第一章 告白①
第一章 告白
「俺、結のことが好きだ! 俺と付き合ってください!」
春風が少年と少女の間を駆け巡った。
東京の片隅にある町、皆平市のとある高校の体育館裏。待ち合わせていた綾鳥結という幼馴染みに、桜坂宗仁はたった今思いを告げた。
綾鳥結とは親ぐるみの古い付き合いで、何年か前から、結への恋心は抱き続けてきていた。
胸の鼓動が、大きくなって頭にまで響いてくる。
口内も渇きを知り、空を飛ぶカラスたちの鳴き声が、やけに大きく聞こえた。
夕闇に包まれようとしていた校舎の片隅で、宗仁の思いはしっかりと届いたように思われた。
影の覆いかけた結の顔をじっと見つめてみる。大人しい性格の結は、それが端正な顔立ちとして表れているようだ。水色の髪に顔の両側から房のような髪が垂れ、唇は一文字に引き結ばれていた。物静かなゆえの余計な雑言を吐かない結だからこそ、宗仁はこのとき日常的には不可能な、結という少女の顔をくまなく見つめることができるのだった。
寸陰の後、結の瞳は大きく見開かれ、じっと宗仁の顔を見つめ返した。
驚いている顔なのか、それとも嫌悪感からくる表情のゆがみか。宗仁には結の胸中を見抜くことは出来かねた。
結は一呼吸し、顔を俯かせた。そしてこう述べるのだった。
「ありがとう……」
静寂な雰囲気を保ちながら、結は顔を上げた。
「気持ちはすごく嬉しい。だけど……」
だけど……、との言葉に、宗仁は残念な気持ちになりかけた。
「すぐに返事は出来ない……」
「何でだ?」
「宗くんは、今こうしてここにいることに違和感を感じない?」
「違和感? いや、まったく感じないけど」
そう……、と言って、結はスマートフォンをスカートから取り出す。
画面をいじりながら、どうしよう……、と呟き何かに困っている様子だ。
もしかしたら告白されるのは嫌だったのだろうか……、と自分に不備な点があったようで、急に心持が奈落の底へと落ちていくかのようだった。
「ごめん、いきなり告白されても嫌だったよな……」
結はいや、と大きくかぶりを振り、
「違う。気持ちはすごくありがたいのだけど……」
言って、結は人差し指を作り、
「返事まで少し待ってほしい」
と条件を出してきた。
どれくらいの期間かは、結もはっきりとは言わなかった。告白の返事をすぐに聞けないのは、一日でも長いような気がする。
しかし、そこではっきりとした答えを返してくれるのであれば、この条件を飲もうと思い承諾した。
学校を出、宗仁は一人帰路についた。
結とは一緒に帰ろうとしたが、彼女は個人的な用を思い出したらしく、別方向へと歩いていった。
宗仁は孤独に帰宅するのもいいだろうと思っていたが、そう思った矢先、スマートフォンが鳴動し画面を見ると、結と同じように親同士でも付き合いのある新庄光司から連絡が来ていた。
駅の近くの喫茶店で待つ、とのことだった。
宗仁は光司に喫茶店で戦果を報告することを、すっかり忘れていた。
光司には結に告白すると伝えた唯一の人間だった。今日の結果を報告し、喫茶店でだらだらとくっちゃべるのも悪くはないだろうと、すでに夜の帳が下りた町の中を、待ち合わせ場所へと向かうために歩いた。
到着し、喫茶店の奥の席に光司の姿があった。
光司の真向かいに座った。ウェイターがやってきて、お冷とメニューを置いていこうとしたところを、宗仁は呼び止め、アイスコーヒーを注文した。
目の前の光司の顔はいくらか綻んではいたが、微かに冷たい表情を含ませていた。
「相変わらず何か腹積もりのありそうな顔だな」
「いや、どうだったのかと思ってな……」
光司の言葉に宗仁は言い淀んで、目を泳がせた。その表情に光司は察したのか、
「ククク……。どうやらふられたらしい……」
冷笑する光司を見るのは、珍しいことではない。
黒縁の眼鏡に収まる何もかもが整った顔のパーツ。鼻も目も口元も別段劣った点はなく、光司の名と似た「王子」というあだ名が、学校の女子の間では呼びなれたものだった。髪はそういう施し方があるのか、ボリューム感があり、浮いたように頭を包んで額の中央で分けられている。
宗仁の暗い表情を見て、いつものように悪態をつく光司だったが、宗仁は両手を小さく振り、
「ちげーよ。別にフラれたってわけじゃねえ」
「チッ、やはりそうだったか」舌打ちをして、顔をしかめる光司。
「やはりってなんだ?」
「あ、いや……」
宗仁の結果に思わず本心を漏らしてしまったのか、光司は口が滑ったのを誤魔化そうとしたようだが、
「どういうことだ?」
宗仁に詰め寄られ、
「オレも何となくだが、結がお前に好意を寄せいるかもしれないと思っていてな……」
「思っていたって……」
「何となくだが……」
と、確証はなく曖昧な見方をしている気がした。
「あいつが普段、他の男子を見る目と、お前を見るときの目や仕草などが何か違う気がしていてな……。脈ありかと密かに思って、あいつに聞いてみたんだ」
光司はその恵まれた顔形からか数人の女子生徒と群がって歩くのをよく見かける。女慣れしている光司のその推測はお墨付きと言えるほどのものだった。
「マジかよ!」
「まんざらでもないみたいだった。そしたら、お前があるとき告るっていうから、オレの中ではもう、出来上がっていたというわけだ」
宗仁の中でもそれは初耳だった。思いを伝える前から、すでに結もこちらに思いがあったとなると、あの告白は無駄ではなかったということか。
ほぼなくなりかけのカフェラテを、光司は静かにストローで吸い上げる。
宗仁は、告白した結果を、光司に伝えた。
光司は大きく眉を押し上げ、は? と声を上げた。
「すぐに返事しないってのはどういうことだ? お前はそれでいいのか?」
ああ、と宗仁は首肯し、
「ちゃんと待とうと思う。俺から思いをちゃんと伝えられたってのもあるし、好きな人の言うことだからさ、何日かくらい待ってやるみたいなさ」
ほう、と光司は関心と驚きが混ざったような声を出し、
「口より先に手の出るお前が待つとはな。脈アリに見えても、フラれることだってあるんだぞ」
「そうしたらそうしたで、しようがないんじゃねえか? 人それぞれ思いや好みの違いあるし」
「フン……。まあ告白したということ自体は見事と言ってやろう」
光司は二人分の伝票を取ると、
「その勇気に免じてここはオレが払ってやる」
光司にコーヒー代を払わせ店を出た。
街灯の明かりの下を、遅くもなく早くもないペースで歩いた。
告白したことに対してのあの時の瞬間が胸中で幾度も思い浮かべられた。
結が見せた驚きの表情は、自分が告白したからこその驚愕の表情ともとれる。だが、不明瞭な猶予を自分に課せた意図とは何なのだろう。
最悪の結果が目に見えていたとしても、思いをしっかり伝えられた今日の自分は評価してあげたい。
思いながら、宗仁の心では、あの時の結の表情が何度も繰り返されていた。
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