第一章 告白③
自転車を駐輪場へ停め、昇降口へと歩いていく。
今日も多くの生徒が学校へ登校してきている。その中に、光司の姿があった。
宗仁は光司の背中を軽く叩いた。
「おう、今朝も眠いか光司!」
「宗仁か……。フン、朝なんて眠いもんだろ……」
光司の眼光が鋭利に光る。
「王子様―!」「王子様だ、ほら王子様よ!」
宗仁をおざなりに、光司に大勢の女子が集まってくる。光司は鋭くさせていた目を、緩やかにして微笑する。その対照的な所作こそ、光司が女子によく慕われている理由の一つだ。
光司は眼鏡を指で押し上げ、笑みを絶やさず女の子一人ひとりに言葉を投げかける。
「いつもと雰囲気違うと思ったら、髪型を変えたのか……」
「どう違います、雰囲気……」
「前より奇麗になったと思う」
「今日もお弁当作ってきました。お昼にご一緒させてください!」
「ああ、いいとも」
「私はクッキー焼いてきたんです」
「じゃあお昼で一緒に」
「私もお弁当を」
「私も!」
「ありがとう。食べきれるかな……」
絶え間なくこぼし続けるその笑顔が王子様というあだ名の由来でもあった。
昇降口に入り、上履きに履き替えると、教室へと向かう。光司にくっついていた女子たちも、朝の挨拶を終え、姿は見えなくなった。また昼と放課後、光司に群がるのが彼女らの日常茶飯事だった。
宗仁は階段を登りながら、いつぞやの結の表情やこのあとの自分への態度がどんなものか気になり出した。
女心を垣間見るのは、宗仁にとって未踏の地である。
いつも通り優しい結でいるか、何らかの事情があって、冷たく応対されるか……。やはり、後者のほうがしっくり来る。
廊下と教室の境をくぐり、室内を見渡す。
遅くもなく早くもない無難な時間に登校するのが常であるため、クラスメイトの人数もそこそこいる感じだった。
教室の壁際、結の席に視線を伸ばすと、そこに結の姿はなかった。
ホームルームが始まり、その後も結は放課後まで登校することはなかった。
春の夕空の下、光司と帰宅の途に着く。
この日は晴天といえども、風が冷たく、まだまだ冬の名残を体感できる気温だった。
梨央ともいつも通り帰るつもりだったが、彼女は朝から何かに気を取られた風な態度で、帰路もいつもとは違い、宗仁たちとは反対方向へ歩いていった。
「何だろう。俺の告白ってそんなにやばかったのかな?」
「保留にされ、今日は欠席……。じわじわとなぶり殺しにされなきゃいいがな」
「それもそうなんだが……」
光司の言葉を指摘するほどの余力がなく、真面目に受け答えした宗仁に、光司の方が眉を潜めた。
「真面目に受け止めやがって……」
「つまらんかったか?」
「フン。まあ今の結の様子は、大方男に告白されたのが始めてだったからだろう。経験したことのないことをしたわけだ。そのあとの女子の顔色だって見慣れたもんじゃないんだからな。初めてのことをして初めて見る女の表情。余計に勘ぐってしまってるだけだろう」
「うーん、そうかあ……」腕を組んで渋面になる。光司は続けて言った。
「女は男よりも現実的なものの考え方するらしいからな。告白したあとに見せた結の表情ってのも案外、あいつの本心っていうか、本当の顔かもしれんぞ」
「じゃあ、俺の青春は早くも敗北を喫したと言うことになるのか?」
はっはっはっ、と光司は高らかに笑い、
「そうやって苦しむがいい!」
ぼんやりと目が覚める。
足の先にあるカーテンから、強い陽光が漏れ、それが睡眠を覚束なくしたらしい。
梨央のお節介は、今日はなかったようだ。
そうなると、食事の支度も全て自分でしなければならず、気まぐれの親切心とやらも、そこに委ねてしまっていれば、こういうときこそ不意討ちを狙われたかのようになる。
コップ一杯の牛乳と食パンを二枚焼き、リビングでそれらを平らげ、通学バッグを背負って扉を開け、サドルにまたがる。
ペダルをこぎ始めると、またいつもと似たような毎日が始まったなと、心で呟く。
町の中を滑走しながら、朝の風を浴び、目覚めぬ頭の中で、授業のことなどをぼんやりと考えていると、すでに学校の校舎が見えてきていた。
自転車を駐輪場へ置くと、結へファインを使って連絡しておくことにした。
梨央が中心となって打ち立てた、結や光司たちとのグループでのやりとりができるようになっている。
結からの連絡は一文字もなく、数日前、告白する前の日に一言二言、メッセージを交わして以来だった。
〈体調悪いんか?〉と送信し、スマートフォンをスラックスのポケットに入れると教室に入った。
そこで真っ先に目を止めたのが、結の席だった。
廊下側の壁際中央に結の席があった。しかし、今日もその姿を見ることはない。
「何かの病気かな……」宗仁が腕を組むと、光司が鼻で笑い、
「恋患いだったりしてな……」
次いで梨央の席へ視線を伸ばす。
真ん中の列、後方にある梨央の席。宗仁はまたしても落胆することとなった。
「梨央も休みって訳じゃねえだろうな?」
「委員長だから、先生に呼び出されたりしてるんだろう。朝からいないとなると、それくらいの予想はできるが……」
いつも朗らかで、冗談を言い合える彼女がいないのは、結が不在であることの寂しさを誤魔化せる相手もいないということになる。
じきに登校してくるだろう、と光司と話していたものの、その日は梨央も学校に姿を現さなかった。
結と梨央に何があったのだろうか……。そう思うと心はどこか落ち着かない。
窓際後方の自分の席に座り、外を眺めた。
自分の心とは逆に、憎らしいくらいに外は晴れていた。
帰路につく頃。
茜色の空が、宗仁の頬を赤く照らした。
日直だった光司は宗仁を気遣い、待たずに帰ってくれと言ってくれた。
まっすぐ帰るのも何だろう、と宗仁は結の家へと赴くことにした。
二階建ての家だった。こげ茶色の屋根と白い外壁。休日は家族で乗り合わせて、買い物にでも行くのだろう、黒いミニバンが小さめな門の横のスペースに停めてあった。
門扉の脇のインターホンを押す。
典型的なインターホンの音色が辺りに響くも、返事はなくもう一度押してみる。
しばらくの間ののち、静寂が結の家を包んでいた。
いや、結の家だけではない。ここら一帯が、しんと静まり返り、時が止まったかのような錯覚さえ覚える。
――親も不在なのかな……。
渋々とあきらめ、自宅へと足を運んだ。
その夜、食器を洗ったあと、ファインにメッセージを打ち込んだ。
結には、今日家に行ったぞー、と書き、梨央には、お前も風邪か? と記した。
二人からは数分経過しても既読した様子はなかった。
次いで光司にはこう文章を打ち込んだ。
〈梨央が休んだ理由ってやっぱ、体調不良か?〉
しかし、何分か経っても光司からの返事はなく既読にすらならなかった。
ベッドに横になり瞑目すると深い眠りについた。
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