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「ドッジ……はい?」

 私は、ますます訳がわからなくなった。

「何、そのドッジボールしそうな国。名前も聞いたことないよ?」

「申し訳ありませんが、それは今まで姫に知る機会がなかっただけです」

 海道君はポケットから携帯電話を取りだして、操作してから私に向けた。地図アプリだ。

「日本列島の東……ここです」

 地図を太平洋側にスライドさせると、島があった。

 大きさは九州の半分くらい。「ドッジ王国」と名前が添えられている。

「私、日本語しか話せないよ? 外国から来たんならおかしくない?」

「ドッジ王国でも日本語が使われています」

 海道君は携帯電話をしまって、淡々と語る。

「五百年前……日本でいう戦国時代、争いを嫌って海に旅立った者たちがいました。そのリーダーが桃治とうじ屯出右衛門とんでえもん。たどり着いた場所を炉間乃火島ろまのびとうと名づけてドッジ王国を築き、ドッジボールを考え出したのです」

「桃治さんが始めたからドッジ? ドッジは『よける』って意味だとか聞いたことあるよ?」

「それは、西洋へ伝わったときに『発音が似ている言葉』として関連づけられただけです」

 海道君は、疑いなんか全然なさそう。

「元々、ドッジボールは桃を投げつけて邪悪を祓うことから始まりました。桃は日本でも神聖なものとされていますので。昔話では桃から生まれた桃太郎が鬼を倒し、神話では鬼女に桃をぶつけて追い払う場面があります」

 桃の代わりにボールを投げるようになった、そこからスポーツに変わった、ってこと?

「今でも王国ではドッジボールが盛んに行われています。レクレーションでも政治の舞台でも」

「レクレーションはわかるけど、どうして政治でドッジ?」

「政策のことなどでどうしても話がまとまらないとき、ドッジボールで決着を付けるのです」

「そんな国本当にあるの? ドッジ好きとしては面白い国って思うけど、無茶苦茶すぎない?」

「ですが、姫のお母上は日本で生まれ育ちながら姫がいう『無茶苦茶な国』の王子と結ばれたのです。ご即位前の陛下が日本で旅行をしたときに出会われたとか」

 海道君は、ものすごく真面目な顔だった。冗談をいっている雰囲気じゃない。

「じゃあ……どうして、お姫様の私がここにいるの?」

 尋ねると、海道君の眉間にしわが寄った。

「姫は幼いころからドッジボールを学びつつ育っておられました。しかし五歳のとき……」

 五歳っていうと、小学校に入る前?

「陛下とドッジボールをしていたとき、頭にボールを受け……ショックで王国に関する記憶を全て失ってしまったのです」

 私はすぐに思い当たったことがあった。

「私、夢の中でお父さんたちとドッジをして……頭に……」

「奥底には記憶が残っているのでしょう。形の見えない不安は心の傷となり、ボールへの恐怖に変わったのです」

 だから私、ボールを投げられると固まっちゃう?

「その状態ではドッジ社会で生きていくことがむずかしくなります。両陛下は悲しみながら決断され、姫は王妃殿下のご実家で暮らすことになったのです」

「私の親、海外で働いてるっていってるよ?」

「王族として働いておられるので、嘘ではありません。日本では身分を隠しておられます」

「そんな……おみやげがおまんじゅうだったりするから、外国で働いてるのは嘘だって思ったこともあったけど」

「ドッジまんじゅうのことなら、ドッジ王国最高の名物です。日本から生まれた国ですので、和菓子は普通にあります」

 その名前は、おみやげの箱で見たことあるかも。もしかして、箱をよく見れば「ドッジ王国名物」なんて書いてあったんだろうか。あんまり注意したことがなかった。

「そういうことを知ってる海道君は、何者なの?」

「ぼくは家臣海道シンの子、海道クウヤです。姫をそばでお守りすることが役目。いつ危険が及ぶかわかりませんので」

 ゾクッとした。

 自分がお姫様だなんて実感がわかない。でも、お姫様が狙われるのはわかる。

「最も姫に害をなしそうなのは、かつてドッジ王国で大臣を務めていた男です」

 ピンと来る話だ。悪い大臣とか、小説やマンガでも見かける。

「王国には『王に対し、王位がけのドッジ勝負を挑むことができる』という決まりがあります」

 ドッジでいろいろなことが決まる国なら、そんなのもありそう。

「実行する家臣はいません。王の座を奪う決まりを無視することで、忠誠を示しているのです。しかし元大臣は、恥知らずにも陛下へ……しかも、姫が記憶を失ってあわただしいときに」

「お父さん、勝てたの?」

「はい。元大臣は城を追われました。しかし今も政治を行うものの中に部下を持っていて、手足のように使っています。いつまた陛下にしかけてくるかわかりません。姫に対してもです」

 人があわてているときにケンカを売るなんて嫌な人っぽい。そんなのが私のところに?

「記憶を失っている間は一般人として放置されていました。しかしその印が再び現れたことで、元大臣一味は記憶が戻り始めたものと見てしかけてくるはず」

 海道君が見たのは、私の左肩だった。

「これのこと?」

 そでをまくると、やっぱりハートを逆向きにしたようなあざがある。

「ドッジ王家の血を引くものに現れるあざ、桃の紋です。お父上の同じ場所にもあります」

 いわれてみれば、ハートを逆にすると桃っぽい。

 お父上にもっていうのは覚えがない。というかお父さんの肩を見た覚えがない。会うのは年末年始だし、お父さんはいつも長そでの服を着ていた。一緒におフロ、なんてことも長いこと――

 ゆっくり考えてはいられなかった。

 空き地に他の人がたくさん駆け込んできた。私たちを取り囲む。

「やっぱり来たか」

 海道君が舌打ちした。

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