第二章 初陣②
「造作もない……」
呟き、ダイダガの前に無数の青い光弾が出来上がった。
まず手始めに結界を解く。
そう思って一息吹かせると青く輝く光弾が飛んでいった。ガラスが割れるように異世界人の家の周囲にできた結界が消滅した。
次いで狙うは、異界人でありながらワーブアーツを心得ているという四人の男女。まだ成人を迎えていないとのことだが、果たしてその実力は……。
胸奥で種々思っていると、標的の一人が視界に映った。敵の拠点とも言える二階建ての家屋の裏庭と思しき場所に、黒い短髪の青年の姿が目に入る。続いて現れたのは、白い鎧に身を包んだ青年。眼鏡をかけている。
「ふ……、ふははは!」
ダイダガは思わず笑みをこぼした。
「こうも浅慮な輩が今回の標的とは……。片腹痛いわ!」
無数の光弾を裏庭のいたるところに発射するダイダガ。ほどなく庭は煙に包まれ敵を捕捉できなくなった。
「やりすぎたか……」少々調子に乗り過ぎたようだと、ダイダガは多少自戒の念を抱く。
「どうなってるんだ、一体!」
突然の襲撃に宗仁が叫ぶ。
敵からの弾の嵐に翻弄された、宗仁と光司だった。
黒い煙が漂う中、光司は仁王立ちで宗仁の前に立っていた。
「だ、大丈夫か? 光司……」
宗仁の盾になってくれたことで、負傷は免れたようだが、光司自身には怪我はないのだろうか。
「心配ない……痛みはあるがな……」
宗仁が目を凝らすと、光司の脇腹や肩の鎧にえぐれた跡があった。
「か、回復できるんだよな……」
手が震える。今まで生きてきて他人を治癒したことなど一度もない。
「こ、光司……、す、少し待ってろ……」
顎も震え、言葉もうまく出ていかない。
――宗仁さん、早速ですが。
頭の中に響く声。声色は指輪のものと似ていた。
――こうして直接相対せずとも、頭を介して念話ができる仕組みです。あなたもやってみてください。
――こ、こうか?
――ええ、これで念話が可能になりました。他の方々もできるようになっています。術を施す際、相手の怪我を回復することを念じてください。言葉を繰り返すだけでも構いません。
――治す、治す……、光司の怪我を……。
宗仁の手が白く光った。しゃがんでいた宗仁は立ち上がり、光司の患部にそっと手を添えた。宗仁の治癒能力でみるみる光司の傷口が塞がり出血が止まった。
どくっ、と宗仁の体に急激な痛みが走った。
「な、なんだこれ……、急に痛みが……!」
――ヒールアーツにおいて不可避の、痛みの代替です。
――痛みの代替?
――宗仁さんの能力、ヒールは対象者の痛みや傷を治す能力ですが、治す際、痛みの大半を自分に移すことで、相手の痛みを軽減することになっているのです。
「実際、痛みは引いている」光司が静かに言った。
――宗仁さんのように、主となる力に補う形で別の能力や効果が引き起こされます。例えば、光司さんのように怪我を負っても、体が仰け反らないという各自に宿った属性による効果が発揮されるのです。
痛みをこらえつつも、宗仁は地に膝を付けたまま、体中に伝わる痛さに苦悶の表情を浮かべる。
――属性?
光司はその言葉を聞いて聞き返した。
――地水火風の自然の力を各自が保持しているということです。ワーブェポンがそれぞれにその力を授けたのは、あなた方四人に異なる属性が宿っているからです。宗仁さんの属性は水、光司さんの属性は地、光司さんが仰け反らないというのも、地の属性の補助能力が現れている証拠です。
――地のように、どっしりとした肉体を得たということか。
納得した光司は、早速、ダイダガに報いようと一歩前に進み出た。
――空は飛べるか?
――その能力は四人の誰もが持っている汎用の能力……。扱うには慣れが必要ですが、ワーブェポンが補正してくれます。
「よし、奴にパンチを一発食らわしてやる」
気を付けてください、と声をかける指輪を尻目に、光司は地を蹴った。
ふわりと体が木の葉のように浮いた。
宙に浮かぶ緑色の髪をした体格のいい敵兵を光司のレンズ越しの目は捉えた。あれがダイダガという幹部なのはどことなく雰囲気からわかった。
――確かにコツはいるが……。
手を前に伸ばさずとも、自分の思った方向へ体が移動する。
――これなら飛べなくはない……。
ダイダガと対面する光司。ダイダガが嘲笑する。
「クックック……。ワーブダイ人の血を引いた、異界の戦士か……。せいぜい私を楽しませてくれるんだろうな?」
「どうだかな……。先にぶったおされれば、堪能はできまい」
すっと瞬く間に、光司はダイダガへ肉薄、連続的に拳を繰り出す。
それを余裕の表情からか、微笑しながら手のひらで防ぐダイダガだった。
光司が蹴りを食らわす。ダイダガが脚を上げて、キックの勢いを受け止めた。
再び光司は拳を断続的に突き出すが、ダイダガは軽く受け流すように、手で攻勢をやわらげ、今度はダイダガの方が次々と拳を繰り出した。
それを視覚で追い何とか防ぎきる光司だったが、一発の弾丸のような拳が光司の頬を殴打した。拳がめり込んだまま、光司は不動の状態だった。
――これが地の属性の補助能力……。しかし、痛いな……。
軽く唇を切り、血が滴った。
「クックック……。まだ産まれたばかりの赤子のようだ。力をうまく扱えていない……」
そう言うダイダガは、光司の頬にめり込ませていた拳を離し、今度は光司の胸元に手のひらをかざした。
青く輝きが増し、光司を光弾で弾き飛ばした。
結の家の三軒ほど隣の家屋に光司は落下し、家が半壊した。
「大丈夫か、光司の奴……」
痛む肩を抑え、脚を引きずりながら、宗仁は光司の元へと急ぐ。
「何とも呆気ない……」
あまりのつまらなさに苦笑してみせるダイダガは、配下の兵士三人に宗仁を追いかけるよう指示した。
「しかし、聞いていた情報では四人だったはず……。他の二人はどこへ?」
瞬間、ダイダガの頬を、礫がかすめたような感覚が襲った。
そこに手を触れると血が頬を伝っていた。
「私に傷をつけるとは……」
風を切り、石くれのような物体が再びダイダガの片頬を寸手のところで過った。
「どこだ、どこにいる……」
結宅の屋根の上で、結は腹ばいになって銃を構え、ダイダガを狙い撃ちする。
結の姿は、他の景色と同化し姿が見えない状態だった。
「ガンアーツの補助能力、透明化です」指輪が一言説明した。
「何か卑怯な気もするけど……」
「いいんです。こうでもしなければ我々はただ劣勢になるばかり……。あなた方の先祖が授けてくださった恩恵と捉えるべきでしょう」
先祖……恩恵……。
結が物心つく頃には、
しかし、結の住む皆平東町の町内会では、あまりいい顔をする人間はいなかった。
……祭のとき、困るよねえ……。
……和武陀様ってなんだ? ここは昔から王真様をおがんでるが……。
王真宗という過去数百年と拝められてきた、王真という神の神体が和武陀よりも有名で、それを町内の人間で祭り上げる催しが、毎年行われていた。
近所付き合いのある、祖母トミがこのときだけ厄介者扱いされる。同じ大人でも、子供のように悪罵を放っていく者もいた。
歩けば耳にする、自分の拝む対象の誹謗中傷――。
結は巫女などという職をできれば降りたいと思っていた。
「和武陀様は、綾鳥、岬、新庄、桜坂の四つの家の者だけを守る、異界からきた神様だ」
トミは結にそう言い聞かせてきた。
いくら祖母の言うことだからといって、当時の結に受け入れるほどの器はなかった。
病床に臥したトミの遺言は、和武陀様を守り守られる存在になれ、とのことだった。
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