episode ±3[水の底の泥]

 "頭の中を、不思議なイメージが占拠している。

 真っ暗な空間。それはまるで、お前に未来はないのだと言い聞かせるような闇が塗り潰している。

 しかしそこに、突如とつじょとしてくるくる回る色とりどりの風車が埋め尽くす壁が出現する。その壁の前に、四人の少女が浴衣姿で楽しそうに屋台ででも買ったのだろうかという食べ物を持って楽しそうに話している。

 私はそこにいない。

 けれど、不意に名前を呼ばれる。

 私は恐る恐る近づいていくと、その四人はまるでタンポポの綿毛のように、白い雪のように、霧散して消えてしまう。

 そんな夢を繰り返している日常が、私に纏わり付いて解けてくれない。

 きっと、なにかがあるのかもしれないけど、そんなことは私にはわからない。単純なる予感。直感?わからない、感覚。

 …まあ、どうせ、全て捨てた私にそんなことが起こるはずもないから、どうでもいいことなのかもしれなかった。"




 縫至答ほうしとう華厳けごん西央さいおうが出会ったその日の、放課後。

 見慣れた制服とは違う隣の高校の制服の女子たちが、何やら笑いながら彼女、唐崎綺玖蘭からさき きくらんを追い抜いていく。

 対する唐崎は、一人。

 電線が分割する空を見ていたがその楽しそうな嬌声きょうせいに反応して視線をそちらへ向けた。なんか電線も寂しそうだな、なんて思ってみる。

 その日の帰り道は、都合により遠回りを余儀なくされた。至極個人的な所用のせいだから遠回りという表現は正確ではないのかもしれなかったけれど、そうして歩くことは嫌いではなかった唐崎は、しかし好きでもなかった。

 こうして、虚しくなるからだ。

「……ふう……」

 中学まではうるさく付きまとってくるやけに賑やかな同級生やら、その人物に巻き込まれて集まってくるクラスメイトの集団の中にいたから友達はいた、と言える時期だった。

 けれど、散り散りになり、グループの中核役を担っていたそのとある女生徒と、進学先の高校が別となるとあっという間にその集団は崩壊した。

 きっとその女生徒は進学した高校で別の集団を形成していることだろう。相変わらず賑やかにやっているのだろうな、なんて思っていると、少しだけの寂しさが胸に訪れるけれど、感傷に浸る時間はなく、目的地に到着し、肩にかけた通学バッグの持ち手をぐっと握り直す。

 "よし。行こう。"




 縫至答と華厳、西央を乗せた電車が到着して三人はそのまま施設までの道を歩く。

「施設ってどこなんですか?」

 改札を出ながら西央が縫至答に問う。

「この駅のすぐ近くにある、大きな総合病院の中の地下なんだけどね、歩いて4、5分かな。何するところかっていうと、能力の研究とか分析とか、暴走しないように訓練する施設なんかもある。私たちみたいなキャリアが、MGムーンギフトと上手に付き合っていけるように色々ケアしてくれるところ。ちなみにお金はかかりません」

「え!?だーたー!?」

 縫至答の言葉に華厳が声をあげた。

「そうだけどなんで業界用語風なのかな」

「ほんとに無料なんですか?」

「うん。調査研究協力費名目で相殺してるの。たまに大きな実験とか協力したり、研究に有効なデータとか出すと、ギャラが出たりすることもあるよ。私も一回もらったかな。働いてる人の中にもキャリアの人もいたりするし」

「軽いバイトみたい!」

「まあ、もらえることがあるとしたら、大きな実験だから軽くはないよ。私の時は結構大変だったし」

「その時はいくらぐらいもらえたんですか?」

「えーと…」

 と、一瞬渋った縫至答だが、その後すぐに口から出た金額に2人は驚愕した。


 それからほどなくして施設に到着した3人は縫至答の案内で華厳と西央の新規登録などの受付や、縫至答の予約来訪の受付を済ませた。同じく縫至答の案内で、時間まで彼女で可能な施設内の案内を兼ねて歩くことにした。

 と、いうことになったのだが。

 人の数にしては広い、総合病院の受付かというほどの規模の待合室だが、並ぶソファーはまるで洒落た家具屋のそれだった。そこで、華厳が何かを見つける。

「……あ、あれ?」

「ん?莉理亜りりあちゃんどうしたの?」

「ちょ、ちょっとごめん、ちょっと待って!」

 そう言って、そこから少し離れたところのソファに俯いて座っている、他校の制服を着た女子生徒に小走りに駆け寄っていく。

 近寄るとその歩調が落ちて、恐る恐るというように近づいていく。

「え、えっと、あのー…」

「……」

 反応はない。声をかけられているのは自分だという意識はないのだろうか。上がらない視線は手元の本に落ちているのだろう、文庫本が開かれている。

 華厳の背後から縫至答と西央の二人も不思議そうにゆっくりと歩いて近づいてくる気配がするが、華厳の意識は集中的に目の前の女子生徒に向かっている。

「…あの、すみません。もしかして、くらんちゃん…?」

「……え?」

 華厳の問いかけからさらに一拍置いて、その女子生徒が顔を上げた。

 すると、堰を切ったように華厳がその、くらんと呼ぶ女子生徒に飛びついて抱きしめる。

「やっぱり!くらんちゃんだ!!久しぶりー!こんなところで何してんの!?」

 テンションが急にマックスまで上がったかのような華厳の勢いに呆気にとられるその女子生徒。

 そんな華厳の様子を見て、すでにわずかな距離まで来ていた縫至答と西央も駆け寄ってくる。

「…え……え…ええ?りりあん??」

「そうだよー!うっわ本当に久しぶり!!」

「なんで、こんなところで…」

 そこで、その女子生徒が縫至答と西央を見つけたのだろう。華厳と同じ制服であることを認識した時。

「え、えっと、莉理亜ちゃん?」

 縫至答が華厳に声をかける。

「あ!ごめん!!びっくりしすぎて忘れてた!」

 すると一旦女子生徒から離れる華厳。

「中学の同級生だったくらんちゃん。えっと唐崎綺玖蘭ちゃんです」

「あ、か、唐崎です…」

「んでこっちは縫至答先輩、のうちゃんと、西央 紅ちゃん、つうしょうべにちゃん」

「……それもう通称なんだ……」

「え、じゃあ、ここにいるってことは…」

 縫至答が伺い計るように口にする。

「そう!なんでこんなところにいるのさくらんちゃん!?」

「…誰かの付き添い?」

「……あ、いえ。私、例のキャリアなんです」

「……ええ?!」

「莉理亜ちゃん知らなかったの!?」

「ぜんっぜん。まさかくらんちゃんもだなんて」

「あれ、りりあんもそうなの?」

「そうなのー!今日はこの施設をのうちゃんに紹介してもらいに来たんだ」

「へぇ。そうなんだ」

「なんか今日すごい遭遇確率ですね……」

「そうだね……」

 西央と縫至答が感心したその時。

『受付番号32番の方、ラボEまでお越しください』

 放送で呼び出しのアナウンスが入る。

「あ、私だ。行かなきゃ」

「あ、そうなの!?」

 唐崎が、その番号が自分であることを告げると

「あ、じゃあ、終わったら一緒帰らない?!」

 と、華厳が提案すると、

「…うん。久しぶりだしね」

 と答える唐崎。しかしその表情は、再会を喜んでいるようには見えなかった。どちらかといえば、落ち込んでいるような。

「じゃあ、一階に自由に使えるテラスがあるから、そこで待ち合わせにしますか?」

 施設に詳しい縫至答が提案する。

「あ、はい」

「わたしの方が受付遅いからだけど、もし時間がなかったら先にみんなで帰っちゃっていいからね」

「やだ!のうちゃんも一緒!」

「はいはい。まあ、予定が許すなら」

「時間は大丈夫です」

「…そっか。あ、引き止めてごめんなさい」

「いえ、では…」

 うやうやしく会釈をして立ち去った唐崎は指定されたラボに入っていく。

「……なーんか違う。あれは莉理亜の知ってる唐崎綺玖蘭じゃない」

 すると、唐崎の座っていたソファーのさらに後方に置かれたソファーから、一人のスーツ姿の男性が近づいてくる。

「…あ」

 通り道の邪魔かと思った縫至答が身を壁に寄せるも、その男性は三人に加わるように歩を止め、会釈した。

「突然すみません。酉乃刻高校の華厳 莉理亜さんでおお間違えないでしょうか?」

「へ?!あ、はい、そうですけど…ん?」

 返答し、何かに気づいたような表情を浮かべる莉理亜。

「…私」

「あー!くら…綺玖蘭ちゃんのお父さんだ!」

「あ、覚えててくれたかい」

「もちろんですよ!お泊まり会とかお世話になったし!」

「それは、ありがとう」

「どうしたんですか。お父さんまでこんなところに」

 華厳が問うと、男性は少々言いにくそうに答える」

「実は、綺玖蘭のことで相談があって」

「……なんか、綺玖蘭ちゃんどっか変わっちゃったのかなーって思ったんですけど、もしかして関係あります?」

「…おそらくあるかと思うんだ。少し話せるかい?」

「もちろんです」

 おそらく受付まではまだ時間があると思い、華厳 莉理亜は快諾した。



             Continued to Moonlight.






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