日、私は先輩のクラスへ向かった。
嫌われているのかもしれないけど、理由もわからないまま避けられ続けるのは辛かった。
初めて行く上級生の教室に緊張しながら、私は中をそっと覗く。
先輩の姿は見つけられなかった。
でも、あるものが目に止まった。
……机の上に置かれた花瓶に、美しい花が飾られていた。
私の胸がドクンと嫌な音を立てる。
――違う。あれは先輩の席じゃない。先輩は今たまたまいないだけで、あの席に座っていたのは別の人のはず。
「……メルちゃん? どうしたのこんな所で」
入るのを躊躇っていると、後ろから声をかけられた。
私や先輩以外の人はほとんど部室に来ない中、唯一たまに顔を出す女の先輩だった。
「あの……先輩を、探しに来たのですが」
「……もしかして、何も聞いてないの?」
何のことかわからない。
ただ、私の脳が聞かない方がいいと警鐘を鳴らしていた。
「彼ね、亡くなったの。お盆で帰省している時に、事故にあって」
その言葉を聞いた瞬間、頭が真っ白になった。
――先輩が、亡くなった?
そんなの嘘。タチの悪い冗談に違いない。
きっと、先輩はどこか近くに隠れていて、2人で一緒に私をからかっているんだ。
……だから、早く出てきてください、先輩。
でも、女の先輩が話し終えて私から離れても、彼が現れることはなかった。
放課後になって、部室に行っても彼はいなくて、いくら待ってみてもこなかった。
私は毎日部室に行って、先輩を待った。
次第に彼のことしか考えられなくなって、何も手につかなくなった。
授業中も、友人と話している時でさえも上の空になり、食欲が無くなって寝付きも悪くなった。
体調が悪くなり、常に青白い顔をしていたからか、友人達にとても心配された。
「まるで今にも死んでしまいそう」だと。
それくらい当時の私は憔悴していた。
それでも、私は部室で先輩を待ち続けた。
木の葉が色付き始め、日が暮れるのが早くなったある日。
部室で独り、来るはずのない先輩を待っていたら、外は薄暗くなっていた。
おぼつかない足取りで帰り道を歩く。
ぼんやりとした頭でも慣れた道だったから、いつもなら帰ることができた。
でも、その日は普段は車通りの少ない道に車が来ていた。
車に気づいた時には、もう目と鼻の先まで迫っていた。
……その後のことはよく覚えていない。
気がついたら、病院のベッドの上にいた。
そして、私は全てを忘れてしまった。
先輩の死という辛く悲しかったことだけでなく、先輩との出会いも、一緒に過ごした時間も、何もかも。
「――でも、思い出せて良かったです」
柔らかな風が私の髪を揺らす。
まだ少し冷たいけれど、震えるほどの寒さではない。
「皆は、記憶が戻ったら私がまた辛い思いをすると思っていたみたいだけど、案外すんなり受け止められましたし」
それが事故にあって頭が冷えたからなのか、夢の中で先輩に会っていたからなのかはわからない。
でも、私がここに来られるようになったのは、あの夢のおかげだと思う。
夢の中で、私は先輩に自分の想いを伝えた。
夢なのだから、自分にとって都合のいい返事が返ってくるのはわかっている。
だから、返事なんて期待していなかったけど、夢の中の先輩は「ありがとう」と言って笑った。
その笑顔は、どこか悲しそうだった。
まるで、その気持ちには答えられないのだと伝えているかのように。
私はそこで目を覚まし、その日以来、先輩が夢の中に出てくることはなくなった。
先輩が言った「ありがとう」の意味を聞くことはできなかった。
だけど、あれはきっと、先輩なりの別れの言葉だったのだと思う。
それこそ都合のいい自己解釈な気もするけれど、大目に見てもらいたい。
「だって、ようやく先輩に会いに来れたんですもん」
私は目の前にある、先輩のお墓に笑いかける。
「すっかり遅くなってすみません。結構怪我が酷くて1人でここまで来るのに時間がかかっちゃいました」
傍から見ればでかい独り言を喋る怪しい少女だろうけど、今は周りに誰もいないから、先輩に話しかけるように喋っていた。
ここに来るのは最初で最後になるから。
「先輩。短い間でしたが、ありがとうございました。あなたと過ごした日々を、私はもう忘れません」
私はお墓に向かって歌った。
あなたが好きだと言ってくれた歌を。
あなたと出会えたことへの感謝と、あなたが安らかな眠りにつけるよう祈りを込めて。
歌い終えた私が顔を上げると、近くに生えていた木の枝に目がいった。
全ての葉が散って剥き出しになっている枝に、小さな蕾ができていた。
風がその蕾を揺らし、私の頬を撫でる。
その風は、暖かかった。
「……お別れです、先輩。私、先輩よりもずっと良い男の人を捕まえてみせるので、楽しみにしててください」
そう言って、満面の笑みを作る。
上手く笑えているかはわからない。でも、先輩には笑顔でお別れを言いたい。
「――さようなら、先輩。私の、初恋の人」
私はお墓に背を向け、歩き出す。
一切振り返ることなく、ただ前を見つめて、私は日常へと戻っていった。
いつも同じ夢を見ていた 真兎颯也 @souya_mato
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