第4話 アホ淫魔、襲来!#4

 3日後。

 あれ以来、ルフィーナの姿は見ていない。家にも来ていない。なんだかんだうまくいっているのだろう。

「キョーヤ、その後美女とは何かあったか?」

 昼休み。江口の問いに何もないと答え、俺は購買で買ったパンをかじりながら窓の外を見た。満開の桜が青空との境界線を作り出している。


「それはそうと、新情報を聞いたぞ。駅前で痴女が食べ物をせびってくるらしい」

 ……何?

「詳しく聞かせろ」

 俺が視線を向けると、江口はにやりと笑った。

「お前も何だかんだ言って、興味あるんじゃねぇか。ダチとして安心したぜ」

「いいから話せ」

「俺も又聞きだから詳しい事は分からんが、悪魔のコスプレをした美女が食べ物をねだってくるんだとよ。恵もうとした奴がうちの高校にもいるんだが、そいつは財布を空にされそうになって逃げたらしい」


 ルフィーナだ。


 あいつが食べ物をねだるねぇ……簡単に想像できるな。そして大概の男は奢るだろう。

「キョーヤ、不幸にも部活がある俺の代わりに、駅前に行ってきて写真を撮ってきてくれ。見逃したくないんだ、頼む!」

 何かのイベントみたいに言うな。だが、俺も気にならないと言えば嘘になる。

「分かったよ。その代わり、明日学食奢れよ」

「お安い御用だ。恩に着るぜ、相棒」

 誰が相棒だ。

 放課後。かくして俺は、家とは逆方向にある駅へ自転車を漕ぎだした。


 俺が住んでいる町は田舎だ。目立つ建物といえば郊外にある大型ショッピングモールくらいで、あとは住宅街やら田んぼがあるだけだ。

 したがって、この駅の利用者も少ない。最近できた立派なロータリーなんか、数台のタクシーと送り迎えに来た車があるだけでバスはないし、通勤時間帯でもなければ人はまばらで、何だか悲しくなってくるほどである。


 そんな場所で悪魔の格好をした美女などいれば、見つからないほうが不思議な話であり、俺は着いたと同時に、ロータリーにいるルフィーナを発見した。

「おい」

「ねぇ、ご飯くれると嬉しい――ってキョーヤじゃない」

「何してんだ、お前」

「ご飯をねだってるのよ。あなたぐらいの歳の子なんか、わざわざコンビニで高い物買ってきてくれるのよ。無理しちゃってかわいいわぁ」

 そう言った彼女の手には菓子が詰まったコンビニの袋があった。あまり中高生の財政を圧迫してやるな。


「腹減ったら食わせてやるって言ったろ」

「毎日ラーメンじゃ飽きるじゃない。あ、でも今日はラーメンが食べたいわ」

 このクソニートをぶん殴りたいが、言った手前、断るわけにもいかない。

「分かったよ、作ってやる。あと写真撮らせてくれ」

 食わせるんだからそれくらいはさせてほしい。

「お安い御用よ。誰に見せるの?」

「友達だ」

「男?」

 関係あるのか? 一応頷いておく。

 ルフィーナはその場にしゃがみ込むと、両足を思い切り開いて両腕を頭の後ろに回し、妖艶な笑みを浮かべた。

「撮っていいわよ」

 固まる俺だが周囲の視線が痛いので、さっさと写真に収める。

「もういいぞ」

「他にしてほしいポーズは?」

「十分だ。っていうか、写真とか知ってるんだな」

 ラーメンもそうだが、こいつはこっちの技術や文化を知っているようだ。


「魔界には人間界の技術や文化が多く流れ込んできているわ。向こうだってこっちの世界とほとんど変わらない生活をしてるわよ」

 マジか。よくあるファンタジー世界をイメージしてたんだが全然違うんだな。

「人間界を気に入ってこっちで生活してる悪魔もいるんだから」

「角とか羽根はどうしてるんだ?」

 見えたら一発でバレるだろ。

「魔力を使って隠せるわ。私は使い切ったから丸見えだけど」

 そうじゃなくても服で目立つけどな。

「案外、その辺に悪魔がいるかもしれないわよ」

 ルフィーナはそう言って、菓子が詰まった袋をカゴに入れ、俺の自転車に乗った。


「さ、行くわよ!」

「俺の家か?」

 ルフィーナは首を振って、自慢気に答える。

「私の家よ」

 家? こいつは無一文だったんじゃないのか?

「紹介されたの。昼間はパチ屋で過ごし、夜は公園のベンチで寝る日々は終わったのよ!」

 有り金はパチンコで全部擦ったんだろうな、きっと。

「分かったよ。あと、お前は後ろだ」

 ルフィーナを荷台に乗せ、俺は彼女の言う通りに走る。


「そこを右に曲がって……あんっ」

 ルフィーナは段差を走るたび、耳元でいちいち喘ぎ声を出してくる。それから俺の腰に回している腕の位置がどんどん下がっている気がするし、背中に柔らかい感触が――。

「お前、何してんの?」

「何って、ナニよ」

 ついにこの女は俺の股間をまさぐり、耳を咥えてきた。

「お前マジで何してんの!? こけるからやめろ!」

「じゃあ止まって楽しみましょう? お姉さん、荷台にアソコが擦れて熱くなっちゃって、もう我慢できないのぉ……」

 チャリの上で発情し始めたルフィーナは俺のズボンの中に手を入れてきた。

「おま……っ!」

 俺は必死にルフィーナの手を抜こうとするが、それに夢中でバランスが崩れた。

「うわっ!」

 すんでのところで左足を付き、横転を回避する。一息ついた俺だが、後ろの重さがなくなっていることに気づいた。


「大丈夫かー?」

 ルフィーナは見事に荷台から落ち、側溝に頭から突っ込んでいた。

「星が見えるわぁ……」

「まだ夜には早ぇぞ。立てるか?」

 ルフィーナがよろよろと立ち上がる。悪魔だからは分からないが身体は頑丈なようで、傷は見当たらない。

「大人しく乗れよ」

「……分かったわ」

「あとお前、ドブ臭いぞ」

「酷いっ!」


「ここが私の家よ」

 発情がすっかり収まったルフィーナに案内された場所を見て、俺は立ち尽くした。

 いや、お前……。

「橋の下じゃねぇか、ここ……」

 まだベンチやパチ屋の方がマシな気がする。

「嬢ちゃん、帰ったんやな」

 スキンヘッドにサングラス、作業着姿のおっさんがルフィーナを出迎えた。

「その兄ちゃんは?」

「友達よ。これ、みんなで食べてね」

 ルフィーナは菓子の詰まった袋をおっさんに渡す。礼を言った彼は大喜びで袋を持っていき、ホームレスたちに配り始めた。

「それで、ここが私の家よ」

 ルフィーナが段ボールの上に座る。これは家ではなくねぐらじゃないか?

「嬢ちゃん、ひとつ言っとかならんことがあるんや」

 さっきのおっさんが、深刻そうな表情でやってきた。

「実は役所から、護岸工事をするからって立ち退き命令が出てな。数日中にここを離れなきゃいけなくなったんや」

「そんな……」

「ワシが紹介したのに、こんなことになって本当にすまん!」

 おっさんはそう言って深く頭を下げた。殊勝な彼の態度に、ルフィーナは慌てて頭を上げるよう言った。

「私なら大丈夫よ! おじさん、短い間だったけどありがとう。楽しかったわ」

 


 夜。

 ルフィーナを連れて帰宅し、俺がラーメンを作っている間、彼女は風呂に入らせた。ドブに突っ込む前から若干臭かったのだ。1週間もろくに体を洗わず、川で水浴びしたくらいだと言っていたから当然っちゃ当然か。

 しかし、ルフィーナはあんな場所に住んでたんだな。俺はネカフェかどこかで寝泊まりしていると思っていたので、あの生活は予想以上だった。これから先、あいつはどうするつもりなのだろう。 


「お風呂、いただいわ」

 そんなことを考えていると、入浴を終えたルフィーナが台所に姿を見せた。

 全裸で。

「お前、何で裸なんだよ! 着るもん出しといただろうが!」

 ジャージを出しておいたのに! 伝えたら分かったと言ったくせに何も分かってねぇじゃねぇか!

「あんなの窮屈よ。大丈夫よ、見られても私は気にしないし、裸には慣れているから」

 俺が気にするんだよ!

「とりあえず、何か身につけろ! 何でもいいから!」

「分かったわよ」

 そう言って持っていたバスタオルを巻きつけるルフィーナ。何かますますエロく……。

「それはダメだ!」

「今何でもって言ったじゃない。注文が多い子ね、キョーヤは」

 無視して二階の自室に服を取りに行く。できるだけ露出が多い物――パンツとタンクトップを探した。


「ん?」

 キッチンに戻ると、バスタオル姿のルフィーナが台所に立っていた。慣れた手つきで茹で上がった麺を丼に移し、切っておいた具材を手際よく盛り付けていく。

 しばらく入口で見ていると、彼女は出来上がったラーメンを2つ、テーブルに並べた。

「キョーヤ、できたわよ。召し上がれ」

 作ったのはほぼ俺だがな。

 それにしても、具材の切り方や盛り付けが丁寧だ。悔しいが俺よりうまい。

「お前、料理できるんだな。具材切るのとか、だいぶ手馴れてるみたいだったが」

「家事は実家で仕込まれたのよ。お嫁さんにいっても恥ずかしくないようにって。ま、結局役に立ってないんだけど」


「なぁ」

 箸を止める。服を着た彼女は麺をすすりながら視線だけ俺に向けてきた。

「お前、これからどうするんだ?」

「また前みたいに、昼間はパチ屋で過ごして、夜は公園のベンチで寝るわ。あなたは泊めてくれないし」

「いいよ」

 ルフィーナは俺の言った意味が分からないのか首をかしげる。

「泊めてやる」

 俺がそう言うと、ルフィーナの箸からネギが丼に落ちた。

「……本当に?」

「ああ」

 彼女の顔がぱぁっと輝き出す。

「本当にいいのね!」

「ただし条件がある」

「言ってちょうだい! 何でもいいわよ!」

「家事をやれ。できるんだよな?」

 ルフィーナの表情が引きつる。

「えぇ……。できれば食っちゃ寝したいんだけど……」

 黙れクソニート。

「じゃあ、今まで通りベンチで寝るんだな」

「うぅ……分かったわよ! メイドになるわ! そして夜はご主人さまにご奉仕するわ!」

「俺を襲ったら追い出すぞ」

「じゃあ合意の上で襲うわ!」

 それもう襲う意味ねぇだろ。

「お前、本当に大丈夫だろうな?」

「任せて! 家のメイドと同じことをすればいいんでしょう?」

 家のメイドって何だ?

「とりあえず、これを洗ってくれ」

 俺は空になった丼2つを示す。しかしルフィーナはそっぽを向き。

「明日から本気出すわ」

「今から出せ!」

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