episode±7[君が教えてくれたこと]

 開戦スタート

「ちっ!そっちかよ!」

 2年生の女子生徒が毒づくが、言い切った時にはもう何かに吹っ飛ばされている。

「トップギアから行くよ」

 縫至答ほうしとうげんだ。

 吹っ飛ばされたその生徒は、かろうじて転倒することはなく、両足で着地する。

 そしてその両手に、腰から取り出した扇子が咲き、上下に構えるとその間に半透明な玉が形成される。

「いつも、通りよろしくね。縫至答様!」

 語尾とともに、その半透明の玉が縫至答の方に圧倒的な速度で発射された。

 その軌道を読み取り、しゃがんで地面に片手を付くと、ごごごご、と言う音と共に、背後に控えあっけにとられていた西央の前に猛烈な勢いで分厚い土の壁が、アスファルトから出現し、その半透明の球体はその壁にぶつかって消失する。

 その間に、女子生徒の足元からもう一つの壁が出現してかまされるアッパーカット。

「……がっ」

 歯が数本、折れたのか抜けたのか、口から吐血とともに吐き出されるのが見えたが、縫至答の姿勢は変わらない。

 そこからさらに5回、地表から突き上げてくる土壁の最上部の平面にコンボを決められ、最後には鋭く尖ったそれに左腕を肩から切断されてしまう。

 流血、などと言う状態ではない。ボコボコにされた上で、腕がもがれた。

「…忠告はした。覚悟はあったんでしょう」

「……っ!!」

 痛みで声にならない女子生徒。

「片腕でも来れるなら来なさい、君塚きみつか子々吏ししり

 告げられた名前。君塚は、この世とは思えない痛みに苛まれながらも立ち上がる。

「ちょ、ちょっとのうちゃん先輩!」

 西央が、ここでようやく状況に対して反応ができた様で、声をあげた。

「な、何してるの!人殺すの!?」

「大丈夫。空の色、おかしいでしょう?」

 そう行って会話を始める間、君塚は痛みにまずは耐えるために堪えていて、動けない。

「それはそうだけど」

「この空間はね、起こったことを全てチャラにしてくれる超便利な空間なの。あいつ、君塚 子々吏のMGよ」

 西央は、そこで改めて確信した。この縫至答 乃は、人が変わってしまっている。そして、一点疑問が生まれた。

「あの風の玉もそう。君塚 子々吏は、インフルエンサーなの。多重能力者。他人にMGを感染させる能力持っているかもしれないキャリア」

「で、でも」

 君塚の惨状に心配が止まない西央。その心境は当たり前だ。いきなりこの様な惨状を目の当たりにしているのだから。

「大丈夫……で、君塚さん。片腕になってもまだやる?」

「……クッソ。きょ、今日は終わりで…」

 君塚がそう言うと、空の色が元に戻り、土壁も消え、腕も戻っている。

「……本当便利だよね、その能力さ」

「あまり時間は持たないけどね……ね、そこの人」

 莫大な出血も嘘の様に消えている、もう痛みもないかの様に立ち上がる君塚。五体満足になった彼女を、心底不思議そうに見えいる西央を指差して、君塚が言った。

「は、はい」

「あなた、確か同じクラスよね」

「…や、やっぱり」

「ええ!?そうなの!?クラスメイト!?」

「あなたは別に敵じゃないからね。これも何かの縁。よろしく、西央ちゃん」

 あっけらかんと、今までの喧嘩や確執はなんだったのかと思うほどにフレンドリーに西央に握手を求める君塚。

「あ、え、えっと……」

 握手を求められた西央の視線が、気を使う様に縫至答に向く。

「……ん?ああ、気にしなくていいんだよ。私も、君塚さんのこと嫌いじゃないし全然」

「はぁ?!テメェ人の腕ぶち捥いでおいて何言ってんだ!?」

「ええ?好感なきゃ毎回毎回なんで喧嘩に応じるの?」

 さも当然のように答える縫至答。対する君塚は、意外すぎたのだろうその言葉に口が開きっぱなしだ。

「……は?」

「いや、わざわざ付き合っているんだし、嫌いな相手にそんなことしないじゃない」

「なにあんた、あたしのこと嫌いなんじゃないの?」

「そんなこと、一度も思ったことないよ。面白いなぁとは思ってたけど」

 縫至答が、まるで「赤信号は道路渡っちゃダメだよ」程度の常識の様にさらりと告げると、君塚の顔が本当の意味で固まり、

「……ちょ、ちょっと待って、帰って考えるわ。明日、教室行くかも」

「うん、いいけど明日は休みだから誰もいないけど」

「あ、そ、そっか……じゃ、じゃあ、また」

「はーい」

 去っていく君塚の項垂れた背中と左右に振り回されている頭を見送る縫至答と西央。

「…えっと、のうちゃん先輩」

「ん?なに、西央さん」

「い、今の何」

 結界展開以降、心底疑問な西央。

「あーまぁ。初めて巻き込まれたらわかんないよね。クラスメイトの腕が捥げるとか。えっと……ちょっと考えが生まれたんだけどさ、相談していいかな?」

「え、あ、はい」

「遅く帰ると、ご両親とか厳しい人?」

「いいえ。そもそも両親が遅くにしか帰らないので」

「なら、家も近いし、帰り送るから、ちょっとうちに来ない?」

「え?」

 縫至答が、何年振りかに他人を家に誘ったのであった。



 いろいろなしがらみが解ける。

 いろいろな、夢が生まれる。

 いろいろな、希望が見えてくる。

 

 そしてその向こうから、無数の絶望が彼女たちをのぞいている。




          Continue to Under the Lunatic………


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