サキュバスメイド ~家出淫魔とドキドキ同居生活~

桜火

第1話 アホ淫魔、襲来!#1

 放課後の教室。

 夕暮れが、俺と彼女の影を、縦に伸ばしていた。


「川崎君」

 彼女は色っぽい声で俺を呼び、艶のある唇で俺に迫る。

 俺は何も答えられない。彼女の碧い瞳に吸い込まれ、瞬きの一つさえできない。彼女の紅い髪が、吐息が肌に触れるたび全身が拍動する。まるで、俺自身が心臓になったかのようだ。

「せ、先生……」

 辛うじて、その四文字だけ絞り出せた。

 ガタン、と机が尻に当たる。俺は倒れそうになって机上に両手をついた。

「初めてでも大丈夫よ。お姉さんがリードしてあげる」

 彼女の白いシャツのボタンが、一つ、また一つと外される。肌色が広がって、紫色のブラジャーがちらりと顔をのぞかせた。

 さらに一歩、彼女が距離を詰める。柔らかな玉が二つ、俺の胸板を圧迫する。

 目を瞑った彼女の唇が近づく。流れる血管すら見えそうだ。

「川崎君……」

「先生……」

 目を閉じる。両頬を手のひらで固定される。


「大好き」


 突然、よく知った男の声が全てを破壊した。

 目を開けてみれば、視界を占めているのは碧眼ではなく黒縁のメガネ。

「川崎君……?」

 目の前のそいつは、なおも目を瞑ったまま俺に迫り――。

「ぎゃああああ!」


 俺は野郎を突き飛ばした!


「うわあああ!」

 飛び起きて視界に入ったのは、電気が消えた自室。開いた窓から風が吹き込み、カーテンをはためかせている。

「夢か……」

 大きく息を吐く。一気に緊張がほぐれた。そうだ、あんな惨事が起きていいはずがない。

「ん?」

 記憶を封印しようと別のことを考える俺は、下半身の違和感に気づいた。人影がもぞもぞと動いている。


 誰かがいる。


 恐怖で指先まで硬直する。そいつの上体が上がり(そう見えただけだが)俺と目が合った!

「ぎゃああああああ!」

「きゃああああああ!」

 部屋に響く甲高い悲鳴! 慌ててベッドを飛び出しドア付近の照明のスイッチにダッシュ! パチッ! 煌々と光るLED!

「ちょっ、眩し――」

 ベッドの上に座るそいつに飛びかかる! 相手は何故か抵抗せず、俺はそいつをベッドに押し倒す格好となった。

 ――ってやべぇ、勢いで押し倒してしまったが、もしかしたら凶器とか持ってるかも!

 離れようとする俺の目の前で、そいつ――女は喘ぎ声を上げた。

「あんっ、おっぱい強く揉んじゃだめ! 乱暴にしないでぇ!」

 自分の両手が二つのメロンを収穫しようとしていたことに気づく。

「ご、ごめ――」

 咄嗟に両手を離す。バカ、これじゃこの女を押さえつけられないだろうが!

 慌てる俺をよそに、女は一向に動こうとしない。ある一点を見つめ、白い肌を紅潮させ、恍惚とした表情を浮かべている。

「あぁ……何て大きいの!」

 俺の下腹部から、息子がこんにちはしていた。

「うわあああああっ!」

 慌てて息子を隠す。小さくしようとしても、反抗期に入ったのか息子は言うことを聞かない。

「隠さなくていいわ、お姉さんにもっとよく見せてちょうだい!」

 女の両手がスウェットにかかった! 抵抗するが全く歯が立たない。この女なんて力だ!


 下のパンツごとスウェットがずり落ち、俺は床に放り出される。目の前には充電中のスマホ。そうだ、国家権力だ!

「もしもし、警察ですか――」

「ちょっと、あなたどこに電話してるのよ!」

 女にスマホを奪われる。

「返せ痴女! 侵入者が、このまま無事に帰れると思うなよ!」

「それはこっちのセリフよ! 絶対に犯させてもらうわ!」

 スマホを奪い取ろうとするが、やはり女の力はけた違いだ。俺も一般的な男子高校生としてそれなりに鍛えているつもりだが、とても敵いそうにない。

 必死にスマホに手を伸ばす俺から逃れようと、女の手が振れる。

「「あっ」」

 スマホが彼女の手から滑り出て、開いた窓から外へと消えた。

「「…………」」

 見つめ合う俺たち。

「隙ありっ!」

 スウェットを履き直した俺は、立ち上がり部屋を飛び出す。女もワンテンポ遅れて追いかけてくる。

「こら、待ちなさい!」

 待つと言われて待つバカがいるか!

 階段を駆け下りる。一階には固定電話がある、そいつを使って――。


 ごろごろずでーん!


 後ろで派手な音が聞こえ、俺は思わず振り返った。階段から転げ落ちた女は、床に突っ伏し紫色の長髪をぶちまけていた。

 よく見るとこの女、頭に角、背中には羽根と尻尾が生えている。まるで悪魔。なんて気合の入ったコスプレなんだ。

「うわああぁん!」

 女はあまりの痛みにそのまま泣き出す。さすがに様子を見た方がいいかもしれない。そう思って近づくと――。

「……」

 女が泣き止み、チラリとこちらを見た気がした。

「うわああぁん!」

 また泣き始め、俺がまた一歩近づくと――。

「……」

 また泣き止んで、こちらの様子を窺う。

「うわああぁん!」

 ……なんだこいつ。


 俺は踵を返し、固定電話があるリビングへと向かう。

「ちょっと! 女の子が泣いてるんだから助けなさいよ!」

 泣いていた女は立ち上がると、元気にそう言った。

「ピンピンしてるじゃねぇか! 助けるもクソもあるかよ!」

「ビンビンしてるのはあなたの方でしょ!」

「言ってねぇよ! あとしてねぇから!」

 無視してダイニングへ駆け込み、受話器を取って番号をプッシュ。

『こちら110番です。事件ですか、事――』

「通報なんてさせないわよ!」

 女に飛びかかられ、避けた俺だが受話器を取り落としてしまった。拾っている暇はない。すぐに女から距離を取り、隣り合うダイニングへ。

 この女は怪力だ。取っ組み合いになれば絶対に負ける。


「何が目的だ?」

 テーブル越しに女と対峙する。

「あなたの精液よ。それさえ貰えれば私は帰るわ」

 さっきとは打って変わって、女は真剣な口調で答えた。表情もどこか必死に見える。

「お断りだ」

「なら、力ずくでいただくわ」

 俺はキッチンにあったフライパンを構える。

 さぁ、どう出る性犯罪者。

 俺の前で、女はテーブルの上に飛び乗る。しかしテーブルクロスで足を滑らせ、思い切りこけた。その隙に脳天に一撃。

「いたぁい!」

 さらにもう一撃。

「いたぁい!」

 ついでにもう一撃。

「いたぁい!」

 おまけにもう――。

「痛いって言ってるでしょ! バカになるからやめなさい!」

 女は涙目で俺を睨む。

「安心しろ、お前は元々バカだ」

「それならいくら叩かれても平気ね……ってなわけないでしょ!」

 おぉ、ノリツッコミ。

「バカにするのもいい加減にして!」

 勢いよく立ち上がった女は、天井から吊り下がった照明に頭をぶつけ、はずみでテーブルから転げ落ちた。やっぱバカだ。


 三十六計逃げるになんたら。俺はダイニングを飛び出し、すぐ先の玄関へと走る。

「逃げられると思ってるの?」

 耳元で女が囁いた。もう追いつかれたのかよ!

 玄関のドアを開けようとしていた俺は、再び女に飛びかかられ外に放り出される形になった。馬乗りになった彼女に抵抗する俺の視界が翳る。

「……警察です。通報があったので確認に参りました」

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