episode ±4[逃げ水に追いつけ]

 ラボの入り口が並ぶ待合室。

 その待合室に複数設置されているソファの一角に、縫至答 乃、華厳 莉理亜、西央 紅のほか、もう一人の男性がいた。

「改めて、私は唐崎 綺玖蘭の父親の唐崎 研梓と申します」

「あ、すみません。私立酉乃刻高校三年の縫至答 乃と申します」

「同じく、2年の西央 紅と申します」

「ありがとう…縫至答さん?」

「はい。縫至答 厳成の孫に当たります」

 至極当然のように縫至答が答える。

「先生のお孫さんでしたか。それはそれは失礼を。先生はお元気ですか?」

「ええ。病気もなくピンピンしています」

「そうですか。それは良かったです」

 先程までの会話の主導権は華厳だったが、一度縫至答にシフトする。

「えっと…どういう?」

 西央が問いかけると、口を開いたのは縫至答だ。

「実は、苗字でもしかしたらと思ったんだけど。私の祖父ってとある大学の結構偉い人で。家で主席の唐崎って生徒さんのことをすごい自慢してたの。お会いするのは初めてだけど。唐崎さん、今も教育庁に?」

「ああ。相変わらずね。その仕事が、もしかすると娘の負担になっているかもしれないのだけれど」

 かつての恩師の話から、少しトーンが下がったように感じる三人。

「…どういうことですか?」

 華厳が問う。

「時間は、大丈夫かい?」

「はい」

 華厳の返答に対して、今度は唐崎の父ー研梓が縫至答と西央に問う。

「私はこの後検診がありますけど、それまでなら」

「私も」

「そうか。なら、みんな気にせず座ってくれ」

 三人は各々ソファーに座り、続く言葉を待った。

 そして、研梓の回顧が始まる。

「娘の綺玖蘭は、もともと活発な性格ではなかったんだ。それでも、莉理亜ちゃんと交流のあった中学時代は少し変わったなと思っていたんだ。妻も同意見でね。家でもよく、りりあんという名前が娘の口から出ていた。ただ…」

「…中学卒業してから、ですか?」

 言い辛そうな研梓に、華厳が心配そうに促した。

「…そうなんだ。よく接している妻が言うには、春休みの後半ごろからだろうか。少しずつ口数が減っていった。短期的なものかもしれないけれど、それまでの数年間とは人が違ってしまっていた」

「ご自分の、お仕事のせいかもしれないと言うのは…?」

 縫至答がやや申し訳なさそうに疑問を投げかける。

「娘が、私の仕事の性質上、何かあっても私や妻に言えないと考えているのではないかと思ってね。ここに通っているのも、正直、勝手に知ってしまったんだ。娘の口から聞いたわけではない」

「そんな……」

 華厳が心底意外そうに呟く。

「そうなんだよ。今綺玖蘭は、私がここにいることを知らない」

「………」

「キャリアならそういってくれればいい。否定なんてしないし、それならその立場でのいい生き方というのがある。個性と受け止めればいい。今のところ、生涯や、命に関わる様な影響が確認されているわけではない。白血病や、ガンとも全然違うものであるとされている。それなのに、以前は、少なくとも妻にはいろいろと話してくれていた娘が、塞ぎがちで。気になってこうして見に来ているというわけさ」

「……ん?黙ってついてきてるんですか?」

 さらりと発せられた研梓の発言に、華厳がツッコミをかました。

「実際のところはそうだよ。正直ストーカーだな。ははは」

「おいこら親父」

「やめなさい莉理亜ちゃん」

「はい」

「唐崎さんは、心配なのよ。娘さん、綺玖蘭さんのことが」

「ありがとう、縫至答さん。ただね…」

 研梓が言葉を濁した。

「主に妻が面倒を見るという申し出に、私が半ば無理やりしている感じもあるんだ。ストーカー呼ばわりされても仕方ないかもね」

「そんなことはないです!」

 自分で発言したことを否定しにかかる華厳。

「……くらんちゃんに何があったか、知りたくなるのは当然です!」

「莉理亜ちゃん…」

 研梓が唖然としたような声色で呟く

「莉理亜ですらこんなに心配なんですからお父さんが心配じゃないわけがないです!戻ってきたら説教だな」

「ちょっと莉理亜ちゃん」

 縫至答が制止に入るも、どうやら効果はない様で、

「いや、ここはぶちかまさないと、あの子はきっと何も話さないから。ダメだ!泣かしてやる!!!」

「…ありがとう」

「…え?」

 研梓の謝辞に西央が疑問符を浮かべた。

「いや、まだ娘をそんな風に思ってくれていたことに、感謝が出てしまった。ありがとう、莉理亜ちゃん」

「当たり前です。しばらく何もできてなかったけど、それでも友達だったし、今も友達ですから!」

「…ありがとう。こんな風に思ってくれる人がいながら、あの子はなぜ少しも頼ろうとしないんだろうね……」

 研梓は少し落胆した様な表情を見せた。けれど華厳には、それが、不意のものであるからこそ本当のものなのではないかと思えた様で。

「ちょっと失礼かもしれませんけど、くらんちゃん戻ってきたら、私のこと止めないでください」

「…わかったよ。何か考えがあるんだね」

「はい」

と、その時。白衣を着た研究員だろうか、1人の女性が近づいてきて、縫至答に声をかける。

「すみません。縫至答さん。少しお時間大丈夫ですか?」

「あ、はい。ごめんなさい、皆さん。少し席を外します」

「いえ」

「いってらっしゃー」

「ああ、気にせずに」

 送り出された縫至答は、受付近くでスタッフから説明を聞きにいった。

 ほどなくして戻ると、

「新規の人は今日診察とか診断できないんだって。なんかシステムの都合みたい。だから、二人は唐崎さんが戻ってきたらみなさんとテラスにでもいて。私は唐崎さんの次みたいだから」

「あいあいさー!」

 華厳が元気よく諸手を上げて答えると、西央もそれに続いた。

「わかりました」

 縫至答は事前準備のためラボ前室に入っていき、場は三人となったが華厳は止まらない。

「くらんちゃんに何があったとか、お父さんは知らないんですか?」

「…情けないことに、そうなんだ。実際何かことが起こっているわけではないから、私の立場を使うわけにもいかない。職権乱用になってしまうからね。そうしたい気持ちは山々なんだけれども…」

「やっぱり、彼女が話さないと、っていうことなんですね」

 無力感からか、一瞬口を閉ざした華厳に変わって西央が問う。

「そうなんだよね。様子が変であること以外汲み取れないし、本当に無力だなと」

 研梓がそう漏らした時、ラボの扉が開いて、唐崎綺玖蘭の姿が見え、その場から華厳が反射的とも言える反応速度で駆け寄っていく。




           Continue to Under the Moonlight…


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