7-6

「パパ、何を……」

 大仁君は目を白黒させながら振り返った。元大臣は、きつい視線で見下ろす。

「邪魔だ。騒ぐヒマがあるなら、急いでスタート地点に戻ってペナルティタイムを終わらせろ。役立たずが」

「う……」

 大仁君は、悲しげな顔で駆けていく。

 海道君はふらふらで、スタート地点に戻れるかどうかわからない状態。ツグミちゃんが肩を貸そうとしたけど、「ぼくに構わず、急げ」といって一人で歩き始める。ツグミちゃんは「すぐに戻るから」といって走っていく。

 ドッジロイドもドッジザルも、もういない。ここに残っているのは私と元大臣だけ。

 所持金を持っているのも、私と元大臣だけ。あっちの方が高い額だって、私はタブレットで見るまでもなく確信した。たくさんの敵ドッジロイド→ドッジザル→元大臣と所持金が流れていた。

 所持金がたくさんあるってことは、それだけ強いってことでもある。大会で何度も優勝したとか大仁君が誇らしげに語っていたし、私自身も実力を見た。

 私はそんなのと二人きりになってしまった。

「残ったのがあのザコではなくわしでよかった」

 元大臣が乾いた言葉をはいて、私は眉をひそめた。

「大仁君のこと? お父さんはドッジがうまいとかいってくれてたのに」

「それが何か? わしの役に立たなければ、存在価値などありませんな」

 私はそれを聞いて、初めて大仁君に同情した。仲よくしようとは思わないけど。

 確信したことがあった。

 私はずっと大仁君に困らされてきたし、お嫁さんにされるピンチの最中でもある。

 そうしてきていた大仁君は、元大臣に利用される操り人形でしかなかった。どれだけ大仁君を追い払ったって、元大臣がいるかぎり何も変わらない。

「子どものころ、わしは友だちがいなくてさみしかったのです。目立たない子でしたからな」

 元大臣が笑う。悲しげだったけど、犬歯をちらつかせながらの不気味な笑みに変わった。

「しかし、大人になった今は人から注目されています。ドッジで勝つことも人の目を引く手段の一つ。より多くの人から注目されるためには、王の権力が必要なのです」

 権力で注目される。そんなやり方、私は見たことがある。

 大仁君は、転校してくるなりハデにおごって子分を作ろうとした。この大会だって、お金で選手を集めた。親のマネをしていたってことだ。

 さみしさが嫌なのは私もわかる。私はドッジでにぎやかなのが好きだから、逆は嫌だ。自分のドッジチームを作りたいけど誰も入ってくれないかも、なんて想像して悲しくなっていた。

 権力やお金を使わないとさみしさがなくならないなら、それはそれで仕方ないのかもしれない。でも、人が困ることをしていいわけじゃない。

 だから、

「断っておきますが」

 元大臣は丁寧な言葉だけど、目は私をきつくにらんでいる。

「わしは、子ども相手でも手を抜きませんぞ」

 右手に一つ。左手に一つ。合計二つのボールを持っている。

 私も持っている。両手で一つ。

 一つずつ投げ合って二人ともよけても、あっちに一つ残る。私が次の一つを拾おうとしている間に、元大臣は二つ目を投げつけてくる。

 私は二つをよけて一つを確実に当てないといけない。

「行きますぞ!」

 元大臣が、左手のボールを投げた!

 コースを外した? 私の手前、床に命中。

 いや、外れじゃなく狙いどおり。バウンドして、私の隣にあった棚へ。

 ならべてあったものは墨汁。ボールが当たったせいで中身が飛び散って、私の目に入った。

 しみる! 気持ち悪い! それどころじゃない!

 見えない! 元大臣の笑い声が聞こえる。

「これはこれは。思いがけないアクシデントですな!」

 ホイッスルが鳴る雰囲気はない。場所をうまく使うのは、トンデモドッジの戦法。

 元大臣、狙って墨汁に当てた? そこまで狙えるだろうか。棚に置いてあるものが飛んで注意をそらせれば十分、という考えでやったのが効果特大になっちゃっただけかも。

 そんなのどうだっていい。超ピンチ!

「では、覚悟していただきましょうか。ひとーつ!」

 私は絶望に飲まれ――かすかな希望を感じた。

 この言葉、聞いたことがある。一回どころじゃなく、何回も。

「ふたーつ!」

 相手をいたぶるこのやり方、大仁君と同じ! ということは。

「みーっつ!」

 最後の言葉を聞いた私は、一か八か腰を落とした!

 私のすぐ上を風が通り抜けていった。きっとボールだ。

「何だと?」

 大仁君は、よく同じようにして私をいたぶっていた。それも父親のマネだったってわけ。胸もと辺りを狙うことも。

 大仁君がそうするタイミングを思い出せば、見えなくてもよけられる! しかも、元大臣は『何だと』とかいって自分の居場所を教えてくれた。

「そこ!」

 私はすぐさまボールを投げた。全ての力と祈りを込めた一投。そして。

「くっ……!」

 ボールが当たる音。ボールが落ちる音。

 ようやく墨汁をぬぐうと、信じられない顔の元大臣がいた。あわてて私に背中を向けて、駆けていく。タブレットを見ると、所持金の全てがこっちに集まっていた。

 元大臣はスタート地点に戻るつもりだ。でもここへ帰ってくる前に終了のホイッスルが鳴った。

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