第七章 最大の敵①
第七章 最大の敵
ラーシグを倒し、民家と民家の間の道に着地していた宗仁は地震が起きたのを感じた。
街が大きく揺れ出した。左右に揺らぐ電柱、軋む家屋の外壁にはひびが走った。
近くにあったブロック塀が倒壊し、宗仁は咄嗟の判断で空へと逃げた。
揺れは感じなくなったが、皆平の街が今まで見てきたものと極端に変わっていくような気がした。
地表のコンクリートや家などの一部が、大小の破片となって天へと昇って行きながら、遠くの空が深緑に変色し、宗仁の目に映っていた景色がこの世のものとは思えないものになっていた。そこで視界の端に閃光が瞬き、熱線が地上の家々を薙ぎ払った。
爆炎が吹きすさび、辺りは紅の海と化した。
熱風と煙に宗仁も負傷しかけたが、どこから発射されたものかは宗仁にはわかるのだった。
皆平タワー――。
天辺に立つ避雷針とアンテナ部分からではなく、その下の床から放出された光線。間違いなくそこに、今までの幹部以上の力を持った者がいる……。
心は一切後退していなかった。宗仁は梨央と光司の消失を深く思い、それを胸に秘め単独、皆平タワーへと飛翔した。
紅蓮の焔を上を飛びながら、皆平の町の有り様は、まるで地獄の様相とも思えるほどに、町ではなくなっていた。
皆平タワーの天辺に着地する宗仁。
そこにいたのは、背丈は自分と同じくらいの仮面を被った人物だった。体の流線形にフィットした白いドレスの衣服は丸みを帯び、胸部の膨らみからも女性であることがわかった。仮面は顔の上半分を隠し、目鼻立ちまではわからない。宗仁が出方を窺っていると、薄くピンクのルージュを乗せた唇が開いた。
「ウイルスバスターに思考力を持たせたのは失敗だと思えるんだがな……」
柔らかい声質だった。どこか聞き覚えのある声である。
「お前がソルアージュか……」
宗仁が睨み付けると、ソルアージュは細やかに笑った。
「フフフ……。この輪っかで私の正体がわかるはず……。ねえ? 宗くん……」
まさか、と思い目を見開くが、よもやあの幼なじみとは思えず、心では強い否定を繰り返した。
まさか……いや、そんなはずは……。
次第に気持ちが混迷し始めると、宗仁は自分でも思いがけないほどの疑問を呈していた。
「まさか……結なのか……?」
ご名答……と仮面を外したソルアージュの相貌は、紛れもなく結だった。
首にかかった大きな輪っかに視線が行く。
「結がしていた指輪が、ソルアージュだった、ということか……」
「またしてもご名答……。賞品をあげたいくらいだわ。この世界は私がハッキングして滅びの町と化した世界……。今はまだ途中だけど、もう誰も私を止められる者はいない……」
「目的は何だ? ここに住む人々の不幸か、それともこの世界の占領か、滅亡か?」
「どれも不正解……。私はただむさぼるために生まれた電子の病原菌。今はこうしてこの女の子の体を乗っ取り、この土地をウイルスで侵し、日常を麻痺させるだけだ……。私は本来、ただのプログラムでしかないのだから……」
「なぜ結の指にはめられていたんだ? お前のアシストもお前の配下を倒させたりするよう誘導していたように感じるが……」
「結の力を借りたのは、私を作成した人物のある思惑だ。結という名の人物はこの世界の外にも存在している。少々悪ふざけが過ぎたかもしれないが、敵であれば、その外の世界にいる結に嫌な思いをさせようとするのは当然といえば当然だろう……? 私がお前たちを誘導させ、幹部たちを倒させたのも、そうすることでお前たちを先に進ませることができるからだ。私の作成者が意図したように、お前たちを幹部と戦わせたのは、その分、こちらの戦略に乗せやすいという狙いがあった。意図した通り、結の体を乗っ取り、お前の他の仲間も幹部が殺した……。ここまで乗せられやすいウイルスバスターあるいは、人工知能というのも、実に都合がいい……」
高らかにソルアージュは笑った。
まんまと誘いに乗じてしまっていたということか。宗仁は奥歯を噛みしめ、ソルアージュに鋭い視線を送った。
「おや……? 怒らないのだな。友人を二人失った時は激昂したみたいだったが、結を乗っ取った私には罵声を浴びせたりしないのだな……。それはそう、この体がお前の好きな結そのものだからだ……」
「黙れ……!」
宗仁はただ厳かにその言葉を吐いた。
「確かに結がそんなんになってしまったのはショックだ。……だが俺はあんたには屈しない。命尽きるまで戦う!」
「フフ……、その意気込みがどれだけ保てるか、見物だな……」
ソルアージュは手のひらを宗仁の方へ小さく向けた。腕を伸ばさずに向けていた手のひらから宗仁へ光が輝いた。
宗仁も同じように手のひらを向けた。手首にあった腕輪型のワーブゥエポンが鈍く光ると、ソルアージュが放った光線を吸収した。しかし、腕輪にも許容量というのがあるのだろう。放たれ続ける熱を含んだ光の筋は徐々に宗仁を両の手のひらだけでは受け止められなくした。そしていつの間にか体全体で受けきっていた。
熱さと痛みが光の注がれた腹部から急速に広がっていったかと思うと、宗仁は立つのでさえ耐えきれなくなってしまった。
背を丸め胸元を抑えると、宗仁は小さな爆発に巻き込まれた。
煙の舞う中、宗仁の心境に違いは現れなかった。
それがあのハムスターやハムスターが告げた管理者たちのなせる技であるかもしれないと思えたのは、今まで感じていた痛みと熱さが消えていたのと、自分の感情がまるで最初からそうであったかのように、怒りも悲しみも芽生えなかったからだ。
ただ一つ、沸き上がる感情があるとすれば――、
それは「勝機」というものから来る高揚感だった。
ソルアージュという敵のボスが解き放った、攻撃力の高い熱線を体で被った自分は、それを倍以上の力でお返しできる……。
宗仁はあまりの嬉しさに、歪んだ笑みを見せた。
「何を笑っている……? 想い人にこんなことをされて気でも触れたか?」
「お前は結なんかじゃない。お前はただの人形だ。ある個人の情報が入った器でしかない」
「勝気に満ちているようだな……、言っておくが……」
最後まで話を聞くことなく、宗仁は腕を伸ばし手のひらを前へ付き出した。
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