第17話 アホ淫魔、思わぬ再会!#5


「彼女、露出狂なのね」


「……な、何でそう思うんだ?」

 自分でも声が震えているのが分かる。

「さっきあなたと玲緒奈の制服を乾かしてて気づいたんだけど、脱いだ中に下着がなかったのよ」

「……っ!」


 俺はルフィーナから顔を背け、玲緒奈にシャワーを浴びさせたことを後悔した。

 そうだ。シャワーを浴びるなら服は脱ぐ――つまり自分の身につけていた物を晒すってことだ。そこに下着がなかったら不審に思うのは当然だろうが……っ!


 どう誤魔化す。雨に濡れたから? それは制服も同じだ。ダメだ、思い浮かばねぇ! 玲緒奈の時といい、俺は誤魔化すのがホントへたくそだな!


 いや、待てよ。

 ルフィーナは淫魔だ。なら、玲緒奈が露出狂でも引いたりしないんじゃないか? 口止めさえすれば、この問題は解決なんじゃ……。

 うまい言い訳も思いつかないし、これに賭けるしかない。


「ルフィーナ――」

「きょ、京也さん。お、お風呂頂きましたわ……」

 ルフィーナがどう思っているのか尋ねようとしたその時、当の本人が廊下からひょっこりと顔を出した。何故かまたモジモジしている。

「トイレは風呂場の隣だぞ」

「そ、そうではありませんわ!」

「じゃあ何だ?」

 ダイニングに現れた玲緒奈を見て、俺は絶句した。


 黒のハート型ビキニ。

 そう、ルフィーナが無駄に買ったエロい服の一つである。

 ルフィーナに負けずとも劣らぬ双子山の頂が、黒いハートだけで隠されている。その下の峡谷もまた然り。全裸よりエロい。

「おいルフィーナ、テメエ何てもん着させてやがんだ! あと玲緒奈も何で着ちゃったんだよ!」

「京也さんのお宅の決まりかと……。郷に入っては郷に従えと言いますし……」

「そんな決まりがあるか! てか、それどころじゃねぇんだよ」

「と、言いますと?」

 クソ、もう言うしかねぇ。

「すまん、バレた」

「……な、何がですの?」

 玲緒奈は固まり、一応といった様子で恐る恐る訊き返す。

「お前の趣味だ」

 玲緒奈は俺を見て、次いでルフィーナに視線を送った。

「やっぱりそうなのね」

 ルフィーナは納得したように頷き、口を開きかけた玲緒奈の手を握る。

「素晴らしいわ! あなたのような淫乱が人間にもいたなんて!」

「えぇ!?」

 玲緒奈が声を上げた。

「淫魔のような変態ぶりね! むしろ見習いたいくらいだわ!」


 その後も露出狂の玲緒奈を絶賛するルフィーナだが、温度差に気づいたのか、黙った彼女は不思議そうに俺たちを見た。

「ルフィーナさん。このことは秘密にしてくださいまし」

 玲緒奈が頭を下げる。

「俺からも頼む」

 俺もそれに倣う。こんな簡単な問題に気づけなかった俺のミスだからな。

「えぇ、誰にも言わないわ」

「ルフィーナさん……感謝しますわ」


「気にしないで。同じマジシンのファンじゃない」

「え?」

「は?」

 玲緒奈はそんな話はしていなかったぞ。

「隠さなくていいのよ。バッグにボスのぬいぐるみがついているのを、私はこの目で見たんだから!」

 あぁ、さっきゲーセンで取ったやつか。

「しかもバンダナが黒じゃなくて赤い、百個に一個と言われるレアカラー! ファン垂涎の一品よね! おめでとう!」

 ルフィーナの奴、完全に玲緒奈がファンだと誤解してるな。

「17話は作画崩壊とか言われてるけど、私は違うと思うの。なぜなら――」

「おいルフィーナ、玲緒奈はファンじゃねぇぞ。あのぬいぐるみはたまたま見つけて取ったやつだ」

 玲緒奈が引きずり込まれる前に誤解を正しておく。

「あの、よろしければ差し上げますわ」

 玲緒奈がバッグにぶらさがるレアカラーのボスを外そうとする。

「本当に!? ぜひいただきたいわ!」

「がっつくな! 玲緒奈もいいのかよ? 初めて取った景品だろ」

「はい。価値の分かるルフィーナさんが持っていた方が、このぬいぐるみも幸せだと思いますから」

 そう言って、彼女はぬいぐるみをルフィーナに渡した。

「ありがとう、玲緒奈。大切にするわ」

 ルフィーナはこれでもかと頬を緩め、ボスを愛おしそうに見つめている。  


「あの……ルフィーナさんは何故、角や羽根が生えてらっしゃるんですの?」

 そんな彼女を見て玲緒奈が、ためらいがちに疑問を口にした。


 やっぱり説明は必要か。角とか羽根は、知らない奴が見たら疑問に思うだろう。

「その話は後だ。電話しなきゃいけないだろ。あと上に着る物持ってきてやる」 

 自室にからジャージを取って戻る。

「恐れ入りますわ」

「電話はそこだ」

 隣接するリビングの壁にある固定電話を指さす。

 時計はすでに八時を回っており、門限はとっくに過ぎている。

 後ろから玲緒奈の声がし、電話を終えた彼女は大丈夫だと言った。

 ビキニ姿で。

「お前もか! 何でどいつもこいつも服を着ないんだよ!」

 てっきり着替えて電話してるもんだと思ってたぞ!

 ルフィーナも最初着なかった。それには、窮屈だからというサキュバスらしい理由があったのだが。

「あなたのジャージ臭うのよね」

「マジで!?」

 ショックなんだが!

「嘘よ。濃いオスの臭いがたまらないわぁ」

 どっちにしろ臭うってことじゃねぇか! 後で洗っておこう。

「そうではありませんわ! 最初は恥ずかしかったのですが、人に見られていると思うと興奮して……。お母様とこんな姿でお話していると気づいたら、頭がどうかしてしまいそうでしたわ!」

 とっくにどうにかなってるぞ。


「ルフィーナ、飯は?」

「今日はカレーよ」

 それを聞いてますます腹が減った。そして、カレーという単語に反応してか、玲緒奈の腹がぐうと音を立てる。

「……玲緒奈も食うか?」

 恥ずかしそうに腹を押さえる彼女に問うと、こくりと頷いた。

「俺の分、玲緒奈にやってくれ」

 俺はカップ麺でも食べればいい。そんな考えを見通したのか、ルフィーナは得意げに笑った。

「多めに作ったから玲緒奈の分もあるわ。でも大丈夫かしら、こんな庶民的な料理をお嬢様に食べさせたら、首が飛ぶかもしれないわよ」

「いやさすがに首は飛ばないだろ……」

 いつの時代だ。

「ってか、お前何で玲緒奈がお嬢様だって分かったんだ?」

 そこまでは話してない。

「立ち振る舞いで何となく分かるわよ」

 そうか? 俺にはよく分からんが、同じ人種だから見抜けるのかもな。


「あの、京也さん」

 ジャージを着た玲緒奈に呼ばれる。

「無理して着なくていいぞ。別の持ってくるから……」

「本当に臭いませんから平気ですわ! それよりルフィーナさんについて、いくつかお訊きしたいことがあるのですが」

「そうだったな。食いながら話そう」

 ルフィーナがカレーを持ってきて、俺たちはスプーンを取った。

 うむ、美味い。やはりこいつの料理は最高だな。

 玲緒奈はどうだろう、お嬢様だから口に合わないかも――。

「はむっ、はむっ」

 と思ったらめっちゃ食ってた。

 食べ方こそルフィーナ同様上品なものだったが、気のせいかペースが速い気がする。

「大変美味しいですわ! 失礼ですが、食材はどちらで?」

「駅前のスーパーよ」

「まぁ!」

 驚いたようにスプーンに乗っかったジャガイモを見つめる玲緒奈。

「ルーには私特製のアレンジを加えてあるわ」

「詳細をお聞きしても――」

「企業秘密よ」

 速攻でルフィーナに断られ、割と落ち込んでいる玲緒奈に、俺は本題を切り出した。


「ルフィーナのこと、知りたいって言ってただろ」

 自分の話題に気づいたルフィーナが俺の隣に座る。

「趣味から性感帯まで何でも訊いてちょうだい!」

「で、では……。相談になるのですが、どうしたら露出をやめられますの? おかしいことは自覚していますわ。ですがどうしても、快感が忘れられませんの」

「何で真剣に悩みを告白しちゃうんだよ!」

 あとその悩み、絶対打ち明ける相手間違えてるぞ!

「やめるなんてとんでもないわ。裸というのは生命の本来の姿よ。生まれてくる時、セックスする時、人は裸でしょう? それに、裸は美しいのよ。その証拠に、名画にも裸が描かれているじゃない! そうあろうとするあなたは、どこもおかしくないわ。自信を持ちなさい」

「真面目に返さんでいいわ!」 

 だいぶ破綻してるからなそれ。

「は、はい! 深く胸に響きましたわ!」

 なんだこのやり取りは。

 2人を落ち着かせ、俺はルフィーナに自分の正体を明かさせた。最初は懐疑的だった玲緒奈だが、ルフィーナが羽根で少し飛んでみせると、信じられないようだったが認めた。

 それから、ルフィーナの魔力が尽き帰れなくなっていること、俺が森に行きたがる本当の理由も、嘘を謝罪した上で伝えた。

「事情は分かりました。お力になれることがあれば、何なりとお申しつけください」


 それから時計を見た玲緒奈は、もう一度電話を借りたいと願い出た。

「そろそろ帰りませんと、お母様が心配なさりますから」

 俺が送っていくつもりでいたが、彼女は車をここに寄越すという。お嬢様は考え方が違った。

 電話を終え、制服に着替え車を待つ玲緒奈に、ルフィーナが耳打ちする。しかし声が大きく、隣にいた俺にも普通に聞こえてきた。

「あなた、エッチなことに興味津々ね」

 図星だったのか、玲緒奈は虚を突かれたように固まる。

「そんなあなたにはエロゲをおすすめするわ。ボスをくれたお礼に、今度私が初心者向けのジャンルを――」

「余計なことを吹き込むな!」

 ばしっ。アホをひっぱたき黙らせる。

「女の子の話を盗み聞きするなんて最低よ!」

「お前の声がデカいせいで筒抜けなんだよ!」

「彼女は将来、有望な牝になるわ。その芽を潰すのは日本の性社会にとって大きな損失に」

 ばしっ。


 そうこうしているうちにインターホンが鳴った。ドアを開けると一目で執事と分かる、白髪混じりのおっさんが立っていた。

「お迎えに上がりましたお嬢様。川崎様、当家を代表してお礼申し上げます」

「は、はぁ」

 雰囲気に呑まれ、生返事しかできない俺をよそに、執事は奥に立つルフィーナに視線を向ける。俺もつられて振り返ると、さっきまでのバカっぷりはどこへやら、ルフィーナは慇懃に頭を下げた。

「お嬢様のお話では、この家には優秀な使用人がいるとのことでしたが……?」

「ルフィーナのことですか? 確かに優秀ですが」

「そうですか。いえ失礼。同業者として興味をそそられたもので」

「神山、ルフィーナさんのお料理はとても美味しかったわ。私、あんなに美味しいカレー今まで食べたことない」

「おやおや、それはそれは」

 感心しているのかよく分からない返事をした執事は、もう一度ルフィーナを見て、それから一礼して玲緒奈と車に乗り込んだ。


「あのおじさん、ずっと私のこと見てたわ。もしかして欲情したのかしら?」

「なわけねぇだろ! 今思ったんだが、お前ずっと裸エプロンだったんだよな……」

「そうね」

 慣れてしまって気づかなかった。どう思われただろう、さすがに気づかれなかったか……?

「あの水着はどうしたんだ?」

「玲緒奈にあげたわ。下に履いてるんじゃないかしら」

 大胆だな。

「先行投資よ」

「何に対しての投資か知らんが、お前の無駄遣いの件の続きやるからな」

「げっ、まだ覚えてたのね」

「当たり前だ! あっ、逃げんじゃねぇ!」

 ルフィーナの長髪を掴み、手首に巻き付ける。これで力ずくでは逃げられまい。

「ほら、観念しろ」


 最初は抵抗していたルフィーナだったが、逃げられないと諦めたのか、大人しく俺とリビングに向かった。

「やっぱり、ソファに身体をうずめるのは最高ね」

 そんな呑気なことを言っているこいつに、俺は残金を確認するべく生活費の提出を求める。

「心配しないで。私だってバカじゃないわ。ちゃんと計算して使ってるんだから!」

「無駄遣いしてる奴が計算とか言うんじゃねぇ」

 ルフィーナは金の入った封筒と一緒にメモ帳も出してきた。

「これ、家計簿か?」

 俺が見ることを考えてか、日本語で書かれたそこには、どこで何に、いくら使ったかが細かく記録されていた。こいつの無駄遣い分もしっかり書かれており、その合計は申告通りの2万2千円だ。

「このままいけば、月末まで十分に暮らせるはずよ。ちゃんと使い切れるわ!」

「使い切るな! 何かあったらどうすんだ!」

 ルフィーナはきょとんとした顔で。

「でも、使わないともったいないわ」

 お嬢様だからか? どうも感覚がかみ合わないな。

「例えば、何かがいきなり壊れたとするだろ? テレビとか冷蔵庫とかさ。したらどうする?」

「買い替えるわ」

「その金は?」

「ここにあるじゃない」

 ルフィーナが生活費の入った封筒を指さす。

「でも、この金を使ったら生活費が足りなくなるだろ?」

「じゃあ、貯金を下ろすわ」

「その貯金だって、毎月金を使いきってたら空だぞ」

「親にねだる」

「ここにはいねぇよ。この金は仕送りだ」

 そう答えると、ルフィーナは答えに窮したのか黙り込み、

「……確かにそうね。私が間違ってたわ。ごめんなさい」

 ぺこりと頭を下げた。

「分かったならいい。まぁ、今月は貯金でなんとかなるだろ」

「じゃあ全部使っても平気ね!」

「分かってねぇじゃねぇか!」

 髪を引っ張る。痛いと喚いたルフィーナは、解放されるなり真面目なトーンで訊いてきた。

「ねぇ、さっきいないって言ってたけど、キョーヤのご両親はどこにいるの?」

「世界のどっかだよ。生きてはいる」

 この前はパリにいたらしいが、今はどこにいるやら。

「寂しくないの?」

「もう慣れたよ。お前が来てからは騒がしくなったがな」

「そう……」

 ルフィーナはそれだけ言って部屋を出て行った。

 何だよ、調子狂うな。

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