第一章 告白⑤
リビングのテーブルを囲んだ四人は、結の話を黙って聞いていた。
「宗くんの一言で、わたしはここが現実のものとは異なる世界だと知った。子供のころから巫女として勤めてきたわたしは、この世界がナスネーガという異界の魔王によって作り上げられた本物の皆平と何ら変わりのない別の世界であることを知った。それに気付けたのも、わたしたちが幼いころから使ってきた秘密基地がなくなっていたから……」
まさか……、と宗仁は呟いた。月欠山の中腹に作った秘密基地は、宗仁たち四人の集まる場所としてことあるごとに使ってきた場所だ。そのために宗仁は思わず呟かずにはいられなかった。
「あるもの当然だった秘密基地がなかったことで、わたしの巫女としての勘がそういう答えにたどり着いた」
「巫女としての勘?」光司が宗仁の横で小声で言った。
「和武陀様の巫女……。結の家は代々巫女の家系らしい」
「簡単に信じていいのか?」
「結が中学受験のとき、試験当日高熱と、会場にギリギリセーフだった……。それまで朝と夜欠かさず和武陀様に祈ってたんだと」
「そしたら?」光司は眉を潜めた。
「無事合格……」
「運とかじゃなく、結の実力の話なんじゃないのか?」
「話聞いてる?」梨央から強めに指摘され、宗仁と光司は結の方を見つめた。話を止めていた結は、こほっと軽く咳払いをして、
「……わたしたちがなぜ、ナスネーガに目を付けられたかは謎。だけど、考えられるものの一つとして、わたしたちがワーブダイ人の血を引く者であること。すなわち、ナスネーガもワーブダイ人であることが予想される」
ワーブダイ人……。子供のころから、新庄、岬、綾鳥、そして桜坂の家々は、綾鳥家の祖母、トミによって自分たちの中に異界の血が流れていると言い聞かせられてきた。それは結の家柄にも言えることだった。
だからこそ、受験云々の話も含め、突拍子もない結の話には信憑性が持てた。
「どのみち」と結は続ける。
「この家を捨てて、どこかに移り住む必要があるかもしれない。この家もわたしの巫女の力で結界を張っているけれど、いつまでもつかわからない」
「まず俺たちはどう動けばいいんだ?」
「ばっちゃが昔言っていた。異世界の人間としての力を発揮するための神具がどこかにあると。そしてそれはどうやら、奥の竹やぶに保管されているらしいと。まずはそこへ……」
宗仁はそう呼びかけた結の右薬指に指輪がしてあるのが見えた。
一同は竹やぶを進み、奥にある丸く開けた場所にまでやってきた。
そこには祠があり、結はその前に立って瞑目してぶつぶつと唱え始めた。
唱え終わった直後、祠が後方へゆっくりと動く。その下から現れたのは階段だった。地下へと続いているようだ。
「この奥に神具があるはず」
「行ってみるか……」
結の一言に、宗仁は梨央と光司の顔を見て三人は首肯した。
階段を降りていきながら、宗仁は地下の湿った空気を感じた。階段を降りた右には、電灯のスイッチらしきものがあり、それを押すと蛍光灯が点いた。
地下室の暗闇の中に、祭壇らしきものが浮かび上がった。そこには四つの岩の塊が並んでいた。
「これが、神具ってやつか……」
宗仁が言うと四人は神具の前にで立ち止まった。
突然、四つの神具が輝きだしたかと思うと光はすぐに消えた。
「ワーブダイ人の末裔が揃ったようですね……」
野太い何者かからの声……。結以外の三人は頭を左右に動かして、声の主を探した。
「今の声はこれから聞こえてきたもの」
結が指さしたのは、宗仁が気になっていた指輪だった。
「指輪がしゃべってる?」梨央が目を丸くした。
「なんだそれは?」光司の疑問に結が答える。
「会話のできる指輪……。宗くんと放課後会って話した次の日の朝、この指輪がはめられていた。それが誰によってはめられたのかはわたしにもわからない」
「私の方から種々説明させてもらいますよ」指輪の声が、地下室にこだまする。
一見、銀色の指輪には特に意匠や宝石なども施されておらず、普通のアクセサリーにしか見えない。
「信頼できるのか?」
宗仁はそこはかとなく不信感を抱いていた。
「宗仁が不審がるのも当然ね」梨央が肩をすくめ、
「口を利く指輪なんて荒唐無稽だもの」
「だが、今は信じるしかないんだよな?」光司が眼鏡を指で押し上げる。
結は、そう……、と頷き、
「この変わってしまった幻のような町で信じられるのは同じく、幻のような力を持ったこの指輪だけ……」
「とりあえず聞くだけ聞いてみるか?」
宗仁の一声に、光司は「ま、仕方あるまい」と言い、梨央も深く頷いて見せた。
「それでは……」指輪は静かに話し始めた。
「結さんの言っていたとおり、この皆平市は現在、ナスネーガ軍の支配下にあるようです。ナスネーガは三人の家来を引きつれており、今後、彼らと戦いを繰り広げる可能性も否定できません。なぜあなた方が狙われたのか、それは私にもわかりませんが、ナスネーガ軍に抗う手立てとして、この地下に眠る神具、『ワーブェポン』を扱うことが必至となるでしょう。ワーブゥエポンは、ワーブダイ人が彼らの住む世界で一般的に親しまれてきた武具。ワーブダイでは、競技などに用いられたりしていますが、かつては国の防衛手段としての役割、兵装としても使われていたものです。ワーブダイ人の血を引くあなた方ならその力を扱うこともできるでしょう。ワーブダイではワーブェポンを扱うことの総称として、『ワーブアーツ』とも言われています」
「ちょっと待って!」
挙手したのは梨央だった。
「何か色々と、ファンタジーなこと言ってない? 結も現実とは異なるって言っていたけど、この町は今どういう状態にあるの?」
「詳細は私にも把握しきれておりません。しかしここが現実とは異なる場所であることは確かです。それも、このワーブェポンが存在しているということが主な理由です」
「ワーブェポンは、現実のわたしの家には保管されていなかった。祠の下にこんな部屋があると知らされたのもこの指輪からだった。それは恐らく、ワーブダイ人であるナスネーガが、ワーブアーツを使ってわたしたちをこの世界に閉じ込めたから。そうすることで、わたしたちを守る役目であるこのワーブェポンが発動した……」
「巫女である結様には、わかり切っていたようですね。そう、この町はすでにナスネーガの手中にあります。そこから抜け出すには、ワーブアーツを駆使して、脱出を図る必要があるのです。そしてそれを成功させるには、ナスネーガを倒す必要がある。そのために必要なのがこのワーブェポンなのですが……」
宗仁は自然と祭壇らしき土台の上に視線が行った。兵装とか言いながらも、そこにはただの岩塊しかなかった。
「あなた方の中ではまだ、この世界がどういうものか、そしてワーブアーツという術がどういうものか、信じ切れておれず、ワーブェポンもその力を授ける対象者が不信感を募らせているがために、未だにその形を現わせていないようです」
「当然よ」はっきりと述べたのは梨央だった。
「いきなりそんなこと言われても釈然としないし、第一、あたしはファンタジーとかそういうの大嫌いだし!」
「足並みそろえていただきませんと、この問題は解決できないのですが……」
困ったように言う指輪だった。
「変なこと言っちゃったのは認めるから、ちょっと席外す」
言って梨央は階段へと歩いていく。
「どこ行くんだ?」光司が呼びかけると、「外の空気吸いに行くだけだよ」
梨央の階段を上がっていく音が聞こえなくなると、三人は嘆息をついた。
「梨央ってそんなに創作物とか嫌いだったか?」 光司が言うと、結が返した。
「同じ中学だったけど、そのときはそういうの好きそうな気がした。ビ、BLとかそういうの……」
ふーん、とのんきな相槌を打つ宗仁。光司は眼鏡を指で整えている。
「宗くん……」結が声をかけてきた。
「ごめんなさい。この間の放課後のこと……」
告白した時の話のようだ。
「すぐに返事ができず、数日も開いてしまった。それも巫女の力で、この世界の仕組みに気付き色々と町を見て回っていたから……」
「秘密基地がなくなってるっていうのもその時調べたんだろ?」
うん、と結は首肯した。
「まあ、仕方ねえことだ。返事はいつでもっていうか、この世界を何とかしてからでないと、考える時間もないもんな」
「本当にごめん」
「いや、いいって」
「宗くんにこの世界のことを伝えるのが最後になってしまったのも、宗くんの思いを真摯に受け止めたかったから」
「気を回してくれたのか……。告白のあとの返事として、慎重になってくれたんだな」
思いを告げる、告げられるということは本人たちにとってデリケートなことだ。真面目な一面もある結だからこそ、そうした気配りを大事にしてくれたのだろう。どちらにしろ、返事をするのは後回しになったに違いない。
「どうしましょうか、結様。我々だけでも、禊を行いますか?」
「禊?」宗仁が首を傾げると結が言った。
「ワーブゥエポンとの繋がりを持つための儀式。りおりんはひとまず後にして、すぐに始めなければ、いつナスネーガの手下が攻めてくるかわからない」
「一人、すでにここに向かってますね。幹部の中でも最強の部類に入るダイダガという人物です」
「なんで敵側の情報を知ってるんだ?」
宗仁としては指輪が協力的なのはいいものの、その情報源は一体どこから得ているのか気になった。
「実は私はナスネーガの配下の一人なのです。ナスネーガや他の手下の目を盗んで、あなた方に情報を提供しているんです。私のほんの気持ちです」
「オレたちに協力するってことは、それなりに対価があるってことだよな?」
光司の指摘に、指輪は堂々と答えた。
「密かに反旗を翻しているのです。ナスネーガに……」
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