第20話 アホ淫魔、思わぬ再会!#8

「おい、玲緒奈の家に行くぞ」

 学校から帰った俺は、愛用のジャージに着替え、俺の部屋で寝転がり、マンガを読んでいたルフィーナに言った。

 このジャージは昨日、奴に臭うと言われ玲緒奈が帰った後に手洗いしたやつだ。これで文句は言われまい。

「えぇ……。ダブルピースを読破するまで待ってくれる?」

 それだいぶ時間かかるだろ。

「さっさと立て」

 起き上がったルフィーナは靴を履き、玄関のドアを開ける。

「お前、その格好で行く気か?」

 今の彼女はいつものメイド服だ。森に入るには相応しくない気がするが。

「前もこれで行ったから大丈夫よ」

 ま、いいか。ジャージは窮屈だろうし。


 いつも思うが、ルフィーナはこんな服着てて寒くないのか? スカートは短いし、羽根が生えている背中は開いていて肌が丸見えだ。

「平気よ。淫魔はあまり、暑いとか寒いとか感じないのよね」

 確かに、真冬に脱いだら風邪ひいたなんて言ってたら商売にならないしな。うらやましい体質だ。


「キョーヤって高校生よね?」

 いきなりだな。

「あぁ。それがどうかしたのか?」

「キョーヤの高校ってどんなところ?」

「別に普通だよ。魔界の高校と大して変わらないと思うぞ」

「屋上で寝たり、生徒会が強大な権力を持ってたりするの?」

「残念ながらノーだ。屋上はそもそも出られないし、生徒会は教師の言いなりらしいぞ」

 生徒会はともかく、屋上には出られるようにしろよ。これ学園コメディだぞ。

「行ってみたいわ」

「来るな」

 こいつが学校なんかに来たら、何をやらかすか分かったもんじゃない。


 そんな雑談を交わしながら10分くらい歩くと、森が見えてくる。その森に沿って歩いていくと、これだけで家が建ちそうなくらい、金のかかってそうな立派な門、その奥にはうちの高校がすっぽり収まりそうな前庭が広がっていた。


「はえー……、やっぱ広いな」

 門の前を通ることはあるが、改めて見ると広い。

 おかしな声を出して感嘆する俺とは対照的に、ルフィーナは落ち着き払っていた。

「うちはこの2倍あるわ」

「……マジで?」

 視線をやると、彼女はばつが悪そうに目を逸らし。

「や、やっぱり1・5倍くらいだったかしら?」

 怪しいな。視線をそらさずにいると、

「……ごめんなさい見栄を張りました。本当は同じくらいです」

 恥ずかしそうに告白した。いや同じでもすげぇわ。


 さて、インターホンはどこだ。探していたら、先に見つけたルフィーナが勝手に押した。

「私、ルフィーナ・アレクシス・エイドリアン・オルドリッチと申しまず。玲緒奈お嬢さまにお会いしたくまいりました」

 相手も何か言って、門が自動で開いた。俺とルフィーナが中に入ると、また自動で閉まっていく。ホラー映画みたいだ。

 俺たちの脱出劇はここから始まった……!

 そんなバカなことを考えながら、舗装された並木道を歩く。まっすぐ進めば家に着くらしい。確かに屋敷は見えるが、300mはあるぞ。


 ここは公園かと錯覚してしまうほど手入れは行き届いている。むしろ公園より手入れされている。この前ガムを踏んだ靴なんかで歩いていいのか。だんだん不安になってきた。

「キョーヤ、そわそわしないの。みっともないわよ?」

 きょろきょろする俺に、ルフィーナから注意が入る。くそう、よりによってこいつに注意されるとは……。


 途中に街灯やベンチまで置いてある並木道を抜けると、噴水を中心としたロータリーのような屋敷前に出た。

「ここで待ってて、って言ってたわ」

 3階建ての屋敷はもちろんでかい。高校の校舎並みまでとはいかないが、宮殿とも言うべき大きさだ。ここは近所のはずだが、中世のヨーロッパ辺りにタイムスリップしたんじゃないかとすら思えてくる。

「玲緒奈は貴族だったのね」

 というルフィーナの感想も納得できる。

「お前の家もこんな感じなのか?」

「もうちょっと広いわ」

 これより広いのかよ。絶対使わない部屋とかあるだろ。

「部屋はほとんど使ってるわよ。使用人が住み込みで働いているんだもの」

「それは何人いるんだ?」

「50人くらいかしら。みんな住んでるわけじゃないわよ」

 やっぱり貴族は世界が違うな。


 そんな話をしていると、これまた立派な玄関から学校のジャージを着た玲緒奈が出てきた。

「お待たせいたしました。では早速、ご案内いたします」


 姫城家の先祖は大地主だったらしく、この辺の土地は代々受け継いできたものらしい。森も手入れされており、ジャングルのように草木をかき分けて進む必要はなかった。

 ルフィーナを先頭に、俺と玲緒奈は森のさらに奥に入っていく。

「どっちだったかしら?」

 分かれ道にぶつかるたび、ルフィーナは立ち止まって黙考する。

「こっちよ!」

 その後は何故か決まって自信満々で突き進んでいくものだから、俺や玲緒奈の不安も増していくというものだ。

「平気ですの?」

「大丈夫よ! 任せなさい!」

 まったく根拠のない自信に満ちた返答が返ってきた。

 こいつ絶対場所忘れてるだろ。

「着いたわ」

 ルフィーナは小川のほとりで立ち止まった。小川と言っても、水がちょろちょろ流れている程度の本当に小さな川だ。

「ここにその……40cmのシイタケが生えていたんですの?」

 半信半疑と言った様子で玲緒奈が尋ねる。気持ちはよく分かる。

「生えてたわよ。……でも待って、よく考えるとここじゃないような気がしてきたわ」

「おい」

「周りの景色が違うのよ。こっちかも」

 俺はため息をつき、玲緒奈と上流に向かって歩き出すルフィーナを追う。

「ここも違うわね……」

「川はこれしかありませんわよ」

 玲緒奈の説明に唸るルフィーナは、再び歩き出す。それから立ち止まったかと思えば、辺りを見回しここも違うと呟いてまた歩く。

「京也さん、何だかわたくし、たどり着くのは不可能な気がしてきましたわ」

「俺は最初からそう思ってた」

 道を覚えていない時点で、こうなることは予想できた。

 そうこうしているうちに日が暮れ、これ以上の探索は無理だと判断し、俺たちは引き上げた。

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