第9話 アホ淫魔、メイドデビュー!#5

 日曜日。


 ルフィーナと迎える初の週末。俺は彼女と電車に乗って、アオンという大型ショッピングモールに来ていた。さすがに休日だけあって家族連れやカップルが多い。

 そして今は、電車で酔ったらしく気持ち悪いとトイレに駆け込んだルフィーナを待っている最中だ。

「うぅ……。やっぱりこの服が窮屈なせいだと思うの」

 少し顔色がマシになった彼女がトイレから出てくる。

 服装はジーンズに白いキャミソール、その上に黒いパーカーを羽織り、フードを被っている。おかげで角と羽根、尻尾は隠れ、目立つことはない。うむ、完璧だ。

「今日1日は我慢しろ」

 自販機で買っておいた水を渡し、モールに向かう。

「で、どういう話なんだ? そのマジカル☆シンフォニー・フレイムってのは」

 魔法少女ものということしか知らない。

 ルフィーナはよくぞ聞いてくれました、と言わんばかりの笑顔で話す。

「主人公のコウと、仲間のリンとレンが、悪の組織グレンと戦う話よ。コウは中学生なんだけどすごく大人っぽくて、モデルをやっているの。リンは――」

「オーケー分かった」

 たまにはこういう映画を見るのもいいだろう。

「で、映画は何時からなんだ?」

「あなたが知っているんじゃないの?」

 は?

「何で俺が知ってると思ったんだよ?」

「デートするんだから、そういうことを調べておくのは当たり前でしょう」

「お前が見たいって言ったんだからお前が調べろ!」

「女の子をエスコートするのが男の子の役目よ!」

「何でお前なんかエスコートしなきゃいけねぇんだ!」

 入口前で喧嘩する俺たちを、客たちが笑いながら通り過ぎていく。完全に痴話喧嘩だと思われている。せっかく目立たないようにと工夫してきたのに、これじゃ元も子もない。

 俺はルフィーナの手を引いて、建物に沿って歩きながらスマホを渡した。

「ちょっと、どこ行くの? 青姦してハメ撮りするの? 私はどこでもいいけど、もっと人がいない場所がいいんじゃない?」

「んなことするか! 別の入り口から入るんだよ。映画の時間調べろ。使い方分かるか?」

「もちろんよ、魔界にもあるわ。……映画は11時半からね」

「今何時だ?」

「11時20分ね」

 ダーッシュ!


「映画、面白かったわね!」

「そうだな……」

 映画館に着いた直後は、普段運動していないルフィーナがげっそりしていたが、終わった後は俺がげっそりしていた。主に精神的に。

「これがハンバーガーね! 体に悪そうだけどすごく美味しそうだわ!」

 ルフィーナが興奮したようにハンバーガーにかぶりつく。こいつは生まれてこの方、魔界にもあるというハンバーガーを食べたことがないらしく、看板を見た途端に行きたいと言い出した。俺としては昼飯代がかからず助かる。

 では何故俺はげっそりしているのか。それは映画のせいだ。

「おい、俺は魔法少女ものだって聞いたぞ」

「そうよ」

「あれのどこが魔法だ! 物理にも程があるだろ!」

 内容は主人公のコウが、敵に捕まった仲間のリンを助けに行くというもので、ルフィーナから説明を受けたこともあり、何も知らない俺でも十分に楽しめた。悪堕ちしたリンを友情やら絆やらで助けるというのはありきたりだったが、それでも感動してしまった。

 問題は……。

「魔法ってのはもっとこう、ファンタジー的なモンじゃねぇのか? 剣はともかく、少なくとも銃は違うだろ」

 ピンクや白に塗られた拳銃やライフルが出てきた時には、思わず隣のルフィーナに振り向いてしまったが、彼女は動じた様子もなくスクリーンを見つめていた。

「変身したし、武器も魔法で出してたじゃない」

「それだけじゃねぇか! 魔法少なすぎるだろ!」

 まだまだツッコミどころはあるぞ。

「コウが、1人でリンを助けに行こうとするシーンがあったよな?」

「鳥肌が立ったわ」

 責任を感じ、捕まったリンを一人で助けようとするコウに、もう1人の仲間のレンが「私たちは仲間だ」と言って一緒に助けに行く。彼女たちの友情を感じられるいいシーンだと思った。

 ……が。

「何で2人が乗ってんのがヘリコプターなんだよ! 他にあるだろ!」

 箒に乗れとは言わんが、ヘリコプターは絶対に違う!

「敵の本陣に殴り込むならヘリが一番よ。実戦経験も豊富なハインド(ロシアの戦闘ヘリコプター)を選択するとは、さすがコウね……!」

 恐ろしそうに言うルフィーナ。

「とにかく、ありゃ魔法少女じゃねぇよ」

 血は出るわ人体はバラバラになるわ、おまけに最後はラスボスとコウが一対一で殴り合うというハリウッド顔負けのアクションが展開された。

「でも、面白かったでしょう?」

 ルフィーナの問いに、俺は頷かざるを得ない。

 そう、何だかんだ言って面白かったのだ。

 ツッコミどころ満載だが、それはそれで面白かった。この手の映画を観るのはファンだろうから当然かもしれないが、スクリーンを出る時に耳にした言葉も肯定的なものが多かった。

「アニメは二クールを二期やって、三期も期待されているのよ。私は円盤全部持ってるんだから!」

 円盤――ブルーレイのことだっけか。相当好きなんだな。

「キョーヤも見なさい。私がOVAも合わせて全部貸してあげるわ!」

 それは全部家にあるんだろ、という無駄なツッコミはしないでおく。

「食い終わったらスーパーに行くぞ」

「何で?」

 こいつ、もう本来の目的を見失ってやがるな!

「お前の金銭感覚を直すのと、魔界の食材に似たやつを探すためだ!」

「めんどくさいわ」

 先にこっちを済ませておくべきだった。

 トレーを片付けようと俺が席を立つ一方、ルフィーナはまだ半分も食べていなかった。

「お前、食うのそんなに遅かったか?」

「いいえ。二度と食べられないかもしれないから味わって食べたいのよ」

「いくらでも連れてってやるから安心しろ」

 そこまで財政は苦しくない。

 喜んだルフィーナが一気に平らげ、俺たちは店を出た。

 この店は三階にあり、スーパーは一階にある。なので下に降りなければならないのだが、エスカレーターで俺は予期せぬ事態に見舞われた。


「何であいつがここにいるんだよ……!」

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