第6話 アホ淫魔、メイドデビュー!#2

 空き教室で、俺とクレア先生は向かい合う。

 あの夢が正夢になったわけではない。近いと言っても机2つを挟んでいるし、彼女の手元には俺の進路希望の紙がある。

 進路相談である。4月になったら、大体の高校生は経験するだろう。あの大学はあーだの、この大学はこーだのってやつだ。

「川崎君は大学進学ね。どこに行くか決めてるの?」

「いや、まだっす」

「すぐに決めろとは言わないけど、そろそろ考え始めた方がいいわ。今から少しずつ準備しておけば、後になって慌てることもなくなるから」

「分かりました」

 その後は成績について少し話して、俺の面談は終わった。


「大学ねぇ……」

 何も決まってない。将来の夢とかない限り、高2の4月などそんなもんだ。

 傾く陽が差し込む廊下を歩いていると、そばの階段に影が差した。大きな段ボール箱を抱えた生徒が危なっかしく歩いている。身体はほとんど箱に隠れているが、あの長い金髪は姫城だろう。


 視界が塞がり足元が見えていないせいか、階段を一段一段、確認するように降りていく。大丈夫かよ。

 心配になり手伝おうとしたら、予想通りというべきかつまずいてこけた。ただの廊下ならよかったが、階段なら話は別だ。俺は彼女を受け止めようと走り寄る。


「おい!」

 俺の顔面に姫城が突っ込んでくる。スカートが俺の視界を覆い、支えきれずに俺は仰向けに倒れた。ばん、と荷物が床に落ちる音だけが聞こえた。

 姫城は俺の顔面にまたがる形で着地。互いの肌が触れ合い、毛のようなものが俺の鼻先をくすぐった。ケガがなければいいが――。


 ……いや、待て。

 またがったのなら、俺に伝わる感触はパンツの布のはずだ。それが……まさか!?

 姫城は立ち上がり、以前俺がそうしたように手を差し出してくる。掴んだ彼女の手は震えていた。


「……その、申し訳ありませんわ。ケガは?」

「へ、平気だ」

「そ、そう。よかったですわ」

 普段見ている姫城からは想像できないほど、彼女は狼狽していた。怯えていると言ったほうが正しいかもしれない。それが何故か、理由は察せた。

「……荷物、俺が運ぶよ。またこけるかもしれないし」

 そう言って段ボール箱を持つと、彼女は無言で頷いた。

 目的地の生徒会室に荷物を運び入れる。

「……貴方、お気づきになりました?」

 姫城が俯き、呟いた。

「いやいやいや、何も気づかなかったぞ」

 慌てて誤魔化すが、めちゃくちゃ動転してヘタクソな嘘になってしまった。


 跨られた時に、布ではなく肌の感触がした。理由は1つしかない。パンツを履いてないからだ。


「そう……ですの」

 姫城はそれっきり黙りこくる。し、信じてくれたか?

「嘘ですわね! 知られたからには生かしておけませんわ!」

 姫城は近くにあった分厚い辞書を掴むと、俺の頭めがけて振り下ろしてきた!

「うおっ!?」

 慌てて真剣白刃取りのように受け止める。

「何すんだ!」

「貴方を殺してわたくしも死にますわぁ!」

「落ち着け!」


 暴れる姫城を宥めると、彼女は床にぺたんと座り泣き出した。  

「お願いがありますの」

 嗚咽を漏らしながら、姫城は潤んだ目で俺を見上げる。

「誰にも言わないでください」

「分かったよ。秘密にする」

「お望みは何ですの?」

 は?

「貴方の望みですわ。お金ならいくらでも差し上げます。ですがわたくしの処女だけは……」

「処女って、何言ってんだ!」

 そうか、俺が対価を求めると思ってんのか。しかし、何か欲しいとは思わんな。

「何もいらん。事情があったんだろ。この件はお互い忘れようぜ。な?」

 それがベストだ。姫城に恨みがあるわけでもないしな。

「それではわたくしの気が済みませんわ。明日、貴方のご自宅に1億円ほど……」

「いらねぇから、マジで! 何もいらん!」

 家に帰ったら1億あったなんて怖すぎるわ!


 本当に、と確認してきた姫城に強く頷くと、ようやく彼女の頬が緩んだ。

「そう……。感謝してもしきれませんわ。わたくしも、毎日やめようと思っていましたの」

 ……毎日?

「毎日って、下着が濡れたとかしたから履いてないんじゃないのかよ?」

 俺が放った言葉に、墓穴を掘ったと気づいたのか、姫城が固まり真っ赤になってそっぽを向く。

 てことは、意図的に脱いでたってことかよ! しかも毎日!


「なぁ、何があったんだ?」

 興味半分、心配半分で俺は尋ねた。

 ノーパンで過ごすなんて普通じゃねぇ。ストレス発散とか、そういう理由があるはずだ。

「何もありませんわ」

 俺から視線を逸らさず、姫城ははっきりと答えた。

「そんなわけないだろ。趣味じゃあるまいし」

 姫城の肩がびくり。 


 ……おい。

「まさか、趣味なのか?」

 恐る恐る尋ねてみる。姫城は視線を彷徨わせた後、俺をキッと睨んだ。

「えぇ、その通りですわ! わたくしは快感のために脱ぎ、露出を愉しんでいますの! 何か問題でもあって!?」

「問題しかねぇよ!」

 こいつ、マジの変態じゃねぇか。憂さ晴らしだと思ってたらとんでもねぇ。

「大体、バレたらやばいじゃすまねぇぞ。家とか、そういうのいいのかよ?」

 金持ちとなれば評判も大事になってくるだろう。娘が露出狂とは悪評もいいとこだ。

「ですから快感なのですわ。見つかれば一巻の終わり。その上、神聖な学び舎でこのような破廉恥な格好を……考えただけで昂ってしまいますわ!」

 姫城は鼻息を荒くして語った。

 俺、ドン引きである。

「やがて他人に見つかったわたくしは脅迫され、要求は日に日にエスカレート。わたくしは羞恥に耐えながらも受け入れ、やがて堕ちるところまで堕ちてしまうのですわ!」

「さっきから何言ってんだ!」

 変態女は一息つき。


「とにかく、貴方をこのまま帰すわけにはまいりません」

「じゃあどうすんだよ?」

 記憶でも消す気か?

「監視いたします」

 監視?

「学校はもちろん家もですわ。もし秘密を漏らせば、姫城家の力を以て貴方を抹殺いたしますので」

「たかがノーパンでやりすぎだろ! そんなことしなくても誰にも言わねぇよ!」

 つか、言っても誰も信じないと思う。

「たかが、とは何ですの! わたくしにとっては人生に関わる重大な――」

「姫城さん?」

 突然現れたクレア先生を見て、俺と姫城は固まった。まずいな、今の会話聞かれてたか? 

 姫城は見る見るうちに顔から血の気がなくなっていき、俺の背中も変な汗をかき始めた。

「何故川崎君が生徒会室に?」

「姫城の手伝いっす」

 荷物を代わりに運んだことを説明すると先生は納得し、部屋を閉めるから帰るように言った。ふぅ、どうやら聞かれてなかったようだ。


「おっしゃりませんでしたわね」

 昇降口で、姫城は靴を履き替えながら言った。

「言わないって言っただろ」

「では、どのような要求をなさるおつもりですの?」

 彼女は半眼で訊いてきた。

「何もしねぇよ。強いて言えば、お前のその趣味をやめさせるくらいだ。いつか、俺以外の誰かにもバレるぞ」

 俯いて黙り込む姫城。俺にバレたことで、他人にバレるというリスクを間近に感じているのかもしれない。

「……直すよう努力しますわ。川崎さん、お願いがありますの。おかしなお願いかもしれませんが、聞いてくださらない?」

「俺にできることなら」

 姫城はしばらく躊躇ってから。

「わ、わたくしのご友人になっていただけません?」

「いいよ」

 それくらいなんてことない。

「ありがとうございます。恥ずかしながらわたくし、友人と呼べる方がおりませんの。それで一人の時はいつも、露出のことばかり考えてしまって……。ですから友人と過ごしていれば、気も紛れて露出のことも考えなくなるようになると思いますわ」 

「そういうことか。これからよろしくな、姫城」

 互いに握手。

「玲緒奈でいいですわ。貴方には〝姫城家の娘〟ではなく〝姫城玲緒奈〟として見て欲しいんですの」

「分かったよ。俺もキョーヤでいい」

「これからよろしくお願いしますわ。京也さん」

 差し込む夕陽を背景に、俺は姫城玲緒奈の年相応の笑顔を、初めて見た気がした。

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