【第三部】第二章「大吾の後継者・帳の勝負!」
新年の騒がしい時期が過ぎ、楼雀(ロウザク)組の新年会も落ち着いたころだった。縁側で二人の組員が碁を打ちながら話をしていた。
「あー、楽しい年末年始。終わっちゃいましたねー」
「そうだなぁ。って言っても、俺らもこうして碁を打たないと息が詰まっちゃいそうで、もうな」
すると、玄関に普段はあまり顔を出さない「インテリ系の男」がひのの父に肩を貸しながらふらふらと入ってきた。
「あれ?あの人、おやっさんじゃないっすか?どうしたんでしょう?」
「ちょっと行ってみようか!」
二人の組員が玄関につく頃、ひのの母、咲は父を顔を青くしながら見ていた。父は銃創にうなされながら、包帯を抑え、玄関に座り込んでいた。
「うう、気が緩んだ」
「お前たち、ちょっと水汲んで来な!あと、大広間に布団を敷いておあげ!」
「へっ、へーい!」×2
**
父は布団に寝かされると母に手を握られながら、うわごとのように言った。近くにはインテリ系の男と他数人の幹部以外、掃けているようだ。
「咲、聞こえるか?」
「はい」
「一度しか言わないからよく聞いてくれ。俺はもう無理できる歳じゃない。宗一かひのにそろそろ継がせてやりたいんだ」
「大吾さん、何言ってんのよ、あの二人はまだ若すぎて何もできないでしょ!」
弱音を吐く父に対し、檄を飛ばすように言う母。それ以上に年齢が若すぎると叱った。
「実はな、この前、医者から酒の飲み過ぎで『肝硬変』って診断されたんだ。疲れやすくなっちまって、歳も歳だし……」
「大吾さん、あんたが引っ張らないでうちの組を誰がまとめろっていうのさ!弱気にならないでよ!」
母は強く手を握りこんだ。父は長旅の疲れもあり、布団でくたっと落ちるように眠ってしまった。
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「ただいまぁ!」
ひのが家に帰ると水を打ったように静まり返っていた。珍しいこともあるものだと、大広間に行こうとすると、後ろからインテリ系の男に話しかけられた。
「お嬢、お帰りなさいませ。ちょっと今いいっすか?」
「ああ、いいよ」
場所を変え、四畳半くらいの小さな部屋にひのは呼ばれるとインテリ系の男が口を開いた。
「お嬢、実は今日、おやっさんが帰ってやして、あの部屋におやっさんが寝てるんです。しかし、公にしたくない事情があるのですが、聞いてくれやすか?」
「ああ、いいよ」
「実は、おやっさん酒の飲み過ぎで肝硬変になってしまいやして、今回旅行中に疲れてたのか、銃撃を避けられず、傷を貰ってしまったんす」
「えええ!?やっぱりやらかすと思ったよ!あんの、親父……」
思わず声を荒げるひの。インテリ系の男は、ひのに重い口調で言った。
「それで、おやっさんは、若かお嬢に継いで貰いたいって頑なな意思がありやして……」
「私?私が?!まだ17だよ?小娘に何が出来るっていうの?!」
「そういうと思いまして。おやっさんの意思はありますが、あっしはお嬢に『普通の女性としての』幸せな道に歩んでほしいと思ってるんす」
「少し考えさせて」
「またお返事聞かせて下せえ」
ひのは扉を閉めて出ていった。
**
ひのは学校で授業を受けるも、手につかなかった。自問自答していたからだ。相当考えていたが、以前、美鈴と自分の大きな違いを見せられて、更に落ち込んでしまった。
「私が?私がだよ?なれる訳ないじゃん!頭は母さんより良くないし、そーにぃみたいな胆力も勝負強さもない。ましてや、親父みたいな腕の強さもあるわけじゃない」とひのは思い、悩んだ。
しかし、ひのはあれだけ望んでいた「普通の生き方」をすることに対しても悩んでいた。
「あああ!もう!私の幸せって何?!」
ひのはひとりごちた。そして頭を抱えて悩んだ。
「誰にも言えないよ、こんな重い話。」
**
ひのは疲れた表情で過ごしていた。親友の友子はそれに気が付くと、不思議に思い、声を掛けてくれた。
「ひのっち、どうしたの?目の下に相当濃いくまが出来てるよ」
「ちょ、ちょっと最近寝不足でさ」
ひのは作り笑いをし、笑顔を返した。
「悩んでることでもあるんでしょ。気のせい?」
「大丈夫、大丈夫」
彼女は笑う。しかし友子は強がっているひのが心配で心が痛んだ。
「私の事、そんなに信用できない?付き合い長いから私にはわかるんだよ?」
ひのはその言葉に嘘はつけないと思い、観念して話し始めた。
「……実はね、ともちゃん、(うちが組なの)知ってると思うけど、うちのお父さんもう無理できない身体なの。で、後継者を決めるって言ってて、そーにぃか私に引き継がせるって言ってて」
「ええええ?!嘘でしょ?!」
友子は予想外の答えに声を出して驚いてしまった。
「……だから言えなかったんだよ。一介の女子高生に組長やれなんて無理な話でしょ?」
「でもさ、ひのっちのやりたいようにやったら?出来ないなら出来ないって言えばいいんだし」
友子は苦笑いし、間を置いて続ける。
「私は普通の女の子だから分からないけど、ひのっちが一番納得する形になるといいね。本当はどうしたいの?」
ひのは思い巡らし、重い口を開いて言った。
「ちょっと、親父に話してみるね」
「うん、頑張ってね」
**
ひのは、家に帰った。今日も父は静かに広間に寝かされていた。疲れていた様子で、安静に過ごしているようだ。ひのは話がしたいからと周辺にいる組員たちを部屋から追い出して、二人になると、父の手を取って話し始めた。
「親父、いやお父さん、ちょっと話があるんだけど、聞いて貰っていいかな?」
父は起き、ひのの方を無言でじっと見つめた。ひのは頷き、話し始めた。
「私、後継者は無理だよ。ごめんね。資格はない。知性も胆力も、人望も。この一年間ずっと春先から考えてきたんだけど、私には素質が無くって」
ひのは落ち込む。その目には光が無かった。それを見ながら、父は静かに語った。
「あれは雪の降る冬の時期。今日みたいな日だったなぁ。ちょうど咲も宗一の子育てが落ち着き始めた頃。女の子が欲しいって言ってたんだ。そして、俺もやっと海外の仕事が落ち着いて、ゆっくりと家に帰った。それから、一週間の休暇を経て、咲は二人目の子どもを身籠った」
ひのは黙って聞き入っていた。自分の出生時の話を聞いているのだ。
「出産予定日に差し掛かる頃、また俺は海外から帰ってきた。ちょうどその時くらい。先代が俺に継いで欲しいって言って、楼雀組の枝組を立ち上げようと盃を交わした時期だったんだ。お前が生まれた。その時、五人の今の幹部の連中が『虎の子のような女の子』が生まれたから、お前の事を『若虎の嬢』って呼んだんだ。だからお前に俺は継いで欲しい」
父の意思を聞くひの。黙っていた。そんな思いがあるとは思わず。そして少し涙ぐんでいた。
「断れないじゃん。そんな話聞いたら。そーにぃはどうなの?そーにぃは」
ひのは宗一の話を口にした。父はそれを聞き、悲しそうに答えた。
「あいつか?あいつは残念ながら身体が弱いんだ。それに咲も言ってるが、お前はすごく努力家なのを俺は聞いてる。いつも怠らないで薙刀を五歳の時から振り続けてる。度量や胆力なんてそんなもの、いくらでもついてくるものだ」
父はそう言うと、横になり言った。
「すまない、少し横になる。長く話しすぎた」
「お父さん、一言だけいいかな?『私に普通の女としての幸せ』も選ばせて欲しい」
「……好きな男でもできたか?」
ひのは何も言わなかった。父にはすべてお見通しだったようだ。そして、ひのは静かに胸にある事を決め、父の元から姿を消した。
「あいつ、いないじゃないか。まぁ、好きなように生きてみろ」
**
さて、時は三日過ぎた。ひのは校舎裏に美鈴を呼ぶと、宗一立会いのもと、ある事を話し始めた。
「ねぇ、そーにぃ。今から言う事を聞いて欲しいの。明日の夜、組員立会いのもと、花札『おいちょかぶ』でみーさんと勝負するの。その親役をやって欲しい」
凛とした目つきでひのは宗一と美鈴を見た。
「ひの、何で私と勝負をしたいの?賭けるものが無いじゃないの」
不思議に思う美鈴。そして、ひのは宗一に一旦離れさせると、恥じらいつつも意を決して話し始めた。
「私は京介が好き。一緒にいて楽しいの。でも、みーさんが京介の事好きなのも知ってる。譲って欲しいなんてこれっぽっちも思ってない。だから、今度告白する前に蹴りをつけたいの」
「そんな賭け事で……」
人の気持ちはどうこう出来るものではないと言いかけたが、美鈴も改めて分かった。お互いに真剣な事を。そして、少し間を置いて美鈴は言った。
「……分かりました。受けましょう。明日の夜、私は楼雀組に行きます」
宗一を呼び戻す。そして、宗一が取り決めた。
ルールはこうである。「おいちょかぶ」とは、花札を使った、トランプの「ブラックジャック」のようなゲーム。花札の一~十二月の数字を足した数のシモがカブ(九)に近かった者が勝ちである。また、親と同数の場合、親が勝ちになる。場に札が四枚あり、それぞれの札にかけ金を置き、引いていった後、親が引いて勝負する。
宗一とそれぞれ十回勝負で、それぞれの持ち金は千円。一点二五〇円までの賭けを許可する。二点までの賭けを許可し、そしてカブ(九)を十回中三回出せば、その時点で勝負は終了。また、決着が付かない場合は、延長戦にし、かけ金五百円の三回勝負に持ち込む。サンタ(三)は強制引き、シチケン(七)引き無しの強制終了。特殊役は無し(ぞろ目など)。公平に取り決める為、先攻勝負を五円硬貨の裏表で決める。
「……こんな感じで行こう。丁半も勝負が早いけど、ここはひのの意思に任せよう」
「よろしくお願いします」
ひのは深々と二人に頭を下げた。
**
夜になり、窓辺が雪明りで照らされる。ひのは着物を着て、袖を襷(たすき)でまとめ、髪を結っていた。宗一は黒い袴に着替えており、気合を入れ直すために、日本酒を口に含むと、日本刀に吹きかける。そして、居合切りをして精神統一をした。時刻が八時に回る頃、美鈴が訪れる。
「お待たせしました」
「……始めましょう」
**
宗一は五円硬貨を手に持つ。そして二人に表と裏、どちらにするか決めるように指示した。ひのは表、美鈴は裏と言う事になった。
宗一は親指で弾く。手の甲に乗せると裏が出た。宗一は静かな声で言った。
「みーさんが先行だね、ひのが後攻だね」
組員は息を呑んで見た。悔しそうにしている者も数人いたが、静かな空気に声を押し殺していた。
宗一は慣れた手つきで花札を切る。場の四枚の札は、梅に赤タン(二)、牡丹(六)、桜(三)、菖蒲(五)だった。美鈴は、梅に赤タン(二)と、菖蒲(五)にそれぞれ様子を見るために百円ずつ賭けた。
梅(二)には桜(三)が来て、ゴケ(五)。そして、もう一枚の引きを決める。牡丹(六)が出て、札はピン(一)に。菖蒲(五)は牡丹に青タン(六)で合計数が十一のシモがピン(一)なので、もう一枚引く。そして、赤藤(七)が出て、オイチョ(八)。宗一は、牡丹に蝶(六)と紅葉(〇)でロッポウ。持ち金は変わらない。
三回戦。宗一が花札を切る。そして、並べると場の札は、牡丹に青タン(六)、紅葉に鹿(〇)、梅に赤タン(二)、桜(三)である。美鈴は、二回戦の勝負で、持ち金が七五〇円に食い込んでしまった為、牡丹に青タン(六)に二五〇円賭けた。出た札は、梅に鶯(二)でオイチョ(八)である。とてもいい引きだ。宗一は、紅葉(〇)と菖蒲(五)が二枚であり、合計数が十のシモの桁「〇」で、数字はブタ(〇)であり、持ち金は千円に回復する。
七回戦。場の札は紅葉に鹿(〇)、菊の花(九)、青藤に赤タン(四)、梅に鶯(二)である。優勢に勝ち進んでいる美鈴。持ち金は、千二百五〇円である。美鈴は梅に鶯(二)に二五〇円賭ける。菊(九)が出て、ピン(一)なので、もう一度引く。そして、梅に赤タン(二)でサンタ(三)。宗一は、桜(三)と菖蒲(五)でオイチョ(八)だ。負けてしまい、かけ金は回収されて持ち金は千円になってしまう。
そしてラスト。持ち金がこの勝負で左右される回だ。
場の札は赤藤(七)、青藤(四)、ススキに雁(八)、梅に赤タン(二)である。
美鈴は長考し、覚悟を決めると勝負に出、赤藤(七)とススキに雁(八)にそれぞれ二五〇円賭ける。
宗一は山札から二枚引く。出た札は、赤藤に赤タン(七)にススキに月(八)でゴケ(五)だった。美鈴の赤藤(七)はロッポウ(六)となり、ススキに雁(八)はゴケ(五)となったので勝ち負けなしの持ち越しになった。よって持ち金は変動しなかった。美鈴は大勝しなかった為、落ち込んで溜め息を吐いた。次の十回戦で勝ち負けが決まる。
ひのの番が来た。宗一は花札を切る、場に出た札は牡丹に青タン(二)、ススキに月(八)、菊(九)と菊に青タン(九)だ。
ひのは、ススキに月(八)に二五〇円賭ける。すると松(一)が出て、数字はカブ(九)となった。因みに、宗一は松に赤タン(一)と赤藤に猪(七)でオイチョ(八)だ。きわどい勝負。獲得金額は二五〇円で持ち金が千二百五〇円になった。
二回戦。場の札は梅(二)、ススキに月(八)、菖蒲に八ッ橋(五)、紅葉に鹿(〇)。ひのはさらに勝負に賭ける為、先ほど勝ったススキに月(八)に二五〇円賭ける。出た札は青藤にホトトギス(四)であり、ニゾウ(二)である。「サンタ(三)に止めなし」なので、もう一枚。菊に青タン(九)が出て、札はピン(一)となる。宗一は、菖蒲(五)と桜(三)でオイチョ(八)だ。掛け金は宗一に回収されてしまう。
五回戦。場の札は菖蒲(五)、紅葉に青タン(〇)、牡丹(六)、菖蒲(五)だ。負けこんでいるひのは、さらに勝負に出る為、二枚の菖蒲にそれぞれ二五〇円ずつ賭けた。札は牡丹に青タン(六)でピン(一)となり、もう一枚引いて赤藤に赤タン(七)でオイチョ(八)。もう一枚は桜(三)が出て、オイチョ(八)とてもいい感じだ。宗一は、青藤(四)、ススキに雁(八)、桜(三)でゴケ。回収できた金額によって若干優位に立ち、四〇〇円の回収。持ち金は千百五〇円だ。
ラスト。この勝負でひのは負けが決まる。
ひのの持ち金は七五〇円だ。先ほど、千円で持ち越した美鈴に対して、不利な状況である。
宗一は花札を切る。場の札は菊(九)、松に鶴(一)、菊に杯(九)、松(一)である。
ひのは、緊張しながら賭け金を置く。負けを取り戻すため、菊(九)に二五円、菊に杯(九)に二五〇円賭ける。周りの組員も優位に進んでいる美鈴に対して、ひのを応援したい気持ちを抑えつつ、息を呑んで見守る。宗一は両者の間に中立に立ちながら冷静に見守っている。
……賭けが終了し、札を引く。
すると、菊(九)はススキに雁(八)が出て、シチケン(七)に。菊に杯(九)は紅葉(〇)が出て、カブ(九)になった。宗一の札は、菖蒲に八つ橋(五)、ススキ(八)、赤藤で(七)でブタ(〇)になってしまった。なので、持ち金は四七五円の勝ち越し。トータルで百二十五円の黒となった。
「延長戦は無しだね。これで、ひのの勝利が決まったのかな」
ひのは肩の荷が下りた。宗一は美鈴とひのに聞く。
「……で?二人は何を賭けていたの?」
「……」
「……ひの、ちょっといい?」
美鈴はひのを呼ぶと、四畳半の部屋に入って襖を閉めた。
**
「……緊張した?正座、崩してよ。その襷も取っていいよ」
美鈴はひのに言った。そして、女の子らしく話し始めた。
「あーあ、負けちゃった!……やっぱり恋する女の子には勝てないかぁ!」
溜め息をついて足を崩す美鈴。悔しかったのか、足をバタバタしている。
「いやいや、みーさん強すぎるよ。私には勝てないと思ったもの」
ひのは謙遜を込め、美鈴を褒める。しかし、美鈴は少し涙ぐんで話し始めた。
「私、ひのと京介さんが一緒にいて仲良くしてるの知ってたんだ。この街に越して来た時、一目惚れして、頑張ってデートに誘ったし。でも、やっぱり叶わないね。京介さん、どこか楽しめてない雰囲気で、私の事なんか見てなかったもの。私が好きだったのは『いとこに優しくしている京介さん』の姿だったのかも知れない。最初は一目惚れだったけど、こんなに好きになるとは思わなかったけど」
「……」
何も言えないひの。これから交際を申し込むのがとても怖い反面、傷ついている美鈴に対して、賭ける言葉が見当たらなかったからだ。せめて慰めの意味合いも込め、ひのは言った。
「みーさんは美人だからいい人現れます。あいつに負けないくらいいい人見つけてください!」
「うん、ありがと。頑張る。だからひのも頑張って。あ、そうちゃん待ってるからいこ!」
美鈴は涙を拭き、先に大広間に戻って行った。
ひのは一人で少し考えてから続けて戻った。
「告白か……。私にできるかなぁ」
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