第六章 梨央の命、光司の命①
第六章 梨央の命、光司の命
「さあて、いよいよ異世界人全てを倒す時が来たようですな!」
ラーシグが大きな体躯を揺らしてそうひとりごちた。
「このあっしが最後の砦を任されやした。サウメツ殿とダイダガ殿が成し得なかった偉業、このあっしが果たしてやろうじゃありませんか!」
ラーシグ自慢の巨体は一般的な二階建ての家屋をゆうに越し、その高さは三倍とも言えるほどだった。
そんな巨体がゆえ、サウメツやダイダガからは鬱陶しがられることもあった。
彼らが死ぬまで、ラーシグは色々な誹謗中傷を被ったこともあったが、中でも一際覚えているのは、「図体がでかいだけのお荷物」という言葉だった。
図体がでかいとはいえ、人間並みの背丈でしかない二人の幹部とは比較にならないほどの異常な体格だ。その大きさからいって腕力はダイダガの比ではないし、サウメツほど怠け者でもない。
自分のこの背丈こそが戦力……、そんな確信がラーシグの戦意をさらに鼓舞させるのだった。
ラーシグは目を動かし、右手に持った檻を見つめた。
「宗仁は無事なのかな……?」
梨央が気のない声でそう呟いた。
簡単に敵の術中にはまってしまった梨央と光司は、ラーシグの巨大な手にぶら下げられた檻の中に閉じ込められていた。
「わからない」光司は眼鏡を押し上げ、
「もしあいつが無事だったとしても、あいつに助けてもらうほどオレたちだって無能じゃないだろ……」
白色の籠手と具足という自分のワーブェポンを装着した光司は、檻の鉄格子をこじ開けようと、縦に伸びた鉄棒に両手をかけた。
しかしどんなに力んでも格子は曲げられなかった。
梨央も両手に持った二本の剣で、格子を斬ろうと振りかぶってみたが、まったく歯が立たない。
「くそっ!」
と鉄格子に拳を叩きつける光司。その向こうに家々が垂直に建ち並んでいるのが見えた。
ラーシグの特異な表皮は、居住区で並立する一般家屋がそのまま人の形になった姿だった。
表皮というより装甲とも言えようか。光司が格子の間から見えるラーシグの顔とおぼしきものも家だった。目や口はその家の窓、その窓があり得ない方向へ捻れ、光司にはそれが嗤っているように見えるのだった。
そう見えたという予感は的中した。
ラーシグの大きな笑声が辺りにこだまする。
「イーヒッヒッヒッヒィ! 一向に助けに来ませんなあ、異世界人どもお! 見捨てられたんじゃねえですかい?」
「ちっ」と光司は舌打ちし、「貴様なんぞと呑気に会話してられるか……!」
光司はそこで閃いた。
「梨央」正面から梨央の両肩を掴み、
「こうなったら本格的な禊に挑むしかない……」
「本格的な禊? あたしの?」
「お前のは多分、初期段階的な覚醒でしかないんだろう。オレもダイダガと戦った時、二回禊を行った。それはこのワーブェポンの本当の力を引き出すために、心の底からワーブェポンと合致するしかないってことなんだ。そのためには本心で自分自身と向き合うしかないと……」
「そんな……。あたしまだこのファンタジーな世界を受け入れらたわけじゃないのに……」
「何が、なんだ?」
光司の問いかけかたに梨央は首を小さく傾けて見せる。
「何がお前をそこまで拒絶させる? 結も言っていたぞ、お前も以前は漫画とかアニメとかに夢中だったっていうのを……」
「正直に話すよ……。でも今から話す内容は、あたしの大事な人の話で、話すのにも勇気がいるっていうことだから、それだけは覚えておいて」
わかった。と光司は深く顎を引いた。
「元々はお母さんが病気で入院することになったのが始まり……。中学はあんたや宗仁とは別だったから、知らないとは思うんだけど。お母さんが入院して、お父さんも仕事片手に、あたしの世話をしてくれた。毎日朝ごはんと夜ごはん作ったり、あたしを寂しがらせないよう、会社からの帰りが遅いときは、スマホで顔を見合わせたり……。段々とお父さんがあたしにとってはヒーローに見えてきたんだ。岬家の不幸に立ち向かう正義のヒーロー……。当時ハマってた漫画やアニメに登場する正義のヒーローみたいで……。でも、あるときお父さんが事故に遭った。あたしの誕生日で、きっと急いでたんだと思う。お母さんの病状も良くなってきていたときだった。お父さんの怪我は軽かったけど、今度はあたし一人で何とかしなきゃならなくなった。叔母が世話をしに来て色々と助けられたけど、以前お父さんがしていたことをあたしがしなくちゃならないこともできて、わかったことがあったんだ……」
梨央は一度口を告ぐんだ。光司は梨央にそんな不幸があることはつゆしらず、黙って聞き入っていた。
梨央が再び口を開いた。
「お父さんがあんな目にあったのは、あたしのせいなんじゃないかって。家事と仕事でお父さんもいっぱいいっぱいだったんだと思う。お父さんはアニメや漫画のようなヒーローじゃない。お父さんはお父さんなんだって……。あたしも自分の部屋に籠ることが多くて、お母さんのいない現実と向き合えていなかった。本当はあたしもお父さんの手伝いをするべきだった……。だからかな……ファンタジーやフィクションに抵抗感が芽生えたのは。漫画やアニメよりももっと向き合わなきゃならないことがあるはずだって……」
「そうか。だから拒むようになったんだな……」
光司は梨央の言い分に心から共感を得た。家庭の不幸にまだ成熟していない女の子が真摯に相対するには、切り捨てなければならないこともあったのだ。梨央の場合それが、幻想的で非現実的なものだった。しかし――、
「だが梨央……。今向き合うべきは、ファンタジーやフィクションなんだと俺は思う。でなければお前のお父さんやお母さんにも会えなくなる……」
「わかってる……。結のいない今、あたしが戦うべきものは……」
梨央が決意しかけたその時、ラーシグの大笑が聞こえてきた。
「イーヒッヒッヒッヒィィッッ。やってきやしたで、あんたらの大将があっ!」
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