第2話 アホ淫魔、襲来!#2

 阿鳴あなる高校2年3組、川崎京也かわさききょうや。それが俺だ。

 成績は中の下。部活は帰宅部。昨夜見知らぬ女に犯されかけたという点を除いては、普通の高校生だ。多分。


 その俺が今何をしているかというと、

「はぁ、はぁ」

 学校の駐輪場から校舎までダッシュしていた。


 あの後、女は警察に連れていかれた。俺も調書を取られ、改めて布団に入ったのは午前3時過ぎ。

 寝坊したらまずいと思い、アラームの音量を上げておいたが無駄だった。ギリギリで間に合いそうなのが、せめてもの救いだ。


 昇降口に駆け込み、上履きを突っかけ廊下に飛び出す。瞬間、尻もちをついた。

「きゃあ!」

 誰かとぶつかってしまったらしい。相手はと見ると、長い金髪縦ロールの女子生徒。彼女も尻もちをつき、開かれた太腿からスカートの中身が見えそうに――。

「気をつけてくださいまし!」

 女子生徒は慌てて足を閉じ、スカートを伸ばして中身を隠す。


 名前は姫城玲緒奈ひめじょうれおな。俺の一つ後ろの席に座るクラスメイトだが、住む世界は別だ。学年主席の生徒会長。おまけに家は有名な金持ち。いわゆるお嬢様ってやつだ。


 予鈴が鳴る寸前だというのにこんな所にいるのは、生徒会の仕事か何かがあったからだろう。

「ご、ごめん!」

 俺は慌てて謝り、彼女に手を差し伸べる。しかし姫城は握らず、スカートを押さえながら自力で立ち上がった。

「ケガとかしてないか? マジで悪かった」

「平気ですわ。それより、早く行った方がいいのではなくって? もうすぐ――」

 そこで鳴る予鈴。

「鳴ってしまいましたわね」

 姫城が苦笑する。これは予鈴であり、担任が出欠を取る前に席に座っていればセーフだ。が、予鈴が鳴る頃にはもう担任が出欠を取り始めてしまう。

「急がねぇと。本当に悪かったな!」

「あっ、ちょっと――」


 再びダッシュし、風のように教室に飛び込む。幸い担任はまだ来ていなかった。

「はぁ……あぁーあ」

 ため息と欠伸をかます。

 俺の席は窓際の後ろから2番目。主人公席とか言われてるポジションだ。春の陽射しが当たって、机はいい感じに温まっている。

「ようキョーヤ。珍しく遅刻寸前だったな。抜きすぎてくたばってたか?」

 振り向いた前の席の主を、俺は半眼で見上げる。

 爽やかな笑みを浮かべ、朝っぱらから最悪な質問をぶつけてきたこの男こそ、昨日、俺の夢をすべてぶち壊した張本人――江口えぐちだ。

「夜更かししたんだよ」

 こいつに昨夜の件など話そうものなら、根掘り葉掘り聞かれた後に、俺が埋められるに決まってる。

「嘘つけ。お前は夜更かしをするようなタイプじゃねぇだろ」

 黒縁のメガネをくいっと持ち上げ、俺の嘘を見破る江口。いつもはバカなくせに、何でこういう時だけは鋭いんだよ。

 答えに窮した俺は、姫城に続いて教室に入ってきた人物に救われた。


「みんな席について。ホームルームを始めるわよ」

 教壇に立った赤い長髪の美女。

 鳳紅亜おおとりくれあ。本名はクレア・オードリーといい、イギリスから帰化したらしい。学校一の美人と評判の英語教師であり、我らが担任だ。昨日、俺の夢に出てきた相手でもある。

 それがバレることはないが、今の俺は顔を見られない。夢の中とはいえ、あんなことを言わせた罪悪感が半端じゃないからな。


 ホームルームを終え、各々が1時限目の準備を始める中、再び江口が振り向いた。クソ、忘れてなかったか。

「で、何があったんだ?」

「昨日、女に犯されかけたんだよ」

 いい嘘が思いつかなかったので、仕方なく正直に答えた。

「どういうことだ、説明しろ」

 鬼気迫る表情で顔を近づけてくる江口。昨日の夢がフラッシュバックし、俺は思わず床を蹴ってイスごと遠ざかった。

「どうした?」

「……お前、俺に恋愛感情とかないよな?」

 思わずそう尋ねると、奴は馬鹿を見る目で俺を見る。

「気持ち悪ぃな。まさかお前、そっちの趣味が――」

「ねぇよ。変なこと訊いて悪かった」

 俺は昨夜の出来事を話してみせた。恥ずかしくて言えたもんじゃないので、夢の部分は省いた。


「テメエ! 何だその美味しい展開は!?」

 話を聞いた江口は、俺に掴みかからんと迫ってくる。

「おいしい展開だと!? 目が覚めたら知らねぇ女が目の前にいるんだぞ! 通報して逃げるに決まってんだろうが!」

「バカ野郎、そんなんだからお前はチャラいくせに彼女の一人もできねぇんだよ! そこは遠慮なく襲うか、あるいは相手に身を任せる場面だろうが!」

「この変態野郎、そこまで言うならお前が同じ目に遭ってみろ!」

「俺だって遭ってみたいわボケェ!」

 江口はひと息ついて、落ち着いたトーンで尋ねる。

「それで彼女はどうなった? 捕まったのか?」

「いや、多分釈放されたと思う」

 警察も厳重に注意すると言っていたし、俺も家に来なければそれでよかったので、被害届は出さなかった。

「ということは、俺の家に来る可能性もあるということか……」

 ふむ、と頷く江口。


「川崎さん、よろしくて?」

 後ろに座る姫城が話しかけてきた。

「何か用か?」

 振り向いた俺に答える代わりに、彼女は無言で俺のスマホを渡してくる。あれ、何でだ?

「先ほどぶつかった時に落としましたのよ。無いと困るのではなくて?」

 ポケットをまさぐり、ようやく落としたと分かった。このまま気づかなかったら危なかったな。

「助かった」

「川崎君」

 また名前を呼ばれ、今度は前に向き直る。

「は、はい?」

 いつの間にか、クレア先生が目の前にいた。夢のせいで動揺しているのが自分でも分かる。

「大丈夫? 出席を取った時、心ここにあらずのようだったけど」

「あんま寝てなくて……」

 嘘は言ってない。

「体調が悪いわけではないのね。ならいいけど、夜更かしもほどほどにね」

 そう言ってクレア先生は教室を出て行った。それを見届けた江口が。


「とりあえず、お前は裁判にかけられる」

「何のだよ」

 江口は検事が被告人にそうするように、びしっと俺を指さし。

「美女とヤッた罪だ!」

「美女とは言ってねぇだろ!」

 確かに美女だったけど!

「でも童貞は卒業しただろうが!」

「してねぇよ! 未遂だバカ!」

 言い返しながら、何だか悲しくなった俺であった。

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