運び屋と車椅子の少女

「ソフィ、今日も頑張ってはこぶぞ」


「おーっ」



 私の名は、レイン。運び屋だ。


 背中には巨大なバックパックを担いでいる。

 この中にはお客様たちの大切な荷物が詰まっている。

 私の仕事はその大切な荷物を届けること。


 そして車椅子に乗ったこの口数の少ない、

 銀色の髪をした少女はソフィ。

 とある事情で自分の足で歩くことができない。


 私はソフィの車椅子を押しながら、

 本日の届け先へと向かう。



「ねー。今日は、レインは何はこぶー?」


「宛先不明で届けられなかった荷物を送り主に返却する」


「めんどー」


「そうだな。面倒だが、これも運び屋として重要な仕事だ」



 届け先は路地裏の貧民街の中にある施設。

 クズどもの集まった屋敷。


 貧民街の親を亡くした子どもたちを使って、

 私財を蓄えるクズどもだ。



「くらーい」


「道も悪いな。ジャリが多くてかなわない」


「ガタガター」


「もうしばらくしたら着く。ソフィもしばらく我慢できるか?」


「がまんできる」



 私は貧民街の死を感じさせる臭いが嫌いだ。


 ゴザに横たわって寝る痩せ細った貧民街の子どもたち。

 飢えた狼のように私たちのような、

 貧民街の外から来た者を狙う者もいる。


 この貧民街では油断は許されない。



「かわいそだね。ガリガリ」


「そうだな」


「ソフィ、なにもできない」


「ソフィが気にすることじゃない。大人が解決する問題だ」


「わかったー」



 目の前が目的地だ。

 クズどものボス、ガレオーネの屋敷。

 私はここに荷物を届けに来たのだ。



「こんにちわー。お届け物です」


「んだ、……テメェ」


「運び屋です。これ、ギルドカード公的身分証明書です」


「はいはい、荷物は私が受け取るから、とっとと帰りな」


「すみません。荷物は直接ガレオーネさんにお渡しする決まりになっていまして」


「ああ――例のブツか。呼んでくるから、そこで待ってろ」


「はい。承知しました」



 ドタバタと足音を立てて、

 豚のような男が降りてくる。

 醜悪なドクズ。 



「……おい、私がガレオーネだ。とっとと荷物を渡せ」


「まず、ギルドカードのご提示を」


「はんっ! んなモンねぇよ」


「困りましたね。それでは、代わりにこの書面にサインを」


「よっと……これで良いか?」


「はい、たしかに。それでは、荷物は軒先渡しのきさきわたし指定なので、こちらの玄関に置かせてもらいますね」


「殺されたくなければ荷物置いてさっさと帰れ。目障りだ」


「それでは、失礼いたします」



 ガレオーネはまるで虫でも払うかのように、

 シッシと手を振っている。



「あの人たち、とっても悪い人」


「そうだな。さすがソフィ、勘がいい」


「レイン、あいつらを見逃す?」


「私は運び屋だからな。私の仕事はこれまでだ」


「ぶーぶー。レイン、キライ」


「すねるなって。ほら、飴玉でも食べてろ」


「飴すき。たべる」



 貧民街の子どもたちは生きるために、

 ガレオーネのもとで仕事をする。


 少年は窃盗や殺人、

 少女は自分の体。


 そして、彼らが稼いだ金は、

 この貧民街のボスガレオーネと、

 その手下どものもとに渡る。


 子どもたちは大人になれば、

 今度は搾取する側に回る。


 終わらない負の螺旋だ。



「――そろそろだな。ソフィ、耳をふさげ」



 ――轟音。



 強烈な音とともに建物が崩れ落ちる。

 爆発元はさっきガレオーネの屋敷だ。



「荷物の開封を確認完了」


「どがーん。爆発したね」


「ああ。きちんと仕事を終えられたか確認に行くぞ」


「いくー」



 今日はガレオーネの手下があの屋敷に集まっている日だ。

 秘密の集会を行うために、ガレオーネの屋敷の周辺は、

 人払いがされている。


 あの建物の中に居るのは、

 ガレオーネの手下の幹部たちと護衛たちのみ。



「ははっ。悪党ってのは本当にしぶとい。いまの爆発で生き残るとは、驚きだ」


「しぶとい」


「おい……これは、いったいどういうことだ! てめぇっ!!!」


「おや。ガレオーネさん。」


「ガキが舐めやがって。野郎ども、あの男を殺せ!」


「うごいちゃだめぇ。シンじゃうよ?」


「はぁ? なぁに言ってんだこのメスガキ」


「こんな真似が許され……っあぁ……ッ?!」



 さすがはソフィ、糸の扱いは一流だ。



「ひっ……ひぃっ、クビがーッッ!!!」


「ソフィ。けーこく、した。シヌって」


「そうだな。ソフィはまったく悪くない。悪いのはこのおっさん達だ」



 逃げ出そうとしたもうひとりの男の

 クビが地面を転がる。


 ソフィの指先から伸びた糸が男の首を切断したのだ。

 血に濡れた糸があやしく光を放っている。



「てめーらナニモンだ?! パンクスの野郎の手下か?」


「ぶーっ。ぜんぜんちがう」


「なら……っ、ギルドの暗部の連中か?」


「ぶー。それも、はずれ」


「…………なら、てめーらはいったいなんだんだッ?!」


「運び屋だ。おまえにも、私のギルドカードは見せたはずだが?」


「ただの運び屋がなんでこんなことしてんだッ!!」


「うるさい。黙れ」


「あん?! んだ、てめぇ」


「耳ざわりだ」



 私はふところから取り出した短剣を、

 男の太ももに突き刺す。

 ガレオーネの絶叫がこだまする。



「ガレオーネ。私はキミに、感謝しているんだ」


「どういう……ことだ」


「あんた、全資産を譲渡する契約書。署名してくれただろ」


「ッ!? あの時……か、てめぇ!! ぜってぇ許さねぇ!」


「契約書は中身、確認しなきゃ。――ガレオーネ」


「……ガキが」



 私の右手の短刀がゆっくりと、

 ガレオーネの胸の中に吸い込まれていく。


 背中から鮮血に濡れた剣先が覗いたときには、

 ガレオーネはすでに絶命していた。



「ソフィ、これでお仕事はおわりだ」


「おつかれー」


「ソフィもお疲れ様。それじゃあ帰ろうか」


「うん」


「そのまえに……っと」



 可燃性油の入ったガラス瓶をガレオーネに投げつける。

 ガレオーネの頭部で瓶が割れ、中身が飛び散る。


 そして、その死体にマッチを投げつける。

 脂身のおおい体のせいかよく燃える。



「貯め込んだ私財のすべてはこの貧民街の子どもたちに使われることになっている。死んでから一つだけ良いことができてよかったな、ガレオーネ」


「バイバイ」



 燃え盛る屋敷をあとにし、

 私とソフィは立ち去るのであった。

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