第12話 アホ淫魔、メイドデビュー!#8

 さて、お次はいよいよ今日の本命。

 スーパーだ。

 よし、今日のうちにこいつの金銭感覚を正す。食材も見つかったら最高だな。

 やる気満々の俺に対し、ルフィーナは見た目からしてやる気がない。帰りたいオーラを全身から放っている。

「キョーヤ、帰るわよ」

「ダメだ! お前、これが今日のメインだってわかってるか?」

「メインはマジシンよ」

「違う! とりあえず行くぞ」

 ルフィーナの腕を掴み中へ連行。

「しょうがないわねぇ」

 ルフィーナは付き合ってあげると言わんばかりについてくる。あとでぶん殴ろう。


 最初の目的地は肉売り場。

「ブランド肉なんてのは買うな。ステーキなら外国産で十分だ。とにかく、1枚で金額が5桁いくような肉は買うな」

「9999円ならいいのね」

「屁理屈を言うな! あと買い物はどのくらい行ってる?」

「毎日行ってるわよ。特売品があるもの」

「週1にしろ。特売品に釣られたら店の思うつぼだ。他の余計な物まで買っちまう」

「その辺は大丈夫よ。私は無駄遣いしないタイプだから」

 そう言う彼女の手にはチップスの袋が。

「ならそれは何だ?」

「うすしお味よ」

「俺はコンソメ派だ――ってそうじゃねぇ! お前、無駄遣いしないって今言ったばっかだろうが!」

「こうすれば解決よ」

 ルフィーナはコンソメ味もカゴに入れた。

「解決してねぇよ! お前まさか、今までも菓子買ってたんじゃねぇだろうな?」

 視線を逸らすルフィーナ。

「おい、こっちを向けダメ淫魔」

「キョーヤ、こういう場所では静かにしなきゃダメよ?」

 いきなりルフィーナは、弟を注意する姉のように言ってきた。確かに少々騒ぎすぎたかもしれんが――。

「話の逸らし方がヘタクソだな!」

「私だって頑張ってるし、ちょっとくらいご褒美があったっていいでしょう!」

 ヤケクソ気味にルフィーナが答えた。こいつ、菓子買ってるって認めたな!

 しかもちっとも反省してねぇ。ここはひとつ攻め方を変えてみよう。

「そんなに菓子ばっか食ってたら太るぞ? 俺は太ったルフィーナは嫌だなー。絶対興奮しないなー」

 ひどい棒読みだ。もうちょっと何とかならなかったのか、俺。

 しかし、お手軽単純バカ淫魔は軽々と引っかかってくれた。

「わ、私は食べても太らないタイプだから平気よ!」

「それは魔界の菓子だからだろ? 人間界のはな、カロリーたっぷり脂たっぷり、とにかく身体に悪い。俺の叔母さんなんか、毎日食ってるせいで今じゃお月様みたいにまんまるだ」

「で、でも」

 まだ粘るか。反論の隙を与えぬよう、更なる追い打ちをかける。

「そうなったら、お前もうサキュバスとして終わりだぞ。自慢のテクも、見た目のせいで役立たずになる。その胸より腹の方がデカくなるんだからな」

 ルフィーナは無言でチップス2つを棚に戻す。勝った。

「今日はやめておくわ」

「おう、お前が気づいてくれてよかったよ」

 さて、次にいこう。

「で、食材探しなんだか。人間界にも魔界にもある物ってあるか?」

 ルフィーナはこの世界で魔力を得られなければ、魔界には永遠に帰れない。その魔力とやらは魔界の食材を食べると回復するらしいのだが、この世界にはない。

 そこで、似た食材を探して再現してみようというわけだ。

「カエルよ」

 ……はい?

「今なんと?」

 俺の聞き間違いだろう。

「だから、カエルよ」

 どうやら俺の耳は正常だったらしい。

「カエルって、あのゲコゲコ鳴くやつか?」

「そうよ。魔界のはガーガーって鳴くけど。ないの?」

 あるにはあるが、一般的に食べる物じゃない。ゲテモノ専門店とかに行けば食えると思う。

「少なくともスーパーにはないぞ。もっと人間界にありそうな物はないのか?」

 ルフィーナは唸ると。

「ヘビは?」

 さっきからこいつは何を言っているのだろう。

「俺は食い物の話をしてるんだが?」

「私もよ。魔界では食用として知られているわ」

「もっとねぇよ。頼むから人間の食文化に合わせた物を言ってくれ」

 ルフィーナは再び考え込み、思い出したように手を打った。

「あ、牛乳――」

 おっ、身近だな。

「――は試したけどダメね。似てるけど、魔界のとは成分が違うみたい」

「ダメだったのかよ」

 しかし、似てるってのはいいな。牛乳をベースに何か作れるかもしれない。

「それと蜂蜜よ。魔界では牛乳に溶いて飲むわ」

 試す価値はありそうだ。蜂蜜をカゴに放り込む。

「他には?」

 ルフィーナは売り場を一通り回って、首を振った。

「ま、後は作り方だな」

 精算を済ませ、外に出た時には陽が傾いていた。

「今日は楽しかったか?」

 電車に乗った俺は、隣に座るルフィーナに尋ねる。

「……楽しかったわ」

「俺も楽しかった。だがな――」

 文句を言おうと思った矢先、すーすーと寝息が聞こえてきた。1日中歩き回ったせいで疲れたんだろう。こうして見ると美人なのにな。もうこいつは、ずっと喋らなければいいと思う。

 彼女の頭が俺の肩に乗り、首筋に寝息がかかりくすぐったい。

 押しのけることもできず、言おうとした文句はどこへやら、俺は最寄り駅まで悶々と過ごす羽目になった。

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