第8話 アホ淫魔、メイドデビュー!#4

「さぁ、召し上がれ!」

 テーブルには高級レストランかと思うほど上品な料理が並んでいた。

「これ、ステーキか?」

 1枚の大きな肉ではなく、最初から食べやすい大きさに切ってある。断面は赤い。これがレアとかいう焼き方か。

 表面にはコショウが散りばめられ、ほどよい焦げ色が食欲をそそる。黄金のソースがかけられ、見ているだけで白米も欲しくなってくる。

 フォークで突き刺すと、じゅわりと透明な肉汁が溢れた。

「いただきます」

 生唾を飲み込み、一切れ口に運ぶ。噛もうとするが噛みごたえはなく、肉はクリームのように脂とともに溶けた。

 美味い。

 それ以外の感想が出てこない。が、高級だということは分かる。

「お前、この肉いくらした?」

 肉が溶けるという未知の感覚に、俺は思わずそう訊いていた。

「2万円くらいしたわ」

 ルフィーナはさらりと答え、俺はひっくり返りそうになる。

「に、2万!?」

 そりゃ美味いわ!

「美味しいでしょう? 気合入れて焼いたんだからね!」

 嬉しそうなルフィーナとは対照的に、俺は頭を抱えた。何故このアホはこんなバカ高い肉を買ってきたのだろう。

「肉屋さんで口の中で溶けるステーキをくださいって言ったら、これをくれたのよ」

「何で口の中で溶ける肉なんて言ったんだよ」

 ルフィーナは不思議そうに首を傾げ、

「だって、それが普通じゃないの?」

 恐ろしいことを口走った。

「いいか、普通の人間はな、こんな高級な肉は食わないんだ」

「キョーヤは普通じゃないでしょう」

「それはお前だ!」

 言動から察するに、ルフィーナの家はかなりの金持ちだ。普段からこんな肉食ってたとかありえねぇ。

 思えばメイドになるって言った時も、家のメイドがなんたらとか言ってたな。多分使用人がいて、その真似をするって意味だったんだろう。

「お前の感覚はズレてる。飯が終わったらどういう物を買うべきか教えてやる」

 こいつの金銭感覚が狂っているのは確実だ。早急に直さないとそのうち破産する。

「あ、それならこの近くのショッピングモールに行きたいわ!」

「ショッピングモール?」

「知らないの? いっぱい買い物できる大きな建物よ」

「知っとるわ! 何で行きたいのか訊いてんだ!」

「映画を観るのよ」

 映画?

「マジカル☆シンフォニー・フレイムよ!」

 聞いたことあるな。前にやってた深夜アニメだ。魔法少女ものだとか江口が言ってた。こいつがどこで聞いたか知らないが、あそこには映画館もある。

「お前、そういうの見るんだな」

 そもそも魔界に日本のアニメがあるのが驚きだ。

「日本のアニメは魔界でも人気よ。有志が翻訳して字幕をつけて、ネットで配信してるの。私が深夜の家でできることなんてアニメを見るくらいだもの。ゲームしてるとうるさいって怒られるし。そういえば、あなたの家にはゲームは無いのね」

「やらないしな」

 江口の家で遊ぶくらいだ。

「残念。ねぇ、明日買って――」

「絶対ダメだ」

 これから家計がどうなるか分からないのに、追い打ちをかけるわけにはいかない。

「しかし、ショッピングモールねぇ……」

 行くのは構わない。が、気が進まない。行くとなれば土日。最も混む日だ。高校の連中も来るだろう。こいつと一緒にいるところを見られるのは避けたいのだ。

「こんな美人とデートできるのよ? 断る理由がないじゃない」 

 だから困ってんだよ。

 しかし金銭感覚に問題があるとはいえ、ルフィーナはメイドとしての役割を完璧に果たしている。俺の予想以上だ。ご褒美くらいあげてもいいんじゃないか?

 それに、あそこのスーパーは品揃えが豊富だ。もしかしたら魔界料理に使える食材があるかもしれない。

「分かったよ。日曜に行こう」

 彼女の提案を受け入れた俺は、ステーキの最後の一切れを食べた。肉は口内で霧散し、俺の贅沢が終わりを告げる。あぁ、2万円……。

 ルフィーナはと見ると、上品な手つきでゆっくりと肉を食べている。その姿は気品に溢れ、人格が変わっているのではと疑ってしまうほどだ。

「それで、代わりになりそうな食材はあったか?」

 俺がルフィーナに課した、家事とは別の課題。それはこの世界の食材を使って、魔界の料理を再現することだ。

「なかったわ」

「そうか」

 そんな簡単に見つかったら、こいつも苦労してないだろう。

「後で週末に着てく服買うぞ」

 こいつに任せちゃダメだ。ビキニもサキュバスの正装も外では目立ちまくるし、何より角と羽根が丸出しでは一発アウトだ。

「私がとびきりかっこいいのを選んであげるわ!」

「買うのはお前の服だ!」

「服ならあるわよ」

 あれが服でたまるか。

「もっと目立たないやつにする。条件が呑めないなら行かねぇぞ」

「分かったわよ。うぅ……これも映画のためよ!」

 自分に言い聞かせるルフィーナ。よっぽど人間の服が嫌みたいだな。

「じゃあ、洗い物が終わったら部屋に来てくれ。ごちそうさん」

 学校の課題をやるべく、俺はルフィーナを残して自室へ引っ込んだ。


 課題は数学。江口は問題文が意味不明だと騒ぐが、公式を一旦覚えちまえばなんてことない。だからと言って完璧に解けるわけじゃないが……。

 基礎問題を終え応用に突入。ここから頭をひねる回数が増える。教科書をめくってヒントを探すも、ついにペンが止まった。

 うむ、わからん。

 雑巾みたいに頭を絞ってみても、元々しみ込んでいないので意味がない。

「xに3を代入するのよ」

 諦めて終わろうとした時、頭上からルフィーナの声が降ってきた。

「そうしたらyの値が分かるでしょう? あとはこの式を解けば答えが出るわ」

 言われたとおりに計算すると、あっけなく解けてしまった。

「お前、頭いいのな」

 金持ちのお嬢様なら頭も良いだろうという偏見のせいか、驚きはしなかった。

「当然よ。だって私は学年主席だったんだから!」

 腰を手を当て威張る彼女に適当な賛辞を投げた俺は床に座り、ノートパソコンを立ち上げる。

「ほら、一緒に服選ぶぞ」

 通販サイトのサハラにアクセスする。一応、本人の意見を聞いておいた方がいいだろう。

「これがいいわ」

 隣に座るルフィーナが選んだのはセーター。この時期に? と思ってよく見たら背中が丸見えだった。

「童貞を殺せるらしいわ。キョーヤも一撃ね」

「却下」

 聞くだけ無駄だったか。

「お前は角と羽根を隠す必要がある。何とか小さくできないのか?」

「無理よ」

 じゃあ、角は帽子で隠して、羽根は上着で隠すか。

 もう本人の意見は聞かない。俺はよさそうな物を適当にポチポチしていく。

「キョーヤ、それは男の子が着る物よ」

「お前なら何着ても似合うだろ」

 俺の適当な一言にルフィーナは頬を染め。

「……そ、そんなありきたりな言葉じゃ私は落ちないわ!」

 落ちそうになってんじゃねぇか。単純な奴だな。

「違うわよ! これはね――」

 言い訳を勝手に始めるバカを無視して、俺は注文を確定させた。

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