episode±14[夜空を彩ろうとする星たちは自分たちが夢を見られることをまだ知らない]
川に落ちて流れていく枯れ葉のようにどうでも良いわけでもないくせに、そのくせ主張もほとんどない。
はずだったのに。
私なんてただそれだけだったはずなのに。
なのに、私はそれを選んだ。
見える景色は決して広くないが、西央はその景色が決して嫌いではなかった。飛ぶ鳥のように、それが本当に望んでいるかどうかは置いておいて、望む景色を手に入れられるような人間ではない、と思っているし、まずそもそも、望む景色なんてものがあるのだろうかと思う。
未来は、未来のままでいい。
そんなことが、結構本人としてはしっくりきていた。
あの事故の時から、私はもう飛べなくなってしまったんだと。
もう跳ぶこともできなくなってしまったんだろう。と思っているのは、正直本音なのだけれど、そこに
「…楽しかった、なぁ」
そんな感覚、本当に久しぶりだった。そう思うと、そよ風の流れる空の下が、急に懐かしく感じられる。
楽しかった時期は、当然自分の人生にもあったし、それを後悔はしていない。ただその全部が、まるで乱暴な正義のヒーローが、押しつけの正義で化けの皮を剥ぐようにしてしまった、あの事故。倒れこんできたあの子は、捻挫で済んだけれど、なんでわたしだけ。
そんな思いで塞ぎ込んでいつつも、レッスンに出席することは続けたけれども、最初は気を使ってくれていたチームメイトも、すぐに見放していった。
来るのはいいけど、邪魔だけはしないでよね。
そんなことから始まって、その言葉たちはエスカレートしていった。
もうレッスン場に足が向かなくなったのは、その事故の原因となった相手の一言だった。
『よかったじゃん。踊れなくなって。こんなに陰口ばっかり言われてるところから逃げ出せる言い訳もばっちりだし、さっさと消えちゃいなよ』
誰のせいだと思っているんだ。
西央は、その相手よりも評価は格段に上だった。その結果彼女の成績順は一つ上がったけれど、それよりも順位を上げることはできていない。
しかし、西央も黙っていたわけではない。
所詮、自分が選ばれるための順位に入るための故意だったのかもしれないけれど、自
力でそれを勝ち取れない奴に未来なんてないんだ。面と向かって口にしたことはないけれど、そう思い込んで強がって入いられたのは、ほんの一瞬だった。
教室退所の意思を両親に伝えた時である。あっさり了承され、手続きは一瞬で終わった。親もコーチも、引き止める気は一切なかったらしい。
大好きなことをやめることになって辛かったね
せっかく目指してたのに成績もよかったのに残念だね
また別の夢を見つけたらいいよ
そんな言葉を耳にしたことは、一度もない。ただ淡々と。役所の書類手続きのようにただ事務的に処理されただけ。そして母親とは目が合わなくなった。父は、最初こそフォローに入ってくれてはいたものの、一発の事故で出来上がった不良債権に対する家族の空気に耐えられず外に居場所を見つけてしまうと、会話どころか会うことも激減した。それから家を出るまで、面と向かって話したのは何回だろう。片手の指もきっとおりきらない程度だ。そんな環境でクラスしかなかった中学時代に、ムーンギフトに感染する。
そんな勝手な追い風を感じて、
最初は学力的にも危うかったけれど、バレエで培った集中力は伊達ではなく、あっという間にA判定を獲得したが、両親はそれにも関心は薄いどころかほぼなかった。弟の成長にかかりきりで、まるで空気でもない、幽霊のような扱い。見えてすらいない、そんな感じ。
けれど、そんな状況にいたのがせいぜい一年と少し前までなのに、こんなにも変わるものなんだ。と、思う。クラスではほとんど喋らないし、クラスメイトの女子と徒党を組むタイプではない。けど、昨日は本当に驚くほどのことが連続で起きた。
このわたしがあんなノリで誰かと出かけて、クラスメイトが腕をもがれるのを目の当たりにし、それが瞬間で修復されてしまう様まで目の当たりにする。しかも他人の家に遊びに行って泊まってくるなんて、いったい何年振りのことだろう。
でも、そのおかげで、自分は今こんなにも気持ちよくあることができている。
これから先の学生生活は永遠に続くわけじゃない。けれど、そんな一瞬の時間でも、いや、一瞬しかないからこそ、そこだけでも暖かくあっていいんじゃないか。あとで振り返った時に、よかったって思える時間を、こんなわたしでも過ごしていいじゃないかな。なんて思えるのは、昨日出会ったあの4人のせいなのか、おかげなのか。
自分が変わっていくことを怖いと思ったことはない。
けれど、それによって何か失ってしまうのは怖い。
結局どれだけその時間が素敵でも、それが怖くて予防線を張ってしまうのは仕方ないんだろう。
それでもいいから、この傷ついた足を一歩、踏み出してみても、いいのかな。
優しい風を届ける空を見ながら、紅茶から漂う甘い香りのなかで、ぼんやりとした何かを、感じた西央は、自分でも知らずに微笑んでいた。
籠の中の星たちが互いに手をつなぐように距離を作る。それは近いから良い、遠いから悪いということではなく、その距離が、皆で創る星座には必要なのだ。
星たちが描くその星座は、何を描き、どんな意味をもたらすのか。
Continue to under the sky…
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