第二章 初陣①

第二章 初陣




 祠の裏に座って、青竹の葉の重なりをぼうっと見つめる梨央だった。

 階段の下で話し声が聞こえる。

 ――また強めに言っちゃったな……。だからあいつもあたしに……。

 思った途端に、結の家の回りが大きな音を立てて揺れた。結の張ったという透明な結界だろうか。

 空を見上げると、多くの人影が群れをなして浮かんでいた。その中に一際目立つ人影がある。

 地下室の三人も今の揺れに気付いていた。

「指輪の言うとおりだったな」

 光司が天井を仰ぎ見ていた。

「禊を始めよう!」結が力強く言った。

「まず、目を閉じて……」指輪が穏やかな口調で、

「暗い瞼の内側に何が見えますか? 暗闇しか見えないでしょう。それでいいのです。ただ無心で、呼吸を整え、その瞼の内側へと没入していくように、気持ちを傾けていくのです……」

 宗仁は自然と子供の頃の記憶をたどっていた。

 この非現実的な状況に全てとはいかないまでも、素直に受け入れている理由……。


 あれは小学校高学年の頃だった。

 草太という男子がいじめにあい、宗仁は助けるかどうか迷っていた。

 博愛的な考えを持つ宗仁は、クラスのそうしたもめごとには敏感だった。だが、誰かを守れるほどの勇気は持っておらず、いつも弱々しい草太がいじめられるのを見ては、心がもやもやした。

「お前はただのカッコつけだね」

 常日頃から交流のあった光司にはいつだったかそんなことを言われた。

 中学の時、また草太がいじめられていた。

 宗仁はいよいよかと思い、教室で羽交い絞めにされていた草太の助けに入ろうとした。ところが宗仁よりもいち早く助けに入ったのは、クラスでも力持ちで知られていた武史だった。草太は助けられたものの、犠牲者が出た。武がいじめのターゲットにされてしまったのだ。力では勝てないから、とクラスメイト総出でしかとをしたり、机に落書きをしたり、いじめというからには、これくらい当然だと言わんばかりの仕打ちを受けた。当然、宗仁も武史をいじめようとするクラスのリーダー格に誘われた。

 できなかった。

 この時断っていれば、武史はまだ救われたかもしれない……。被害者だった草太もいじめに加わり、宗仁の博愛的な考えは、脳みそのお飾りのようだった。

 そう、宗仁は断ることができず、いじめに加担したのだ。

 結果、武史は転校を余儀なくされた。地方の学校に転校したらしく、宗仁はあの時断っていたら、どうなっていただろうと悩むようになった。

 宗仁は今でもその時のことを思い出しては、悔しい思いをした。

 高校に進学し、光司と同じクラスになり、今度は梨央や結も一緒になって、今度こそ、自分は友達を守れる人間になろうと決めた。

 筋トレや走り込みなどをやったりして鍛えた末、将来の目標も定まってきた。 

 警察官か消防士か……。

 だが、今はその夢を保留にしておかなければならない。

 この妙な世界で友達を守るために、宗仁は今度こそ悪い奴をやっつけるのだと、この儀式のとき、意を決していた。

 そういった経緯から、宗仁は心から期待していた。悪い奴をぶっ飛ばす力が得られることを……。


 宗仁の瞼の向こうに見えたのは、たくさんの青い滴が水面に落ち、波紋を描く情景だった。

「さあ、目を開けてください……」

 指輪の声に導かれるようにして、三人は目を開けた。

 宗仁の両手首には、青いブレスレットがはめられていた。宗仁はまじまじとそれを見つめる。

「宗仁さんの手首にはめられたワーブェポン。ヒールアーツと言うそれは、回復の効果があるようです」

 回復……。宗仁は耳を疑った。

「まじかよ……。もっとなんていうか、敵を斬ったり、ぶん殴ったりできる力じゃないのかよ……」

 横にいた光司は、胸や肩、両手両足に白い装甲がはめられていた。

 光司は誇らしげな笑みを見せつけてきた。

「どうやら、お前のほしがっていたものは、オレが手に入れたようだな……」

「異議あり! この能力を交換とかできないんすか?」

「お前、オレのと取り換えようと考えてるな……」

「恋人を寝取られた気分てこういう感じかと思って」

 指輪がきっぱりと言った。

「異議申し立てを却下いたします」

「まじかあ……」背を丸くして嘆く宗仁だった。

 こんなことあり得ない……。みんなを守るために敵をぶっ飛ばす力が欲しかったというのに……。

「ヒールっていうからには、回復なんだろ? そんなの女の役目だって……」

 宗仁は心底落胆してみせた。

「女が回復役だなんて、今時偏見じゃない?」

 後ろから聞こえてきた声に顔を振り向かせると、梨央が階段を降りながらさらに言った。

「結はどうだったの?」

 結の手にあったのは、長い銃身。白く輝いているそれは、銃というには違和感があった。

「光司さんのは、ストライクアーツというものです。結様のはガンアーツ、それぞれに適した能力であると私は思いますが……。宗仁さんは不服なようですね」 

 指輪が順に説明していくも。宗仁はやはり自分には似つかわしくない力に思えるのだった。

 白く光る銃を両手で抱えて持つ結。その表情には色はなく、受け入れている様子だった。

「敵みたいのが空に浮かんでたんだけど……」

 梨央が親指を肩の方に持ってきて指し示した。

「梨央さんはどういたします?」

 指輪は梨央にも禊を行うよう促そうとするが、

「あたしはパスって言ってるでしょ?」 

 ううむ、と唸る指輪だった。指輪は気を取り直したように、

「敵を迎え撃ちましょう。一人分力は足りませんが、ワーブアーツの力を知ってもらうためにはまず戦闘を経験しなければなりません」

「この世界で死んだらどうなる?」

 光司が硬い表情で尋ねた。

「死ぬ前に、宗仁さんの力で何とかなるでしょう。宗仁さんが死ななければの話ですがね。回復役の宗仁さんが死んだら、私の力で宗仁さんを回復させましょう。ただし、宗仁さんが生きている限りは、皆さんの回復役は宗仁さんに委ねます」

「ヒーラーがいても死ぬっていう確率もあるのかよ……」

 先ほどから宗仁は嘆息をつきっぱなしだった。それでも最終的には指輪の力を使い、死を免れるのであれば、戦闘に陥っても何とかなる術はあるようだ。

 そうでなければ、理不尽なこと極まりなかった。

「表に出て、迎撃します。さあ行きましょう!」指輪が声を張り上げた。


 結の家の周りを、最高幹部、ダイダガと数百の兵が囲んでいた。

「これくらいの結界、なんてことはない……。やれやれ、この私をこのような遊びに付き合わせるとは……。あのお方も私の力を見くびっているようだ」

 魔王の側近であり、魔軍の長であるダイダガ。整った顔立ちは中性の雰囲気を放ち、一見女性のようにも見える。それも、緑色の長い髪を結い、肩から垂れさせているからだが、声にいたっては野太く、黒い甲冑から覗ける筋肉は男性らしさが顕著だった。

「負けられないのだ、私は……」


「よろしければ加勢に行きますわよ?」

「その方が早く片付きやすぜ? ダイダガの旦那!」

 出発前にダイダガよりも下位に位置する幹部二人が、そう申し出た。

 しかしダイダガはその申し出を断った。

「大丈夫だ。お気持ちだけ頂いておこう」

 無理しちゃって……、と怪しげな笑みを浮かべる幹部の一人。

 ……私はなめられている。自分よりも下の幹部に……。

 それは現、最高幹部であるダイダガのプライドが許さなかった。

 強さだけでのし上がってきた。幹部をまとめる魔王も、ダイダガ一人に今回の任務をつとめさせた。


 

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