第3話 アホ淫魔、襲来!#3

 夜。

 ナインに届いた江口からの死刑宣告は既読スルーし、俺はメールで送られてきたエッフェル塔の写真を眺めていた。

「ったく、あの2人は……息子ほっといて何してんだか」

 送り主の両親のことを考え、俺は嘆息する。


「キョーヤも高校生だし、もう1人で暮らせるわよね! お母さんとお父さんは、これから世界一周してきまーす! 大丈夫、お金は送るから!」

「彼女ができたら好きなだけ連れ込んでいいからな! だが避妊はしろよ?」


 俺が中学を卒業したとき、両親はそう言って消えた。

 たまにこうして連絡が来るし、仕送りも来るから無事ではいるんだろうが、マジで信じられねぇ。どういう神経してんだ。ちゃんと血繋がってんだろうな? 実は繋がってないとか、あの2人でもさすがにそれはない……と思いたい。


 画面が割れたスマホを消し、ベッドに寝転がる。そのタイミングで、ちょうどチャイムが鳴った。


「警察でーす」

 階下に降りた俺に、外から女性がそう言った。昨日の今日だし、心配して様子を見に来てくれたんだろう。そう思って玄関のドアを開けた。


「来ちゃった」


 ウィンクして舌をペロリと出す、昨日の不法侵入者を見て俺は即刻ドアを閉める。しかし、女はドアに手をかけて阻止した。

「もう俺の家に来るなって言われただろ!」

「ええ言われたわ! けどあなたしか頼れる人がいないのよ! 襲わないから! 無理やりセックスしたりしないからここを開けて!」

 このアマ何口走ってやがる!

「性犯罪者なんざ信用できるか! さっさと諦めて消えろ、通報すんぞ!」

 相変わらずの怪力だ。ドアノブが取れるんじゃないかと思うくらい、女の抵抗は凄まじい。

「通報も困るけど、このままでいる方が困るの!」

 隙間から見える女の頭には、昨日と同じく角が生えている。

「そんなコスプレした妙な女を家に入れるわけねぇだろうが!」

「コスプレじゃないわよ! 本物よ! ほ・ん・も・の!」

 さすが家宅侵入して俺を犯そうとしただけあって、頭もばっちりイカレてらっしゃる。

「せめて何か食べさせて! でないと私、このままじゃ死んじゃうわ……」

 不意の涙声に、俺の腕の力が弱まった。それに合わせてドアが勢いよく開き、女の額を直撃した。

「いたぁい!」

 女は額を押さえ涙を浮かべる。ついでに腹も盛大に音を立てた。

「……分かったよ、入れ」

 思わず俺はそう言っていた。


 俺はスマホに110と入力し、ダイニングでラーメンを猛スピードですする女を眺めていた。聞けば3日前から、公園の水以外何も口にしていないという。


「しっかし、見れば見るほど変な恰好してんな……」

 年齢は20代前半に見える。紫色の長い髪、耳の上辺りからは黒い山羊のような角が前に突き出し、背中にはコウモリのような、同じく黒い小さな羽根が生えている。そして銛のように先端が尖った尻尾。まさに悪魔だ。

 水着みたいな黒い服を纏っているが、露出度が高すぎて服とは言えないな。腹は丸出し、胸なんて乳が半分見えている。下は股間が隠せればそれでいいと言わんばかりのパンツ、そしてふんどしみたいな布を着けている。


「ふぅ、美味しかったわ。本場のラーメンはこんなに美味しいのね」

 インスタントだがな。これを本場なんて言ったらラーメン屋にぶっ飛ばされるぞ。

「俺は川崎京也。キョーヤでいい。あんたは?」

「ルフィーナよ」

 今更だが、流暢な日本語で彼女は答えた。白い肌と緑がかった黄色い瞳。これらは自前のようだ。

「で、何で1週間も食ってないんだ?」

「お金がないの」

 ふむ、至極単純な理由だ。

「仕事してんだろ?」

「してないわ。働いたら負けよ。あなたたち人間が教えてくれたんじゃない。素晴らしい言葉ね! 戒律になればいいのに」

 俺は微妙な表情で固まる。

 ……コイツあれか。ニートってやつか。

「じゃあ、家に帰れば誰かに食わせてもらえるんじゃねぇのか?」

「それが帰れないから困ってるのよ!」

 追い出されたのか。働かざる者食うべからずだ。

「それは悪しき天使の言葉よ!」

 何というダメ人間。

「家に入れてもらえないって意味じゃなくて、本当に帰れないのよ」

 家にたどり着くことすらできないのか?

「帰る金がないのか」

「違うわ。魔力が尽きてゲートが召喚できないのよ」

 ……何言ってんだこいつ。


「何を隠そう、私は悪魔サキュバスなのよ!」


 立ち上がったルフィーナはババーン、と効果音が聞こえるくらいのドヤ顔で言い放つ。おっぱいがぷるんと揺れた。

「……何言ってんのお前」

 イカレてるとは思っていたが、ここまで重症だったとは。番号を119に入力し直した。

 俺の反応を不満に思ったか、ルフィーナは口を尖らせる。

「信じてないでしょ」

「まったく、全然、これっぽっちも」

「そこまで言わなくてもいいじゃない!」

 うるせぇ女だな。


「じゃ、じゃあこの角か羽根を触ってみて。そうすれば本物だって分かるでしょ?」

 言われた通りルフィーナの背後に回り、角を握る。女にしては背が高い。俺よりちょっぴり低いくらい――175センチってとこか。

 引っ張ってみるが、作り物だと思った角はびくりとも動かず、ルフィーナの頭ごと引っ張られた。引きはがそうとしても結果は同じだ。微動だにしない。どんな接着剤使ってんだ。

「ね、これで分かったでしょ。そろそろ離してくれないと痛いんだけど……痛い痛い痛い! そんなに強く引っ張らないで!」

 意地になって角を頭から引きはがそうとする俺の腕を掴むルフィーナ。諦めた俺は羽根でも試すが、ルフィーナが痛みに絶叫しただけで終わった。


「羽根だってちゃんと動くし、空も飛べるんだからね」

 ルフィーナは背中の羽根をパタパタと羽ばたかせ、天井ギリギリまで浮いてみせた。確かに作り物では到底不可能な芸当だ。

「……分かった。お前が悪魔だって認めるよ」 

 信じられん話だが、こいつが人間じゃないのは確かだ。気を落ち着かせようと、俺は冷蔵庫から牛乳を取り出し、口をつける。


「話は戻るが、魔力がないなら作ればいいんじゃねぇのか?」

「補給しようとしたら通報したくせによく言うわね」

 は?

「じゃあ、俺を犯そうとしたのは――」

「あなたをイかせて精液をもらうためよ。サキュバスにとって魔力の補給はそれが一番なの。本当はあなたにエッチな夢を見せて、その隙にもらうんだけど、あの日はおなかも減ってたし、魔力も少なかったから夢が安定しなかったの」

 だから俺はクレア先生に迫られる夢を見たのか。けれど不安定な夢は相手を江口に変えた。


「魔力を回復できれば、私はゲートを召喚して魔界に帰れるわ」

「さっきからちょくちょく出てる、そのゲートって何だ?」

「私たち悪魔は魔界という、こことは別の世界に住んでいるわ。ゲートはその魔界とこの人間界をつなぐ門みたいなものね。けれど、それを召喚するには魔力が必要なの」


 ……なるほど。

 ゲートを通らないと家に帰れない。しかしゲートを召喚するには魔力が必要で、今のルフィーナにはそれがない、と。


「そもそも何でこっちに来たんだよ?」

 ニートならむしろ、家に引きこもるんじゃないか?

「親と喧嘩したのよ。それで家出してきたの」

「後悔してないのか?」

「してないわよ。実家を出られたし、こんなに大きなチ○ポに出会えたんだもの! これは運命よ!」

「最低な運命だな」

 ルフィーナはラーメンの汁を飲み干すと、


「ねぇキョーヤ。しばらく私を泊めてくれない?」


 とんでもないことを言い出し、俺は飲み干そうとした牛乳を噴き出した。

「あん、顔にかけるなんてぇ……」

「な、なに言ってんだお前!?」

「聞こえなかったの? しばらく私を、この家に泊めてくれないって言ったのよ」

「それは聞こえたわ! それをお前が軽いノリで言ったから訊いたんだ!」

「私がいると便利よ? 毎日1人で慰めなくて済むようになるんだから! あんまり痛いのは嫌だけど、大抵のことはしてあげるわ」

「何の話だ!」

「セックスの話よ。さては、キョーヤったら童貞なのね。不安でしょうけど、お姉さんが優しくリードしてあげるから安心してね!」

「余計なお世話だ! そうじゃなくて、家族でもない、付き合ってもない男女が同じ家で暮らすってのはマズいだろ」

 何事にも、越えてはいけない一線というものがある。

「お堅いわねぇ。あなたのチ○ポみたい」

 伏字を出すな。


「とにかく、俺の家に泊まるのはダメだ。まぁでも、腹減ったらまた来い。ラーメンくらいなら出してやるよ」

「私の膣内なかにも出してくれると助かるわ」

 聞かなかったことにする。

「……分かったわ。ラーメン、ごちそうさま。それから、いきなり襲ったりしてごめんなさい。今度からは同意の上で襲うようにするから」

「同意しねぇから無駄だ」

 ルフィーナは俺に疲れを残して出て行った。

 眠ろうと戸締まりしようとしたところで、扉が開きルフィーナが顔を出す。

「思ったんだけど、ラーメンとザ○メンって似てるわよね」

「帰れ!」

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