第15話 アホ淫魔、思わぬ再会!#3

 また翌日。

「京也さん、行きますわよ!」

 ホームルームが終わり、各々が部活やら委員会の準備をする中、玲緒奈が子供のような笑みを浮かべて言った。

「今準備するから、ちょっと待ってろ」

「早く行かないと、カラオケやゲームセンターが逃げてしまいますわ!」

「逃げねぇよ! この時間なら十分遊べるから安心しろ」

 玲緒奈のお願いとは、放課後に街で遊ぶ、というものだった。

 今まで彼女は、ゲーセンやらカラオケやらに行ったことがなく、また1人では行きづらいというので、俺がお供することになった。

「きょ、キョーヤ……」

 今のやり取りを聞いていた江口が、信じられないという表情で俺を呼んだ。

「お前、いつの間に姫城と付き合いだしたんだ。スマホ落とした時か? あれがきっかけか!?」

「付き合ってねぇよ! 色々あったんだよ、色々」

 そう誤魔化すと、江口は歯を食いしばりながら。

「クソ、どうしてお前ばっかりそんないい思いをするんだ。美女に犯されたり、学年一の美少女とデートしたり……俺と代われ!」

「無茶言うな。お前だってこの後は、学校一美人のクレア先生と二人きりじゃねぇか」

 昨日の課題の出来も悪かったらしく、このバカは特別に補習になったという。クレア先生と2人きりとか正直うらやましい。代わりたくはないが。

「確かにそうだが、俺が思ってたのとちがーう!」

 悲痛な叫びが教室に響く。

「何が違うの、江口君?」

「いえ、何でもありませんっ!」

 近寄ってきたクレア先生に最敬礼する江口。

「掃除が終わったら始めるわよ。今日は英語がなかったけど、持ってきてるわよね? まさか忘れたなんてことは――」

「ちゃんとここにあります!」

 江口が鞄から英語の教科書一式を取り出し、掲げる。

「じゃ、頑張れ」

 奴の背中に呟き、俺は玲緒奈と教室を出た。


「んじゃ、行くか」

「今日はご指導よろしくお願いいたします」

 玲緒奈がぺこりと頭を下げてくる。

「ご指導することなんてないけどな」

 駐輪場でチャリを回収する。ひゅうと風が吹き、前を行く玲緒奈のスカートがめくれ白い尻が現れた。

「きゃあ!」

 慌てて押さえる玲緒奈だが、時すでに遅し。ばっちり見えてしまった。

「……おい」

「えっ!? いえ、これは違いますわ!」

 慌てて否定する玲緒奈。

「俺、やめろって言ったよな?」

「今日も履いて来ようと思ったのですが、この快感が忘れられなくて……」

 ばつが悪そうに答える玲緒奈の頬は緩んでいた。こいつ、まさか喜んでるのか?

「友達といれば気が紛れて、ってのはどこいったんだよ」

 玲緒奈は頬を染め。

「誰かに見られるのも気持ちいいな、と……。今も、貴方に見られて少し興奮しましたわ」

「新しい扉を開いてんじゃねぇ!」

 とんだ変態だな!

「扉? 何のことですの?」

 いちいち説明してやる必要もない。


 学校を出て駅前に向かう。チャリは押していく。2人乗りで目立ちたくないし、玲緒奈のスカート的に後ろに乗るのは厳しいだろう。

 最初の目的地はカラオケだ。お嬢様の玲緒奈が一体どんな曲を歌うのか、俺は少しばかり興味があった。

 個室に入り、曲の入れ方を玲緒奈に教えてやる。イントロが流れ出し、戸惑いながら玲緒奈が歌いだす。

 上手い。上手いがこれは……。

「演歌じゃねぇか」

 悪いとは言わんが、選択が意外すぎる。

「いかがでしたかしら、わたくしの歌は? 初めてなので」

 ふぅ、と玲緒奈が息をつく。

「上手かったよ。お前が演歌を歌うなんて意外だったがな」

「音楽はあまり聞かないんですの。これは、お風呂場でお父様がよく歌ってらっしゃる曲ですわ」

 納得した。親父さん、風呂で歌ってんのか。気持ちはよく分かる。

 その後は交互に歌い、一時間くらいで店を出た。

「そういや、門限とかあるのか?」

「6時ですわ」

 お嬢様ならあるだろう、と思ったら予想通りあった。あと1時間か。


「次はゲーセンか」

「ゲーセン? ゲームセンターのことですの?」

「そう。略してゲーセンだ」

 目と鼻の先にあるゲーセンに入る。アオンに比べりゃ小さい店だが、俺や玲緒奈にとっちゃ十分――。


「悪魔のねーちゃんすげー!」

「そうでしょう? これは私の得意分野よ! さぁ、次は何の曲を叩いてほしい?」

 聞き覚えのありすぎる声に、俺は思わず足を止めた。

 入ってすぐに置かれている太鼓のゲーム。小学生が周りを囲み、そいつのプレイを眺めている。よほどうまいのだろう、小さなギャラリーたちは興奮した様子で叫んでいた。

「次これ! これやって!」

「いいわよ、任せなさい!」

「任せなさいじゃねぇよ!」

 割って入り、ルフィーナの頭をひっぱたく。

「痛いじゃない! いきなり何す――げっ、キョーヤ!? どうしてここにいるのよ!」

 気に入ったらしいワンピースのメイド服を着たルフィーナが、頭を押さえながら驚いた。

「お前なぁ……!」

 さて、こいつをどうしてくれようか。


「ねぇねぇ、お兄ちゃんが、お姉ちゃんが言ってたご主人さまなの?」

 幼女が俺を見上げて訊いた。こいつはメイドで、俺が家主だから、一応そういうことになるのか?

「お姉ちゃんにメロメロで、いつも甘えてるんでしょ?」

 ルフィーナを睨み、俺はやんわりと否定する。

「逆だよ。お姉ちゃんが甘えてくるんだよ」

「でも、私の魅力にとりつかれて困ってるって言ってたよ?」

 何を吹き込んでんだあのバカ。

 ルフィーナはと見ると、まるで自分は何の関係もないと言わんばかりの、堂々とした足取りで店を出ようとしていた。

「テメエ、逃げんじゃねぇ!」

「夕食の支度があるから、先に帰ってるわねー!」

 出会った夜に俺を犯そうと追いかけてきたあのスピードで、クソ淫魔は一瞬で走り去っていった。またすぐに会うからいいけどな!

「兄ちゃん、悪魔のねーちゃんと知り合いなの?」

「そうだよ」

「悪魔のねーちゃんはすごいんだぜ! この前駄菓子屋でオトナ買いしてたんだ!」

 別の小学生が興奮しながら言った。他にもルフィーナの行動を報告してくる子がいて、俺はみんなにこう尋ねた。

「ねぇ君たち。悪魔のお姉さんが、他に何してたか教えてくれるかな?」


「……あいつ絶対許さねぇ」

 中身が近いせいか、ルフィーナはあの小学生たちとよく遊んでいるようだった。

 ちょっと訊いただけなのに、まぁ出るわ出るわ。

 駄菓子屋で当たりが出るまでガムを買ってただの、ここのゲーセンで連コしてただの、頭が痛くなる内容ばかりだ。

「あの、京也さん? お顔が怖いですわ……。それにわたくし、この状況に理解が追いついていないのですが……」

「大丈夫だ。何も心配しなくていい。行こうぜ」

 あいつは帰ったらシメるとして、今は楽しもう。

 クレーンゲームをやりたいと玲緒奈がショーケースの前に立つ。

「早速チャレンジですわ」

 気合十分。彼女は財布から1万円札を取り出す。しかし投入口を見て、札を持つ手が止まった。

「100円玉はないのか?」

「小銭は持ち歩かない主義ですの」

「いや、小銭じゃないとできないぞ」

 ご存じの通り、ゲーセンの筐体は小銭がないと始められない。玲緒奈は投入口を見てため息をついた。

「困りましたわね……」

「安心しろ。こんな時のためにあれがある」

 両替機を示す。玲緒奈は万札を5千円札1枚と1000円札4枚、そして100円玉10枚に両替し、改めて筐体の前に立った。

「いきますわよ」

 100円を投入。玲緒奈が狙ったのは、偶然にも俺がルフィーナにあげた、ボスのぬいぐるみストラップだった。

 1発目は失敗。すぐさま100円を投入し再プレイ。狙いはよかったものの、アームの力が弱すぎて取れない。

「500円入れれば6回できるぞ」

 すぐさま500円入れる玲緒奈。視線は真剣そのものだ。

 アームの力ではぬいぐるみを掴めないと思ったのか、バッグとかに結ぶ紐に狙いを定めたようだ。あそこに引っ掛ければ楽に取れる。俺もそうやって取った。

 が、初心者には難しいだろう。繊細なコントロールが必要な技だ。

「京也さん、申し訳ありませんが2000円を両替してきてくださらない?」

「俺が取ろうか?」

「助けは無用ですわ」

 100円玉20枚を持って戻ろうとしたら、玲緒奈からやってきて500円だけ持って小走りで戻っていった。

 しかしそれらも全て筐体に呑まれ。1000円札も全て消えた。

「何故取れませんの!? 京也さん、両替をお願いしますわ!」

 苛立しげにボスを睨む玲緒奈。

「なぁ、もう諦めた方が――」

「早くなさい!」

「は、はい!」


 どのくらいの時間がたっただろうか。1万円を引き換えに、玲緒奈はついにボスのぬいぐるみを手に入れた。

「やりましたわぁ!」

 ぬいぐるみを抱きしめ、嬉しそうに飛び跳ねる玲緒奈。ずっと見ていた俺も嬉しい。努力が報われたんだな。万札が消えたけど。

「それ、付けるのか?」

「わたくしの勝利の証ですもの。それに、見れば見るほどかわいらしいお顔をされてますわ。京也さんもそう思うでしょう?」

 鞄にぬいぐるみをつける玲緒奈は、笑みを崩さぬまま答える。リアルな蛇ではなく、デフォルメされているので愛嬌はある。

「つか、門限大丈夫かよ?」

 思い出した俺の言葉を聞いて、玲緒奈が固まった。


「……忘れていましたわ」

 慌ててスマホを確認しようとするが、画面が付かない。充電が切れているようだ。

「京也さん、電話を貸してくださる?」

「ほれ」

 しかし俺のも画面がつかない。タイミング悪いな。

「悪い、俺のも充電切れだ」

「仕方ありませんわ。歩いて帰ります」

 歩いて帰れない距離じゃないが、ここからでは時間がかかる。

「チャリ使えよ」

「そんな……京也さんに迷惑はかけられませんわ」

「じゃあ送ってくよ。それくらいはさせてくれ」

 外はとっくに真っ暗だ。夜道を女の子1人で歩かせるわけにはいかない。

 玲緒奈はしばし迷っていたようだったが、俺が引き下がらないと分かったのか頭を下げた。

「恐れ入りますわ。わたくしが夢中になったばかりに……」

「いいよ。初めてだったんだろ」

 すごい楽しそうだったし何よりだ。

「荷台乗れよ」

 やりたくないが緊急事態だ。しかし玲緒奈は頷かない。

「……歩いて帰りませんこと? お話したい気分ですの」

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