episode±13[静寂に響く誰の耳にも届かない声はまるで懺悔のように]
車が問題なく出発した様子を見送って、後ろ手に玄関の扉を閉めると、何かから切り離された気がした。
二人が家を離れたことに気づいて声をかけてきた母親に、自室で勉強するから、と告げて飲み物だけ冷蔵庫から取り出して、足早に二階の自室に戻ると、そこにはもちろん誰の姿もない。
持ってきた飲み物をテーブルに置いて、先ほどまで莉理亜の座っていたクッションを片そうと触れたところで、その熱の全てが失われていることに気づき、その場にへたり込んでしまう。
私は、なんてずるい人間なんだろう。と、思う。シンとした部屋の中を満たす静寂の中で一人、特別に落ち込むように佇んでいる。
こんなこと、中学卒業少し前から当たり前のことだった。いや違う。そのもっと少し前から、部屋ではこうだった。はずなのに。例えば昨夜、二人でこの部屋に入った時の期待が溢れる感じ。そのあと、堰を切ったように始まった莉理亜との会話。昔時々あった光景にそっくりな、父と母と自分の夕飯に混ざる彼女の姿が懐かしくて少し泣きそうだった自分の気持ち。莉理亜の携帯に縫至答から着信が入った時のちょっとした疎外感も全部含めて、それが過ぎ去ってしまったという事実とともに、胸を締め付ける言い表すことの難しい感情を連れてくる。
喉は乾いていたはずなのに、テーブルの上に置いてある飲み物に手を伸ばす気力すら、急速に枯れていってしまう花のように、自分でも驚く速度で失われていく。
よく、玄関から二階までへたり込まずに来れた、と思う。きっと自分は今ひどい顔をしているんだろう。涙こそ流していないものの、その表情は凄惨なものである自覚があった。この世の鏡なんて全て割れてしまえ。身勝手にもそんなことまで思ってしまう。
勝手に苦しい。勝手に切ない。勝手に寂しい。そんなことを思う資格なんてないのに。
人一人がいずれかの感情を心に抱くことに資格など必要ないことは頭ではわかっていても、そんなところまで自分を落としてしまう思考がぐるぐると深い闇の奥まで渦巻いて、巻き込まれていく唐崎の感情のベクトルはどんどん下を向いてしまう。
そして、とうとうへたり込んでいる気力すらなくなってしまったように感じてクッションに顔を押し付けるように倒れこむ。
楽しかった、んだろうな。
その時間はきっと自分の想像をはるかに超えて、唐崎にしばらく感じていなかった温かさを持ってきたことは、すでに自覚している。莉理亜が帰宅し、その静寂に思ったことで、自分がそれまでの時間をそう感じていたことは、明らかだった。
りりあんは、いつもあんな時間の中にいるのかな。
自分にとっては、そんな時間を誰かとともに過ごすこともできないどころか、そんな相手すらいない。いくら憧れても、私には叶えることができないんだ。
そう考えた途端に襲ってきた孤独感は彼女がそれまでまるで感じたことのなかったもので、渦の奥底に引っ張り込む力が強くなってしまったように感じてしまった、その時に唐崎の携帯端末が鳴動する。
寂しさと虚しさにやられた虚脱感に苛まれながらも、滅多に鳴らない端末のその通知につい手が伸びる。
そして目にしたメッセージの発信元は、華厳 莉理亜だった。
『くらんちゃん!今日はありがとね!めっっっっっちゃ楽しかった!!くらんちゃんも楽しんでくれてたらいいなぁ。あ、のうちゃんから電話あった話なんだけど、もっと詳しいことあったら教えるね!お父さんとお母さんにもよろしくだよ!久しぶりに会えてめちゃめちゃ嬉しかった。またお泊まり会しよね!改めてこれからもよろしく〜!!!!』
華美に装飾されたメッセージの文面からは、誰がどう見ても、と言えるほどに喜びに満ちている雰囲気が伝わってきた。
手が、震えていた。
なんでこんなわたしにやさしいんだろう。
反射的に理解ができない。けれど、ただただ憧れるだけだった空間に近づいた気がする。
糸口はやはり、莉理亜なのだ。
憧れをくれた張本人が、又してもきっかけになる。もう二度とないと思っていたことが、まさかこんな風に舞い降りてくるとは、思ってもいなかった。
期待していない自分であることが、生きるのにちょうどいいのだろうと思っていた。
そんな唐崎に、不意に訪れた再会は、これから先いったい自分をどう変えていくのだろうか。
手の震えの正体は、恐怖か緊張か、それとも。
籠を編む手は止まらない。
それはまるで止めることのできない時間のように、止むことを知らずに籠を編み続ける。まるでそのために生まれたような籠は、自らをどんどん強くしていくが、それはその中の星たちが輝きを増し続けているからなのか。
編まれる縁は、もう一つ、先の未来へ。
Continue to Brightness…
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