第三章 わずかな憩い①

第三章 わずかな憩い




「ごめん、みんな……」

 戦いのあと、全員竹やぶの地下室に集まって梨央を囲むと、彼女の第一声は謝罪の意を込めたものだった。

「みんな死闘を繰り広げた。お前だけだぞ何もしてないのは……!」

 憤怒をあらわにする光司。自身の経験からか、その言葉には妙に説得力がある。

「だからひとまず、あたしも禊の儀式やっておいたんだ」

「目を閉じて何か見えたか?」光司の問いに梨央は、いや、と首を横に振った。

 溜息混じりに肩をすくめる光司。彼の怒りの矛先は何も言わない宗仁と結にも向けられた。

「お前らも何か言うことないのか? 敵前逃亡と一緒だぞこれじゃ。今後こいつが足を引っ張って誰かが負傷したりなどしたら、誰が責任を取るんだ!」

「誰って言われてもなあ。軍隊でもねえし。スポーツの団体戦てわけでもねえ。それよりも梨央」

 光司の少々行き過ぎた考えに宗仁は指摘すると、梨央の方を見つめた。

「お前としてはどうなんだ? 俺たちと戦うのか? それとも傍観を決め込むのか……」

「そりゃあたしだって足手まといなんて言われたら嫌だけど……。心の準備ってもんがあるじゃん?」

「悠長なことを言ってる場合じゃ……」

 光司の言葉を遮るように、彼の前に腕を添える宗仁。光司は眼鏡のブリッジを手で押し上げる。

「チームワークが重要だ。敵を倒すための結束力……。梨央の気持ちもわからないわけじゃないが、俺たち四人が協力して敵を倒さなきゃ、この町に平和は訪れねえぞ?」

「だから……、戦力が欠けた分、補えることをしようと思ってる……」

「どんなことだそれは……」梨央の主張に光司は肩をすくめた。

「敵意を感じる……」

 結が唐突にそう呟くと階段を上がり、外の様子を見に行った。

 外から戻ると、結からその状況を全員に伝えられた。

「わたしの家のガレージから、人の姿が見えた」

 驚く三人に、結はどこか隠れられる他の家へ行くことを提案した。

 そこで決まったのが徒歩十分ほどのところにある宗仁の家だった。

「到着しだい、宗くんの家の周りに結界を張る。移動は空中飛行で……」

「あたしできるかな……」梨央は自信なさげに顔を俯かせるが、指輪は優しく言葉を添える。

「大丈夫です。先ほどの光司さんの様子と現在の梨央さんの様子とはほぼ同じ状態。近場までは何とか飛べるでしょう」


 地下室から出、四人は空を飛んだ。

「畜生、逃げられた!」「追いかけるぞ!」「一億円のためだ。多少無理してでも……」

 結の家の周囲を囲んでいた人だかりからそんな声が聞こえた。

 薄暮の空を四人の影が飛翔していく。

 宗仁と光司が先頭を行き梨央と結が後方を飛んでいく。

「大体二十人とかそんなくらいか……」

 光司が人数を推測した。

「全てナスネーガの手下が変身している姿です」

「変身か……」

 光司の小声に、宗仁は考えに及ばなければならなくなった。

 戦闘中、光司に助けられたが、あのとき宗仁を囲んだ三人の兵は、顔が高速で揺れ動いたようになっていた。

「さっき見たやつとは違うんだな。ってことはあれが変身前の兵士の姿ってことか……」

「気を付けてください」指輪が注意しそのまま続ける。

「敵がどこに潜んでいるか、何に化けているか、わからない状況ですからね」

 やがて見えてきた宗仁の家――。

 二階建てで屋根は黒く、一階の道路側には出窓がある。緑色の壁に、窓の縁は白かった。

「よっしゃ、到着だ!」嬉々とする宗仁。

 四人は新たな拠点となる場所を手にいれた。


 宗仁宅、一階リビング――。

 夜も更けてきた。

 夕刻に宗仁宅の結界を結が施し、防衛面では安心できる状態となった。

 二階にある妹の部屋で、宗仁と梨央はハムスターのロドリゲスの可愛らしさを堪能していた。

 梨央はひまわりの種を次々と口の中に入れていくロドリゲスを見ながら、

「そういえば、日向子ちゃんは今ごろどうしてるんだろ……」

 日向子とは宗仁の三つ違いの妹のことだった。ロドリゲスのいる部屋も、妹の日向子の部屋である。

「俺も、ナスネーガの術からか、あいつの存在を忘れていたな……。思い出してみても、この町のどこにいるのかさえわからねえし」

 梨央の指で摘まんだひまわりの種を次から次へと口の中へ突っ込んでいくロドリゲス。梨央はひまわりの種をもう一つ摘まむと、

「スマホで連絡とるとか?」

「やってみたんだが、繋がらなかった……。だが、昔トミ婆さんからこんなことを聞いたことがある。ワーブダイ人の血が流れていても、ワーブダイ人特有の力を発揮できない者もいるってな……」

「あれかな……」と梨央は考えながら言葉を選出していく。

「同じ絵を描く人でも、上手い人と下手な人がいたり、小説家でもなれる人となれない人がいるみたいな……?」

「まあ、そういうもんだろう。だから多分、日向子はこの世界にはいないんじゃないか?」

「それならいいんだけど……。でも、この世界って現実じゃないわけなんでしょ?」

「実際のところそこら辺も不明だよな……」

 そこで一階から光司の声が聞こえてきた。

「釜が鳴ってるぞ!」

「へーい!」と返事する梨央。

「できたか飯……。お前が作ったんだってな?」

「腕によりをかけて作りましたとも。おかずは先に並べといたから、すぐに確認できるよ」

「んじゃ早速見せてもらいますか……」

 宗仁が立ち上がると、梨央はひまわりの種が入った袋を棚の上に置き部屋を出た。宗仁は、部屋から出る際、そっと日向子の写った写真を眺めた。

 活発な女の子だった日向子は、運動が得意で、髪型も短くベリーショートだった。その写真での日向子の表情は笑顔だった。


 一階のリビングのテーブルには、梨央の言った通り、夕食が並べられていた。

「ハンバーグかあ!」

 目を丸くする宗仁。梨央はぼそっと、「子供みたい……」と炊けたばかりの白米を椀によそいでいた。

 先に座る宗仁と光司。光司は少しずつコップに淹れた水を飲み、宗仁は貧乏揺すりしながら、指で軽くテーブルを叩いている。

「少しくらい静かにできんのか?」

 宗仁の稚拙な態度に、光司が鋭い視線を送る。

「お前、お父さんみたいなこと言うなあ……」

「誰がお前の父親だ! お前のその態度は誰が見ても幼稚なんだよ!」

「あんたたち二人とも子供よ。少なくともあたしたちよりは……」

 梨央が飯を盛った茶碗を、結の持つトレイの上に乗せ、そのまま結が運んでいく。

「何も手伝いやしない……。夕食だって結と作ったんだからね?」

 そして結と梨央も席に座った。

「まあ、それぞれ係を作るとしたら、あたしは食事担当ってことでいいわよね? 戦いの時、参加しなかったから、その分、償わせてもらうって意味も込めて……」

「いただきますしようぜえ!」

 宗仁はすでに手を合わせている。

「話聞いてる?」

 言いつつ梨央も合掌した。

「いただきます!」との四人の声が重なった。

 スマートフォンのカメラに、食卓の様子を納める結。

「お、早速やってるな!」感心した宗仁は、少々大袈裟に驚いて見せた。

 光司の白米を口に持っていく手が止まった。

「この世界にネットなんてものも存在しているのか?」

「もしここが偽りの世界だとして……」梨央も考えるように宙を見つめながら、

「本物の世界とはどういう関係になるんだろ?」

「それは私にも謎です」指輪が言った。

「ナスネーガの考えることはわかりません。しかし今の状況を考えてみるに、全くあなた方の行動を制限しているわけではなく、むしろ、ほぼ自由な世界を構築している……。結界の外にいる賞金目的の連中はともかく、ナスネーガは一体何をしようとしているのか……」

「それでもわたしは……」結が大事そうにスマートフォンを胸に抱いた。

「皆と過ごせた時間を大切にしたい。それがわたしの好きなことだから……」

 好きなこと……。

 宗仁はその言葉にはっとした。

 ――そういや、告白したんだった……。今はまだ大丈夫だけど、今後、さっきの戦い以上のことが起きることも考えられる……。それなら……。

 宗仁もスマートフォンをズボンのポケットから取り出し、食べかけのハンバーグを撮った。

「あんた、何やってんの……?」と呆気にとられる梨央だったが、急に頬を朱に染め、

「ま、まさか、そんなに美味しかったとか……?」

「いや、美味しいっていうか、俺も結の考え方いいなって思ったんだ。今後、さっきみたいなこと以上のことが起こりうる可能性もあれば、ここでの時間は貴重だろ?」

「ふーん」と癇癪からか梨央の顔が赤くなったのかどうかは、宗仁はわからなかった。

 その後、梨央と光司も結の真似をして撮影した。

「ま、あんたたちの考えには賛成するわ」

「オレも共感できる。ただマンネリ化は避けたいな……」

 光司は言って、ハンバーグを頬張る梨央を撮影した。

「ちょっ……!」

 ごくりと咀嚼したてのハンバーグを思いっきり飲み込んでから、

「何撮ってんのよっ……!」

 胸を叩きながらむせる梨央に、一同から笑いが飛んだ。

 慌ててつっかえたものを水で流し込む梨央。

「ごちそうさま……」

 梨央が喚こうとすると、結が小声で言った。

「食うのはやっ!」

 三人が一様にツッコミを入れた。


「まあ、飯作るの得意ってのと、元々家事が得意なお前だから、適役っちゃ適役だな」

 食後、シンクで洗い物をする宗仁と光司だった。梨央から言われると命令に聞こえるが、結から言われると、同じ目線からのお願いという感じで、男二人は何も言わずにさっさと洗い始めていた。

 宗仁が皿を洗浄し、光司が乾拭きで水分を拭き取る役だった。

 水の流れる音と、食器を重ねる音が、ソファに腰かける結と梨央にまで聞こえているようだった。宗仁の今の台詞は、彼女ら二人に投げ掛けたものでもあった。

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