第26話 アホ淫魔、初めての労働!#4
翌日。バイトがいつもより早く終わった私は、帰らず玲緒奈の家の近くにいた。張り込みってやつよ。
「来ないわねぇ……」
電柱に隠れ、張り込みの必需品らしいあんパンと牛乳をコンビニで買って、玲緒奈の家の門を見張る。
玲緒奈が家を出るのは5時くらい。スマホも時計もないから分からないけど、感覚ではもう過ぎているはず。
「帰ろうかしら」
他の門から出たのかもしれないわね。あんパンも牛乳もなくなっちゃったし、遅くなったらキョーヤを心配させちゃうわ。
電柱を離れようとした時、私の髪にぺちゃっと何かが落ちてきた。
「何かしら――きゃっ」
顔に白濁液が降ってきた。精液――じゃないわね。何これ?
見上げると、一羽のカラスが電線に止まっていた。もしかして、これカラスのフン!?
「何するのよ!」
「アーッ」
私の文句に、カラスは一度鳴いてから飛び去っていった。
「本当に帰るしかないわね……」
これが精液なら最高だったのに。すぐに洗い落としたいわ。
「そこのお姉さん、ちょっといい?」
後ろから声をかけられ、私は何気なく振り返った。
「その白いのは何?」
げっ、警察じゃない。
婦警さんは青い制服に身を包み、鋭い視線を私に向けた。
「カラスのフンよ」
堂々と答えてみせる。だって事実だもの! 認めたくないけど!
「フン?」
「そうよ。何なら調べてもらっても構わないわ」
指で拭い取ったフンを彼女に近づける。彼女は露骨に嫌そうな顔をして手を振った。
「分かったわ。それで、その格好は何?」
「格好?」
どこかおかしいかしら。
「まさか、これ裏表逆だった?」
「いえ、着方は合ってるわ」
「じゃあいいじゃない」
心配して損したわ。
「あなたにとってはよくても、私にとってはよくないの。最近、この辺りに露出魔が出るのは知ってる?」
「えぇ」
私も探している、とは言わないでおいた。
「だからこうしてパトロールしているの。あなた、四月とはいえ随分薄着のようだけど?」
裸にワンピース一枚だもの。薄いに決まってるわ。
「ちょっと一緒に来てくれる?」
「嫌よ」
強引なのは好きだけど、警察だけはお断りよ!
「すぐ終わるわよ。やましいことがないなら問題ないでしょう」
嘘よ、どうせまた狭い部屋に朝まで閉じ込めて質問攻めにする気なんだわ!
「私は警察が嫌いなの!」
「ちょっと待ちなさい!」
走り出した私を婦警さんが追いかけてくる。人間にしては中々速いわね。でも悪魔たるこの私に追いつけるわけ――。
「って、速っ!」
あの女、めちゃくちゃ速いじゃない! 人間じゃないわね!
「あなたサキュバスでしょう! 私も悪魔だから逃げても無駄よ!」
やっぱり! ならこの方法が使えるわ!
「私はオルドリッチの娘、ルフィーナよ! 分かったら諦めて帰りなさい!」
実家は嫌いだけどこういうときに使えるから便利ね! これで大人しく帰るはず!
「そんな嘘をついても無駄よ! あの名門の娘さんがあなたなわけないでしょう!」
どうして信じてくれないのよ!
差はどんどん縮まっていく。日頃の運動不足の弊害ね!
もう奥の手を使うしかないみたい。あれは代償が大きいから使いたくないんだけど、この際そんなこと言ってられないわ。
「あなたの顔覚えたわ! 国に帰ったらどうなるか楽しみにしてなさい!」
そう吐き捨てた私は跳躍し、背中の羽根を思い切り羽ばたかせた。
「た、ただいま……」
ぜーはーぜーはーと、肩どころか全身で息をする私を見て、玄関に出てきたキョーヤは驚いた表情で近づいてきた。
「何で遅くなったのかとか、何でそんなに疲れてんだとか訊きたいとこだが……まず最初に、その白いのは何だ? どこで付けてきた?」
「カラスにフンを落とされたのよ……。お風呂に入ってくるわ……」
キョーヤはまだ何か訊きたそうにしていたけど、今の私に答える気力はないわ……。
お風呂でフンを落とし、服も手洗いする。髪についたフンがなかなか落ちず、1時間くらい浴室にこもっているうちに体力もだいぶ回復した。
「で、何であんなに疲れてたんだ?」
キッチンに立つキョーヤが言った。
「空を飛んだからよ」
今日は私の帰りが遅かったので、キョーヤが夕食を作ってくれたみたい。ありがたいわね、お礼にキスしてあげる!
「いらねぇよ。さっさと食え」
素直じゃないわねぇ。
食卓につく。そういえば、キョーヤの料理って食べたことないのよね。どんな味なのかしら?
皿に乗っていたのは、今まで見たことがない肉だった。頭は切り落とされ、身は真っ二つにされている。背骨が丸出しで、火が通っていて色は白い。
「これ何?」
「魚だよ。焼き魚」
これが魚なの? そういえば、人間は魚を食べるんだったわね。私たち悪魔は食べないから分からなかったわ。
「初めてだろうけど食ってみろ」
キョーヤの言う通りに骨を取って、身を口に運ぶ。
「あ、おいしい」
さっぱりしてるわね。
「大根おろしとポン酢をかけてもうまいぞ」
魚を珍しがる姿が新鮮だったのか、それからキョーヤは私をしばらく無言で眺めていた。
「しかし、お前が空を飛べるとはな。少し浮けるくらいだと思ってた」
「失礼ね、ちゃんと飛べるわよ。普段は飛ぶ必要がないから飛ばないだけ。すごい疲れるっていうのもあるけど」
普段使わない筋肉を動かすのでかなり疲れる。私の場合は運動不足も重なって、今日みたいに地獄を見ることになる。
「何で飛んだんだ?」
「警察に露出魔と間違えられたのよ」
嘘は言ってないわ、ええ。
「こんなに遅くなったのは?」
「玲緒奈を見張ってたのよ。そうしたら警察に追われたわ」
「ちなみにどうやって見張ってた?」
「あんパンと牛乳を持って、電柱に隠れてたわ」
「マンガかよ。現実でやったら目立ちまくりだぞ」
むぅ、目立ってなければ警察にも絡まれなかったはずだし、キョーヤの言うことは正しいのかも。
「玲緒奈が心配なのは分かるが、もっとうまくやれよ。もう警察沙汰は勘弁だぞ」
「はい、気をつけます」
この前の無駄遣いの時みたいに、またキョーヤを怒らせたら怖いし、次は別の方法でいきましょう。
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