第10話 アホ淫魔、メイドデビュー!#6
「何であいつがここにいるんだよ……!」
モール内は吹き抜けになっており、階下の様子が少し見えるのだが、俺は2階に江口がいるのを発見してしまったのだ。
幸い、向こうはまだこちらに気づいていない。しかし、奴はエスカレーターで真っすぐこちらに向かっている。
「キョーヤ、あれってゲーセン?」
UFOキャッチャーが並んでいるエリアを指して、ルフィーナが訊いてきた。
「あぁ」
「行ってみたいわ。私、行ったことないのよ!」
ハンバーガーを食ったことがないくらいだし、こういう庶民的な場所に憧れているのかもしれない。江口もいるし避難しておくか。
「おし、少し遊んでくか」
「いいの?」
要求が通るとは思ってなかったのか、彼女が目を丸くする。
「いいよ。むしろ俺も行きたいくらいだ」
ナイスタイミングだ。今はお前が女神に見える。
「失礼ね!」
女神呼ばわりされたルフィーナは、怒ってゲーセンに入っていく。俺もエスカレーターを気にしつつ、彼女を追って一際騒がしいエリアへ足を踏み入れた。
よし、気づかれてない。小走りでルフィーナの隣に並ぶ。
「何やるんだ?」
「これよ」
彼女は奥に置かれた筐体を示した。音ゲーと呼ばれるやつで、リズムに合わせて画面をタッチするゲームだ。
「同じ物が魔界にもあるわ。私は全国で3位なんだから!」
すごいな。てか、ゲーセンには行ったことないんじゃないのか?
「ゲーセンに来るのは初めてよ。この筐体が私の部屋にあるの」
お嬢様は次元が違った。
俺の驚愕をよそに、ルフィーナは100円を投入してプレイを始める。スマホと同じ要領で画面を操作し曲を選択すると、演奏画面に移動した。
曲が流れだし、丸い光があちこちで明滅する。現れるのはほんの一瞬だ。いや、これに反応してタッチするとか無理だろ。
しかし、ルフィーナは両の指を素早く移動させ、確実にタッチしていく。画面の奥で、コンボ数を表す数字が瞬く間に増えていく。
曲が終わり、結果が表示される。パーフェクトと出ているが、これはノーミスってことか?
「そうよ。記録も塗り替えてやったわ」
彼女の言葉通り、ランキングにはルフィーナの名前がトップにある。すごいのは分かるが、どれくらいすごいのか、やったことがない俺にはよく分からん。
「さて、もう1曲いくわよ!」
腕をまくったルフィーナが曲を選び始める。が、ふと振り返った視界の先に、再び脅威が現れた。
「あいつ……!」
江口だ。こっちに真っすぐ向かってきている。とりあえずここを離れよう。
俺は演奏を始めたルフィーナを置いて、ゲーセンの右側に逃げる。レースゲームが置いてあるエリアだ。
筐体の陰から様子を窺うと、ルフィーナの隣に江口がおり、驚いた顔して何か言っている。あいつもあのゲームをやっていたはずだ。同業者として見逃せなかったんだろう。
よし、今のうちに逃げよう。
入口近くのクレーンゲームのエリアに入る。これで会うことはない。
一刻も早くこの危険地帯から脱出したいところだが、ルフィーナと合流しなければならない。
ここで立っているのも変なので、久しぶりに遊んでみるか。おっ、ちょうど映画で見た魔物のぬいぐるみストラップがあるな。魔法少女の3人にときどき助言していた奴だ。
ボスとかいう、バンダナと眼帯をした蛇で、渋いおっさんの声で喋る。見た目はもちろん、軍人みたいな口調も相まって中々強烈なキャラクターだった。
そいつがデフォルメされたぬいぐるみを無事に獲得していると、ケース越しに江口が歩いているのが見えた。咄嗟に身をかがめる。やばいな、今の距離は気づかれたかもしれん。
「ねぇ」
「うおっ!」
突然肩を叩かれ振り返ると、怪訝な顔をしたルフィーナが立っていた。
「どうしたの? 景品取れなかったの?」
お前かよ!
「いきなり肩叩かれたからびっくりしただけだ。これ、やるよ」
取り出したぬいぐるみを渡す。
「ボスのぬいぐるみじゃない! かわいいわぁ」
ルフィーナは嬉しそうにとぐろを巻くボスに頬ずりする。
「キョーヤにはまだ、ボスについて詳しく教えてなかったわね! ボスは自分の前世が傭兵だと思い込んでる魔物で――ちゃんと聞いてよ!」
訊いてもないのに話し出した彼女を無視し、俺はゲーセンを出て下に降りていく。江口にも気をつけないとな。
「お前、誰かと話してたろ」
エスカレーターを駆け下りようとするルフィーナを止め、江口にバレていないか確認するために尋ねると、
「もしかして妬いてるの? 大丈夫よ、私はキョーヤの物だから安心なさい」
見当違いな答えが返ってきた。
「さっさと言わねぇとボスを放り投げるぞ」
「真面目に答えるからやめて! ……話したわよ。ずっと視線が私の胸に行ってたわ。きっと童貞ね」
江口……お前、名前より先に童貞が知られてんぞ。
「ゲームの話しかしてないわよ。1回だけ対戦してボロクソに負かしてやったわ」
「俺のこと話したか?」
否定したルフィーナを見て、俺は胸をなで下ろした。
が、それは早かった。ポケットのスマホが振動する。見ると江口から電話がかかってきていた。
このタイミングでか。慎重に通話をタップする。
「もしもし」
「誰から電話――むぐっ」
ばれないようにルフィーナの口を塞ぐ。声を出されたらまずい。
『キョーヤ、今どこだ!?』
何故か江口は興奮気味だ。
「アオンだよ。どうかしたのか?」
ルフィーナが手を外そうとしてくるのに必死で抵抗する。
『すぐにゲーセンに来い! 例の痴女がいたんだよ!』
早口でまくしたてる江口。その痴女は俺の隣にいるぞ。
「それだけか? 別に興味ねぇよ」
『来ないと後悔するぞ』
電話が切れる。手を緩めると、ルフィーナが息をついた。
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