第五章 謎のロドリゲス①
第五章 謎のロドリゲス
「これでひとまず幹部を二人倒したってことになるな……」
結の自宅のときのように、宗仁の家は壊されずに済んだ。四人がリビングに集まり、指輪からの情報を元に、今後の方針を決める話し合いがなされていた。
結の薬指から外された指輪をテーブルの中央に置き、四人はソファに腰かける。
宗仁が二人の幹部を自分たちの力で倒したことを告げると、光司がメガネをティッシュで拭きながら、
「あと何人くらいいるんだ? さっきの奴も新たに選出されたとか言っていたな?」
ええ、と指輪はそう返すと、
「サウメツの実力はともかくとして、ダイダガを倒してしまうくらいの皆さんですからね……。ナスネーガの配下でも最強と言われた人物を倒したとなると、サウメツでは話にならなかった、という見方もできます」
「オレとしては嫌な気分にさせられたな……。自分の本性を暴かれたみたいでどうも胸糞悪い」
梨央が目を吊り上げて、
「あんたさっき感謝してなかった?」
「何の話だ?」
宗仁から見て、光司のその態度は開き直りに近く思えた。当然助けに入った宗仁は光司と梨央の本質的な部分を垣間見てしまったのだが、そのことをここで言うのも友人として礼儀に事欠くと思い、黙っていた。
しらばっくれたように言う光司に、梨央も自らを省みてからか、
「ま、まあ、あたしも不快っちゃ不快だったし……」
そっぽを向いて口を告ぐんだ。
「あなた方の実力から言って、敵はいないも同然ですが、次の敵は少々厄介です」
指輪のその一言に、四人は黙って次の言葉を待つ。
「ラーシグという最後の幹部は、身の丈が二階建てのこの家よりもさらに大きなものです……」
結と梨央が怪訝に顔を見合わせ、光司は拭き終えたメガネをかける。光司の横で立って話していた宗仁は、その体格は確かに手間のかかる難敵に思えた。
「勝算は……?」
結は眉間にしわを作っていた。
「もちろんあります……。ですが今回は少々面倒をおかけすることになるかと……」
宗仁は指輪の話が多少、もったいぶっているようにも感じつつ、込み入った要素を含んでいそうに感じた。なので、宗仁は指輪の説明に口を挟む形で、
「ちょっと待ってくれ……」
一同は宗仁に視線を集めた。宗仁は後頭部を引っ掻きながら、
「戦闘のあとだから休むって意味で、先に風呂入ろう。結と梨央、先に入れ……」
梨央と一緒に入浴することになった結は、二人でこうして裸になるのはいつ以来だろうかと、何となく頭の中で思い浮かべていた。
湯船に浸かる結は、湯気の間にうっすらと浮かぶ梨央の背中を眺めていた。
肩まで達した、しんなりとした茶髪。光沢を伴って浮かぶ小麦色の肌。身体の肉付きは自分よりもふくよかな方だが、肥満というほどではない。それは梨央の胸の膨らみにも言えることだった。
――わたしのは、どう見ても貧弱……。
羨ましい、と思って、自分のゆるやかな二つの丘陵を手で揉んだ。結の肌は梨央に比べ白く、身体つきも細めだ。
そんな思春期に付き物の悩みに苦しんでいる場合でもなく、梨央と風呂を共にしたことで、結には試みたいことがあった。
桶で自分の体に湯を一かけした梨央は、結とは向い合わせで湯船に入ってきた。
「りおりんは……」結が梨央に問いかける。
「宗くんのことどう思ってる?」
えっ! と目を丸くする梨央。その直後、質問をうやむやにしたいのか、あはは……と苦笑いし、
「どうしてそんなこと聞くの?」
いや、その……と結は一瞬言い留まった。
梨央のこれまでの態度などから、もしや宗仁に気があるのでは、という憶測が浮かんでいた。そのことを追及するのは、無粋とも言えるかもしれないが、宗仁に思いを告げられた結は、それによって、自分と梨央の仲に亀裂が入るのを恐れていた。
「実は……わたし、宗くんから告白されて……」
「知ってる」と梨央はきっぱりと言った。
「ご、ごめ……」
と謝ろうとした結の唇に、梨央は人差し指を添えた。
「別にたいして気にしてないし、結が謝る必要はないし」
自分が思い違いをしていたのか、結は急に恥ずかしくなって、口を湯の中へと沈めた。
「何でそんなこと聞こうとしたの?」
梨央から問い質され、寸陰、結は自分の失態を思い知った。こうして想い人から思いを伝えられたことを、同じ好意を寄せる相手がいる友人に伝えることは、傷つけてしまうことになりかねない。遠回しに自慢をしているようでもあり、結はその質問にはしっかり本心を込めて伝えようと思った。
「わたし、みんなといつまでも一緒にいたい。こんなことで友情にヒビが入るのは嫌だった。りおりんの気持ちもそこはかとなく気づいていたし、だから……」
「確かめておきたかったのね」
「そう」と結は再び、口を湯に浸けた。
「あたしももちろん、宗仁のことは好き。あんたも同じだろうし、宗仁があんたを選んだなら、それで良いと思ってる。あたし色々と思うところがあって……」
梨央はそう述べると目を泳がせた。言うのをためらっているかのようにも見えるが、梨央は軽く息を吸うと、
「本当は、この世界から脱出したくないんだ……」
「なぜ、そのようなことを……」
「だって、この戦いが終わったら、あんたたちくっついちゃうでしょ? ここはあたしたちが元いた世界と同じだって言うけど、なんか不明瞭だし、この世界から出るのが怖いっていうのもあって……」
結は、じっと梨央の顔を見つめた。
「確かに、外の世界がどうなっているのかは、わたしも指輪から一言も聞いていない……」
「でしょ?」
一度、梨央は頭を傾いだ。
「もし外の世界がここよりも悲惨なら、あたしたちが戦う理由って何なのかな……」
梨央は後頭部に両手をやり、浴槽に寄りかかった。
「現実に戻れても大変。好きな人には他に好きな人がいる。……だからあたしとしては、ナスネーガと戦うことが本当に意味のあることかどうか、わからなくなっちゃって……。でもあいつはそれを知ってか知らずか、戦う意志はあるみたいだったから……。あたしはそれに引っ張られてる感じ。だから、あたしはあいつを好きになって良かったなって思った。嫌いなファンタジーをもう一回好きになろうって思った。頼りがいあるし、あいつは先を、未来を見てる感じがした……。そんなあいつがあんたを選んで良かったなとも思ってる。あたしだって子供じゃないわ。思い通りにいかなくても、あたしもみんなのこと好きなままでいたいから……」
湯気で多少見えにくかったが、梨央の目尻は濡れているようだった。それが、洗顔したためか、失恋からのものか、結にはわからなかった。
「風呂だな、宗仁……」
リビングにいた光司は傍らにいた宗仁にそう言った。
「おう」と適当に返す宗仁。
「風呂……風呂か……」
うん? と光司の呟きに、宗仁は不思議に思った。
「フフ……」
両の頬に笑みを深く刻む光司を見て、宗仁は肩をすくめた。
「大丈夫か?」
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