第13話 アホ淫魔、思わぬ再会!#1
「立ち読みするなら出てってくれ!」
「ケチ、あとちょっとでユウキとルシファーの勝負が決まるのに!」
学校の帰り道。通りかかった本屋で、うちのメイドが店を追い出されていた。
「何してんだよ」
「あ、キョーヤおかえりなさい。聞いて、この本屋さんったら酷いのよ! 私、本を読んでただけなのに追い出されたの!」
「本が読みたいなら図書館にでも行け!」
店からツッコミが入る。返す言葉もない。
俺も保護者として頭を下げ、なおもクレームをつけるルフィーナを引きずって家へと向かう。
「お前、あんまり目立つなよ。また警察の世話になるぞ」
「うぅ……それは嫌ね」
蜂蜜入り牛乳は美味かったが失敗に終わった。可能な限りの作り方も試してみたが、結果は同じだ。
「で、何かいい食い物は見つかったか?」
「駅前のパン屋さんで売ってたメロンパンがすごく美味しかったわ」
「分かるぜ。カリっとした皮とか最高だよな。で、食材は?」
誤魔化せたと思ったのだろう、一瞬ほっとしたルフィーナは、ばつが悪そうに視線をそらした。
「……探したけど無かったわ」
「おい、お前真面目に探してるんだろうな?」
ルフィーナが来てからもう1週間が経つ。にも拘わらず、未だに進展はゼロ。少しは焦ってほしい。
「探してるわよ。でも、この街のスーパーがあまりにも何もなくて……」
それを言われるときついな。所詮は田舎だ。
「何を探してるんだ?」
「肝臓よ」
……何だって?
「肝臓よ。動物なら何でもいいわ。調べたらこっちの世界では、鳥の肝臓がフォアグラって呼ばれてるらしいわね。それで探してるんだけど、どこにも売ってないのよ!」
フォアグラは高級食材だ。駅前のスーパーに売っている代物ではないと思う。
「サハラにならあるんじゃねぇの」
「そうね、サハラになければこの世にないって言うくらいだし」
投げやりな俺の言葉に、ルフィーナは納得したようだった。サハラを崇拝でもしてんのか、こいつは。
「だって、こんなにかわいい服まで売ってるのよ? 何でもあるわ」
黒を基調としたワンピースみたいなメイド服を着たルフィーナは、くるりと一回転する。開いた背中からは羽根が飛び出している。
家に着き、玄関の鍵を開けた。
「お前、動物なら何でもいいって言ったけど、魔界じゃどんな動物でも食うのか?」
「野蛮人みたいに言わないでよ、失礼ね! 私たちからしたら、魚を食べる人間の方がおかしいわ!」
「魚は普通に食べるだろ」
生食は日本くらいだが、魚自体は世界中で食べられている。
「いいえ。鱗は固いし、そもそも凶暴過ぎて捕まえられないわ。逆に食べられるくらいよ」
魔界じゃ魚は、食い物じゃなくて食われる物か。
悪魔と人間の食文化の違いについて議論しつつ、ルフィーナは肉じゃがやら味噌汁やらをテーブルに並べていく。相変わらずの手際の良さだ。俺も着替え、食卓についた。
「これが今日のメインよ」
大皿にのって謎の円盤が出てきた。土色の表面にはほんのり焼き色がつき、しょうゆがかかっている。直径は40cmくらいで、キノコに見えなくもない。
「おい、何だこれは」
「シイタケよ」
「なわけねぇだろ! だいたい、こんなデカいのどこで見つけてきた?」
見たことねぇぞ。
「町はずれの森から採ってきたの。色がちょっと変だけど、しっかり火を通したから大丈夫よ!」
「火を通せばいいってモンじゃねぇよ」
火はそこまで万能じゃない。
「つか、お前あの森に勝手に行ったのかよ。私有地だぞ」
あの森は姫城家の敷地だ。
「平気よ、誰にも会わなかったもの。それより大事な報告があるの」
ルフィーナの真剣な口調に、肉じゃがをつまもうとしていた箸が止まった。
「私、妊娠したわ」
稲妻が身体を突き抜ける。嘘だろ、あれほど避妊には気をつけて――。
「なわけあるか! 大体ヤッてもねぇのに妊娠するかよ!」
「もう、ちょっとした冗談じゃない。……本当にそうなったらいいのに」
「は?」
俺との子供が欲しいってことか? それってどういう……?
「そうすれば子供を盾にしてあなたと結婚できるし、実家には文句を言われずに済むし、デカチ○ポも独り占めできて最高なのに!」
「寝てる間にお前を坊主にしてやる」
「やめて! でもよく考えて。キョーヤはこんなに綺麗で、昼も夜も尽くしてくれるお嫁さんをもらえるのよ?」
「中身が残念すぎるからお断りだ。帰れ」
「酷いっ! でも好きよ、あ・な・た」
そう言ってウィンクしてくるバカ。
「で、本当は何なんだ? もし今のくだりがやりたかっただけならマジで頭剃るぞ」
気色悪い呼び方をスルーして問うと、彼女も素に戻って答えた。
「魔力がほんの少しだけ回復したわ」
がたっ。思わず椅子から体が浮く。
「マジで!?」
「えぇ。でも本当に少しよ。ゲートを召喚するには、このシイタケを何個も食べなきゃいけないわ。さすがに私も食べ飽きちゃう」
そういう問題ではない気がするが、確かに現実的ではない。しかし、大きな一歩には違いなかった。
「森で捕ったせいか、シイタケのせいかのどっちかだな。よし、俺は森に行く。お前は別の場所でシイタケを採ってこい」
「私には森に入るなって言ったのに」
「所有者とは知り合いなんだよ。話は通すから大丈夫だ」
玲緒奈に話せば入れてくれるだろう。
食べ終わった俺は箸を置き、席を立ちそのまま部屋から――。
「キョーヤ、シイタケが残ってるわよ」
出られなかった。
「お前の料理は美味い。けどな、さすがにこれを食べる勇気は俺にはない」
こんなデカいシイタケなど見たことも聞いたこともないし、色が変なのも怪しすぎる。正直言って食べる気はまったく起きない。
「好き嫌いはよくないわ」
ルフィーナは俺の隣に座ると、箸に挟まれた傘からは謎の白い液体がしみ出している。
「この白いのは?」
「精え――冗談よ、そんな怖い顔しないで。これは魔力。無味無臭だし、人間が口に入れても害はないわ。ほら、あーんして」
ルフィーナはからかうような笑みを浮かべ、俺の目の前に箸を突き出してきた。
美女からあーんされるシチュエーション。男子の憧れだが、箸の先にあるのは正体不明のシイタケだ。
「それとも……こっちがいい?」
ルフィーナはシイタケをくわえると、前髪を手でかきあげ俺に迫る。シイタケの先端が俺の唇に触れた。
「お、お前離れろよ!」
美女から口移しされるシチュエーション。男子の憧れだが、くわえているのは正体不明のシイタケだ。
「うおっ!」
「きゃっ!」
2人ともイスから転げ落ち、俺はルフィーナに押し倒されたような格好になる。
「キョーヤ……」
ルフィーナが頬を紅潮させ、顔を近づけてくる。転げ落ちた時にシイタケも落ちたのか、彼女はくわえていなかった。しかしそんなことはお構いなしだ。
「お前、シイタケはもういいのかよ?」
食べたくもないのに、動転した俺はバカなことを口走ってしまった。ルフィーナは俺の腹に落ちていたシイタケを再びくわえる。両腕を押さえられているため身動きが取れない。
「私のシイタケ……食べて」
唇をこじ開けられ、しかし俺の歯がガードする。ははは、ここから先は通さんぞ!
しかしこのバカも知恵をつけてきたようで、俺がガードしていると見るや、股を俺の息子にこすりつけ始めた。
「ほら、早速固くなってきたわよ。大きさがジャージ越しでも分かるなんてすごいわぁ……」
「お、お前――」
思わず口を開いてしまい、シイタケが俺の口内に入り込んだ。しまったぁ!
「吐いちゃダメよ」
ルフィーナがくわえたまま押さえつけているので押し戻せない。マジで口移しされてんぞ、俺。
「……シイタケだな」
ただのシイタケだ。それ以上でもそれ以下でもない。
「でしょう? さぁ残りも食べなさい。それとも、また食べさせてほしい?」
「自分で食べる」
ルフィーナは若干寂しそうな表情をし、隣で俺が食い終わるのをじっと見始めた。く、食いにくい。
「全部食べられたじゃない。いい子ね」
大皿が空になり、ルフィーナは俺の頭を撫でながら満足そうに微笑んだ。
……クソ、ちょっとドキッとしちまった。
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