2-2
「ドッジ……はい?」
私は、ますます訳がわからなくなった。
「何、そのドッジボールしそうな国。名前も聞いたことないよ?」
「申し訳ありませんが、それは今まで姫に知る機会がなかっただけです」
海道君はポケットから携帯電話を取りだして、操作してから私に向けた。地図アプリだ。
「日本列島の東……ここです」
地図を太平洋側にスライドさせると、島があった。
大きさは九州の半分くらい。「ドッジ王国」と名前が添えられている。
「私、日本語しか話せないよ? 外国から来たんならおかしくない?」
「ドッジ王国でも日本語が使われています」
海道君は携帯電話をしまって、淡々と語る。
「五百年前……日本でいう戦国時代、争いを嫌って海に旅立った者たちがいました。そのリーダーが
「桃治さんが始めたからドッジ? ドッジは『よける』って意味だとか聞いたことあるよ?」
「それは、西洋へ伝わったときに『発音が似ている言葉』として関連づけられただけです」
海道君は、疑いなんか全然なさそう。
「元々、ドッジボールは桃を投げつけて邪悪を祓うことから始まりました。桃は日本でも神聖なものとされていますので。昔話では桃から生まれた桃太郎が鬼を倒し、神話では鬼女に桃をぶつけて追い払う場面があります」
桃の代わりにボールを投げるようになった、そこからスポーツに変わった、ってこと?
「今でも王国ではドッジボールが盛んに行われています。レクレーションでも政治の舞台でも」
「レクレーションはわかるけど、どうして政治でドッジ?」
「政策のことなどでどうしても話がまとまらないとき、ドッジボールで決着を付けるのです」
「そんな国本当にあるの? ドッジ好きとしては面白い国って思うけど、無茶苦茶すぎない?」
「ですが、姫のお母上は日本で生まれ育ちながら姫がいう『無茶苦茶な国』の王子と結ばれたのです。ご即位前の陛下が日本で旅行をしたときに出会われたとか」
海道君は、ものすごく真面目な顔だった。冗談をいっている雰囲気じゃない。
「じゃあ……どうして、お姫様の私がここにいるの?」
尋ねると、海道君の眉間にしわが寄った。
「姫は幼いころからドッジボールを学びつつ育っておられました。しかし五歳のとき……」
五歳っていうと、小学校に入る前?
「陛下とドッジボールをしていたとき、頭にボールを受け……ショックで王国に関する記憶を全て失ってしまったのです」
私はすぐに思い当たったことがあった。
「私、夢の中でお父さんたちとドッジをして……頭に……」
「奥底には記憶が残っているのでしょう。形の見えない不安は心の傷となり、ボールへの恐怖に変わったのです」
だから私、ボールを投げられると固まっちゃう?
「その状態ではドッジ社会で生きていくことがむずかしくなります。両陛下は悲しみながら決断され、姫は王妃殿下のご実家で暮らすことになったのです」
「私の親、海外で働いてるっていってるよ?」
「王族として働いておられるので、嘘ではありません。日本では身分を隠しておられます」
「そんな……おみやげがおまんじゅうだったりするから、外国で働いてるのは嘘だって思ったこともあったけど」
「ドッジまんじゅうのことなら、ドッジ王国最高の名物です。日本から生まれた国ですので、和菓子は普通にあります」
その名前は、おみやげの箱で見たことあるかも。もしかして、箱をよく見れば「ドッジ王国名物」なんて書いてあったんだろうか。あんまり注意したことがなかった。
「そういうことを知ってる海道君は、何者なの?」
「ぼくは家臣海道シンの子、海道クウヤです。姫をそばでお守りすることが役目。いつ危険が及ぶかわかりませんので」
ゾクッとした。
自分がお姫様だなんて実感がわかない。でも、お姫様が狙われるのはわかる。
「最も姫に害をなしそうなのは、かつてドッジ王国で大臣を務めていた男です」
ピンと来る話だ。悪い大臣とか、小説やマンガでも見かける。
「王国には『王に対し、王位がけのドッジ勝負を挑むことができる』という決まりがあります」
ドッジでいろいろなことが決まる国なら、そんなのもありそう。
「実行する家臣はいません。王の座を奪う決まりを無視することで、忠誠を示しているのです。しかし元大臣は、恥知らずにも陛下へ……しかも、姫が記憶を失ってあわただしいときに」
「お父さん、勝てたの?」
「はい。元大臣は城を追われました。しかし今も政治を行うものの中に部下を持っていて、手足のように使っています。いつまた陛下にしかけてくるかわかりません。姫に対してもです」
人があわてているときにケンカを売るなんて嫌な人っぽい。そんなのが私のところに?
「記憶を失っている間は一般人として放置されていました。しかしその印が再び現れたことで、元大臣一味は記憶が戻り始めたものと見てしかけてくるはず」
海道君が見たのは、私の左肩だった。
「これのこと?」
そでをまくると、やっぱりハートを逆向きにしたようなあざがある。
「ドッジ王家の血を引くものに現れるあざ、桃の紋です。お父上の同じ場所にもあります」
いわれてみれば、ハートを逆にすると桃っぽい。
お父上にもっていうのは覚えがない。というかお父さんの肩を見た覚えがない。会うのは年末年始だし、お父さんはいつも長そでの服を着ていた。一緒におフロ、なんてことも長いこと――
ゆっくり考えてはいられなかった。
空き地に他の人がたくさん駆け込んできた。私たちを取り囲む。
「やっぱり来たか」
海道君が舌打ちした。
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