6-4

 内野では、海道君が投げたり味方ドッジロイドが投げたりしている。

 でも、外野ではずっと私が投げている。そのせいで、私はピラニアの好きなにおいが染みつき始めている。だからピラニアに「ボールの次においしそう」と思われつつある。

「惑わされませんわよ……!」

 リリナは私たちの内野に投げたけど、戸惑いがいっぱい。海道君が受け止める。

 ボールを手にした海道君は、リリナたちごしに私を見つめた。

「ピラニアから標的にされたか」

 私があせっている理由に気づいたみたい。

「ゆっくりしているヒマはない。こうするしかないか」

 海道君はボールを――投げない?

「早くしないとピラニアが!」

「それでいいんだ。ぼくはココを守る。どんな手を使ってでも」

 ピラニアが海道君におそいかかる。水中で、飛びはねて水上で、足や体に食らいつく。

「やった! ざまあ見ろ!」

 大仁君がプールサイドで大笑いした。でも、笑いを止める。

 すぐにボールを捨てれば、ピラニアも離れてくれるのかもしれない。それなのに、海道君はボールを持ったまま。

「く……」

 苦しそうな声をこぼしてしまったけど、持ちっぱなしのファールを取られるギリギリまで持って、やっとボールを外野の私にパス。

 ピラニアたちは、海道君にかみついたまま離れない。

 そういえば、大仁君がいっていたっけ。長くかまれたら離れなくなるって。

「てめえ! どうしてそんなことを!」

 大仁君は目を白黒させていた。海道君は痛そうにするけど、後悔する様子はない。

「何てことするの!」

 私はリリナたちを狙って投げた。結構勢いが出たせいか、敵ドッジロイドが取りそこねてアウト。その敵ドッジロイドは外野へ。私は内野に戻る。これで同点になったけど……

「早くピラニアを取らないと!」

 私は海道君に駆け寄った。水のせいでゆっくりになってしまうのがもどかしい。

「いいから、試合を続けろ」

 海道君は気迫のある瞳で私を見返してくる。

「ピラニアがいなければ、普通のプールドッジと変わらない。お前は予習どおりに試合できる」

「そうかもしれないけど……」

 ためらってはいられなかった。リリナが私たちにボールを投げつけてくる。

「あなた、どうしてそこまで!」

 やっぱりさっきまでと比べて狙いもスピードも今一つ。陣形もくずれ始めている。私は簡単に止めて、投げ返した。私も動揺していたせいか、リリナに取られたけど。

「わたくしに教えてくれたことといい……意味不明ですわ!」

 リリナがまた投げてくる。海道君を狙った? 一番無防備な人を狙うのは当たり前。

 でも、その当たり前をためらってしまっている。私は海道君をかばってキャッチ。

「さっき、いっただろう」

 海道君が私の後ろで語る。

「ココを守るためなら、何でもする……ピラニアのおとりも、対戦相手の闘争心を削ることも」

「だからって……」

 リリナは敵ドッジロイドに指示を出そうとしていた。でも、遅い。私が投げたボールをかわすので精一杯。

 ボールは外野へ。受け取った味方ドッジロイドが敵ドッジロイドを狙ったけど、よけられてしまった。ボールは私に戻ってくる。

「これで終わり!」

 私はリリナにボールを投げた。リリナは受け止めきれない。アウト!

 そして試合終了のホイッスルが鳴った。

 こっち八人。あっち七人。逆転成功! でも、今はそれより!

「海道君!」

 振り返ると、海道君はあちこちかまれているのに安心した顔だった。

「平気か。よかった」

 心配されている側とは思えない言葉。私はそれを聞いて、ある風景が頭に浮かんだ。


 足をケガしたのか、ギプスを付けた男の子。松葉杖を使っているみたいだけど、今は放り出して座り込んだ状態。

 男の子の前では野犬がうなっている。今にもかみつきそう。

 男の子と野犬の間に私。小枝みたいな棒きれを持って、野犬を追い払おうとしている。まだ幼稚園にかよっているくらいなのに。

「あっちに行きなさい!」

 手も足もふるえてしまって、今にも泣き出しそう。でも、逃げようとはしない。

 そうしていると、スーツを着た男の人が何人も駆けてきた。私の護衛だ。

 野犬は相手が私と男の子だけだと強気だったけど、人が増えると逃げていった。

「大丈夫?」

 男の子が問いかけてくる。私は振り返って、一言。

「平気? よかった」


「あのときのことがあったから、守ってくれてたの?」

 犬が苦手なのも、そんな事件のせい。海道君はいつも無愛想だけど、今はうれしそうに笑った。

「やっと、思い出して……くれたか……」

 か細い声でいって瞳を閉ざし、水面に倒れる。

「海道君!」

 私は名前を呼んだけど、返事はない。

 プールサイドから救護係が駆け寄ってくる。さっきまで試合をしていたリリナとショウも。

 ピラニアの好きなにおい――それが私の鼻にも伝わってきた。決していいにおいなんかじゃない。でも、今は気にしているどころじゃなかった。

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