忘れていた私と待っていた人たち

2-1

 掃除も午後の授業も終わって、放課後。私は首をかしげながら一人で道路を歩いていた。

 いつもなら、私はツグミちゃんと一緒に帰る。

 途中にある自転車屋さんの店先で犬とネコが飼われていて、よく二人でかわいがる。どっちかというと動物好きの私がかわいがりたがって、ツグミちゃんは付き合ってくれる感じ。

 今日のツグミちゃんはあわてて帰っていった。私は仕方ないから一人で自転車屋さんに行ったけど、自分だけだとかわいがりに熱が入らなかった。

(ツグミちゃん、様子が変だった。昼休みにこれを見てから?)

 隠すようにいわれたけど、周りに人がいないし見てもいい? 私は住宅街の奥まで進んでいて、いつも近道にしている空き地へ入ったところ。

 そでをまくると、ハートを逆向きにしたあざはまだある。

「変な病気とかじゃないよね?」

「ひっ……来るな来るな!」

 やけにあせった声。これは……

「あっちに行け!」

 振り返りながら走ってくるのは、海道君? 犬に追いかけられている。

 大きな種類じゃない。ネコと変わらないくらいの子犬。リードを引きずって、しっぽを振りながら走っている。海道君に遊んでもらっているつもり? どう見ても嫌がられているけど。

 あぜんとしているうちに飼い主らしき人が駆けてきて、海道君にあやまりながら子犬を連れていった。海道君は犬が視界から消えるのを見届けながら呼吸を整えて、私に向き直った。

 せき払いもする。私はすごい場面を見ちゃったって気分で、そのくらいじゃ切り替えられない。

「犬、苦手なの?」

「ぼくのことはいい」

 話をするのは久しぶりのような。

羽場はば、思い出してきているということはないか? 頭にボールを受けたことがきっかけで」

 頭にボールを……ってことを知っているのは、げた箱の入り口で見ていたから? いつも一人の海道君だし、他のクラスメートから聞いたって流れは考えにくい。

「思い出す……って、何のこと?」

 私は首をかしげるしかなかった。海道君は、肩をすくめる。

「思い出してはいないか。でも、あいつはそんなふうに考えない。しびれを切らせているから、自分に都合よく判断するはず」

 海道君はポケットから写真を取り出して、差し出してきた。

 私は受け取って、ギョッとなった。

 お父さんとお母さんがいて、赤いソファーにゆったり座っている。

 私もいる。小さくて、二人の間に座っていた。幼稚園にかよっているくらいのころ?

 どうして私たちの写真を? それよりも私をおどろかせたのは、写真の中にいる私たちの姿。

 宝石がちりばめられた服、ドレス、王冠……

「これ、私たちが夢の中にいるときのかっこ? でも、こんな写真撮った覚えがないよ? そもそも、小さいころのことって全然覚えてないけど」

「そのときお前は……いえ、あなたは五歳になったばかりでした」

 あなた? どうして敬語? しかも海道君が片方のひざを地面につけて、頭も下げて、私は飛び上がってしまいそうになった。それじゃまるで、私が……

「あなたのご両親は国王陛下と王妃殿下です」

 何ですと?

「私、普通におじいちゃんやおばあちゃんと暮らしてるんだけど……」

「あなたはお忘れなのです。桃治とうじココ王女殿下としての記憶を」

 王女って、お姫様?

「お姫様なんて、おとぎ話じゃあるまいし」

「王や王女は、世界的に見れば今も存在しています」

「そうなの? でも、私がお姫様って……どこの?」

「ドッジ王国です」

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