【第二部】第四章「度重なる不幸。少年よ、強く生きろ」



 巴は暴走族時代の話に花が咲き、京介は家を追い出されて、巴からお遣いを頼まれた。美鈴は少し名残惜しそうにしていたようだった。


 アネキは自分の事には誰よりも執着がある。そのくせして、他人の事なんかカラッキシ。だから俺をこうやって苛めて快楽得られるんだ。と京介は思った。


 「でも、頭が上がらないからこうやって書店まで来てる俺がいる……と」


 正直めんどくさい。アネキが家に居なきゃさっさと家に帰って寝てしまいたいんだけど、半分は家に帰りたくない。何故ならアネキに連れまわされるから。京介はぶつぶつと文句を言う。


 「あー、めんどくせえ。こんなもん買わなきゃ、家に帰らずにネカフェ辺り行って寝てられんのに。」


 京介は受け取った二千円をひらひらさせながら中に入って行った。 そしてがっしりした巨体の男にぶつかる。


 「いやん。」


 「あ゛?!何言って?!」


 京介は上を向くと、口紅、ファンデ、マスカラ前髪がカールしたお世辞にも可愛いとは言えないオカマがくねくねしてた。


 「……無視して行くか」


 「ちょっと待ちなさいよ!」


 振り向くと、もう一人のオカマが。前者がピンクの服を着ていたなら、後者は紫か。どちらにせよ、小一時間見つめていたら確実に目が腐ってしまいそうだ。さりげなく酷な事を思う京介。


 「何か用かよ!俺は急いでんだぞ!」


 「なんでぶつかっといて何も言わないの?」


自棄になっているのか、連れのオカマの声が野太くなった。


 「けいちゃん、いいから。行こうって」


 けいちゃんと名乗る俺がぶつかったオカマは恥ずかしそうにその場を去ろうとしている。しかし、もう一人のオカマが白黒つけようと……うわー、めんどくせえ。


 「この件は無かった事にして、お茶しませんか?奢りますし」


 「いや、遠慮しと……。」


 「こんないい男、私たちがほっとくわけ無いでしょうが!!三十分でいいから付き合いなさい!!」


 野太い声で言うと、オカマ二人は京介の手首を掴み、無抵抗な京介を、拉致するようにずるずると引きずって行った。


 「逃がさないわよーん。」


 「まー、けいちゃんったら好戦的。私には恥ずかしくて無理だわ。」


 俺をひっ捕らえたお前が言えた事か。……って言えるわけもなく。 京介は悲しくなった。


 「取り敢えず……誰か、助けてくれーー!!」


 こうして、京介にとっての悪魔のティータイムが始まる事となった……。


 京介、糸冬了のお知らせ。




**


 その頃、ひのはと言うと……。


 デッキブラシを片手に、脚を組んで机に腰掛け、友子がその側に立っている。そして、何故かヤンキー二人に正座をさせてお説教をしていた。




 「で、何で森城町の連中がうちの高校に来てるの?ええ?」


 「うるせー!龍崎はどこだッ!」


 「私が知りたいくらいよ!!」


 「そうだそうだ!!俺らはこの学校に龍崎がいるって噂を聞いて、わざわざ片田舎からチャリ漕いで一時間半かけてここまで来たんだぞ」


 「へぇー、それはご苦労な事で。田舎でヤンキー張りたきゃ、田舎に帰れっつーの!!ここは乳臭いアンタらの居場所じゃないんだから!」


 ひのはデッキブラシの柄で地面を激しく小突く。


 「ひいぃ!」


 二人はひのの気迫にたじろぐ。脚もいい塩梅で痺れ、動けなくなってきていた。心身共々。何故このようになったかと言うと、事は数十分前に遡る……。




**


 彼らの名前は桐沢と柳川。桜坂高校の二駅離れた男子校の生徒たちだ。


 「ついに来たな。『桜坂高校』」


 「そうだな。うちの学校のバスケ部のアイツの話によればここに龍崎って奴が頭張ってるらしくて、殆どのヤンキーが何にも出来ないでいるとか。馬鹿っくせぇー不良騒動でも起きなきゃ、学校なんて楽しくないよな」


 「だな。わざわざ山ん中からチャリ走らせてきて、ここまで来たんだ。退学覚悟の騒動でも起こさなきゃ気がすまねぇ。」


 「さて、行くぞ!」


 「……ん。」


 京介は二年生。学校の二年棟を目指し、二人は肩を揺らしながら歩いて行った。肩を張って、肩で威嚇していたが、実は彼らは少し濃い顔立ちをしていた。言うなれば、桐沢がゴリラ。柳川がチンパンジーみたいな顔をしていた。人間離れしていたその野生顔に、周囲の人間は驚くどころか、興味を示すばかりで。


 二人は注目されることに恍惚感を覚えていた。そんな中、ふと正面を見ると、大声を張り上げながらこちらに爆走してくる一人の少女が。そう、我らがひの嬢だ。


 「邪魔邪魔!!!!どいてどいてー!!」


 「おい、前から柴犬みたいな顔した小さい女が走って来るぞ。小さすぎて見失いそうだ!!」


 「……え?」


 柳川が饒舌気味に言い、桐沢が寡黙に答えた。


 そして……衝突。無論、キレるひの。




 「いったぁー。アンタら、ぼさっと歩いてて死にたいの?!廊下のド真ん中、邪魔っ臭く歩きやがって!」


 「あ゛あ゛ん?!お前、小学校の時『廊下は走るな』って教わらなかったのか?」


 「そんなメンドクサイ事守る訳無いでしょうが!!案外お子ちゃまなのね」


 「お前はおれっちたちに喧嘩売ってんのか?」


 柳川が答える。柳川は挑発に乗りやすい性格だ。


 「そっちこそ!私は急いでたのに邪魔しやがって!」


 威張るひの。正論を押し通そうとする彼ら。飛び散る火花に喧嘩の終点が一向に見えず、ただただ、憤怒のオーラが廊下を覆っていった。 誰か止めなければ日が暮れても終わらないんじゃないかって思った時だった。


 「いい加減にしなさい!馬鹿ども!どっちでもいいじゃない!」


 「ともちゃん……どうしてここに?」


 「何だお前は?」


 「ごめんなさいねー、ウチの友達が迷惑かけちゃって。ひのに代わって謝っときます。動物園に戻ってくださいねー」


 「これはこれはご丁寧に。っておい、失礼だな!」


 「お前ら、つけ上がんのもいい加減にしろよぉ!」


 桐沢もキレた。しかし、ひのが暴れて、一方的にその場の収集を無理やり付けたのだった。




**


 「おれっちは負けたなんて思ってねーからな!」


 「まだうやむや……オデ疲れた」


 「あー、はいはい。御託はまたいつでも聞くから。片田舎から来てわざわざご苦労様」


 ひのは負け惜しみを言う二人をさらっと流し、耳を塞いだ。そして、友子はひのに身の振り方を聞いた。


 「で、ひのっちはどうするの?この後」


 「んー、やっぱり私としては、京介が今日に限って会えないし、探そうと思ってるんだけど」


 「俺らも来た意味ねーから一緒に探すぞ!」


 「げっ!アンタらもついてくんの?めんどくさい」


 ひのは柳川に苦い顔をして答えた。


 「……お前にとって……あいつ……どんなソンザイ?」


 桐沢はひのと京介の関係が気になり、重い口を開いた。


 「ああ?その口か?私の気に障るような言葉を量産するのは!」


 「まだ一言しか……いってない」


 ひのはデッキブラシの柄を桐沢の口に押し込んでぐりぐりいたぶった。しかし、その言葉によってもう一人の人物の探究心に火を点けてしまった。


 「うん。私も実は気になってたんだ。ひのっち、最近表情明るいしさ、何か機嫌もいいし、……龍崎君と付き合ってるんじゃないの?」


その言葉に赤面して戸惑うひの。言葉がごもる。


 「えー、あー……それは……なんだ、私とアイツは付き合ってるなんて生ぬるい関係じゃないんだ。アイツは私にとっての下僕なんだ。うん」


 ひのは恥ずかしそうに二回頷くと黙った。


 


 「えーちょ……いやーだ、ひのさぁん。もうそんなアダルティーな関係に至ったんですか?全くもぉ」


 友子はひのを井炉端会議のオバさんみたく、恥ずかしそうに叩いている。ひのは鈍いのか分からないが、ポカーンとしている。


 「なぁ、下僕って……こんな奴に従えたアイツは相当肝が座ってると思わないか?なぁなぁなぁ!」


 「オデ、カノジョ、……コワイ。」


 「理由がどうであれ、噂以上に龍崎って奴はモノ好きな奴らしいな。蓼食う虫も何とやらだぜ」


 「……だな。」


  桐沢と柳川は顔を見合わせてにやけ、自分が勝てそうな相手だと確信して頷いていた。




 「どーりでひのっちは龍崎君に執着してるわけかぁ。ほーほー。これは参った参った」


 「ともちゃん、なんか言った?」


 「いーや、こっちの話よ。気にしないで」




**


 俺は……何をやっているんだ? 京介は思った。


 今日は気がつけば十三日の金曜日。厄日じゃないか。柄にもなく占いを信じている俺にとって、大安吉日なんて言葉、一度も当たった事が無い。でもさ、厄日って一気に来るんだな。そう思っちゃったよ。目の前で地獄絵図が広がってるし。京介は思った。


 「りゅうちゃんはホットミルクがいい?それともココアがいい?ブラックだったらお砂糖入れようか?」


 「アタシが焼いたクッキーもあげましょうか?キャッ!」


 これが女の子だったらどんなに興奮しただろうか……と、京介は血涙を流す。何故なら、先程捕まったオカマ二人に連れて来られた場所は、大人数のオカマが経営するバーだったから!!




 「もう……何にも要らないんで帰らせて下さい」


 「んもう、釣れないわねぇー。せっかくサービスしてあげてるんだからもっとゆっくりして行きなさいよ」


 「そうよ、『りゅうちゃん』。」


 おえーーー。いつの間に俺の名前を「龍ちゃん」って呼ぶようになったし。勘弁してくれよ。 京介は思った。


 京介はふと窓越しに歩行者を見た。幸せそうに歩くカップルの集団が手をつないでステップをしていた。嫌気がさし、ガラスに爪を立てて引っ掻いた。店中に不協和音が響く。耳を塞いで悶えるオカマたち。悶える京介。負のループから抜け出せない。


俺は結構耐えた。結構頑張ったつもりだったよ。でも、関の山とか、臨界点ってあるだろ?限界って言葉が。京介は思った。そして渾身の力を振り絞って、京介は椅子から立ち上がると、一直線に出口目がけてダッシュをした。




 「あ、窓の外にイケメン!」


 「え?どこどこ?」


 集団で窓の外に群がるオカマ達。しめしめ。京介は思った。そしてそのまま走った。


 しかし、厨房に入ってた一人が彼を見て、逃げようとしているのに気が付いた。


 「あ!待ちなさいっ!!」


 「止めるな!俺は行くんだっ!」


 扉はドアノブの形状からして、押して開けるタイプか。そのまま突っ込めば開くな。


 京介はそのまま脱出してやると意気込み、更に速度を増す。しかし、もう一人のオカマが、仁王立ちして扉の前に立ち塞がった。


 「行かせないっ!行かせないわよ!」


 「どけぇえええ!!!!」


 京介は大声を張り上げ、付いた勢いに跳躍を乗せ、オカマに飛び蹴りをかました。膝がちょうどオカマの鼻に当たり、顔を抑えてうずくまるオカマ。


 「イタタタタ……」


 「悪い、急いでるんだ。マジで。」


 罪悪感が、罪悪感が京介の頭からつま先に一気に突き抜けた気がした。しかし、それと同時に般若の様な形相で京介を睨む姉の顔が、彼の頭から離れなかった。


 京介は自分を奮ってドアに体当たりをする。




 「大丈夫?」


 「あ、鼻血出てる。早く冷やさないと。」


 「ぅうー、くらくらしてきた。」


 オカマの仲間想いの気持ちは想像よりも熱いもので、京介を相手にする人が居なくなったと思った。彼はそう思ってたんだけれど。


 「よし勝った!」


 京介はドアをガチャガチャさせて……あれ、これって押して開けるタイプじゃないのか?騙されたあああ!! 嘆く京介。


 ドアはスライドさせるタイプだったらしく、レールからドアが外れてしまって、変なとこに噛んでしまい、動かなくなってしまった。後ろからは殺気立ったオカマ達が京介に迫って来る。


 「りゅうちゃん、このまま逃げる気だったのかしらぁ?」


 「気を失ってる『エツコ』の責任、とってくれるの?」


 ずいずいって気持ち悪い顔を近づけて来るなぁああ!グロテスクな顔で怒らないでよおおおお!!!京介は泣きそうになった。


 「オカマの恨みって怖いのよぉ?男の恐さと女の執念を併せ持ってるんだからっ」


 「あ゛あ゛ー!ごめんなさい!ごめんなさい!」


 京介は気が付いたら泣いてた。うん。人生で二度目のトラウマだね。失禁?あ、気にしないで。 彼は思った。


 「りゅうちゃぁああん!責任とってもらうわよぉおおお!!」


 「ハイイイイイイイ!!」


 今日は厄日だ。絶対。絶対。死ぬかも知んない。帰り道……さ。




**


 場所は変わって、ひのは京介を探しに来ていた。諦めの悪い柳川と桐沢。そして、ひのはひので、京介含む、自分の部下の支配欲に燃えていた。「京介を手元に置いておきたい」と言うよく分からない執念に燃えていた。


 そして、友子は火事場泥棒ならぬ、「修羅場野次馬」として、ひのの連れを装ってついて来たと言う訳である。


 どちらにせよ、「ゴリラ達に京介を渡してたまるものですか」と苛立ち三割、嫉妬四割、支配欲三割の比率がひのの感情を構成していたのだ。


 しかし、当人の彼にとっては非常に運が悪かった。この市街地に「某オカマバー」があるとは。そして、囚われている事は誰も知らなかった。


 「取り敢えずさ、アンタら、たぶん京介はここらにいると思うから、手分けして探そうよ。私とともちゃんは西周りに行くから、アンタらは東から探してきて」


 「えっ!おれっちたちに指図するのかよぉ!いやぁだなぁ、この女は、調子に乗りやがってぇ」


 「あ゛?文句あるの?!」


 「……何でも。」


 柳川が喧嘩を売り、桐沢が沈めた。若干ひのの気迫に気圧されていたようだ。


 「じゃ、手分けして探しますかぁ!!」


 「お前が仕切るなって!おれっちはおれっちの道をゴーイングマイウェイだぜ!!」


 「調子乗ってんじゃないよ?さっきの事忘れたの?」


 「……柳川、……少し黙れ。」


 「…………」


 「何でも無いです!ひのお嬢様!私は一生涯ついて行く覚悟を決めとりまっくす」


 「え?その言葉、本気にしていいの?」


 ひのはご満悦。友子は相変わらずながら呆れていた。




**


 「ねー、ひのっち。二つ聞いていいかな?」


 「一つまでならいいよ?」


 「じゃあ、二つ聞くね」


 「おいっ!」


 珍しく突っ込みを入れる友子。


 「ひのっち、家にいる怖いお兄さんたち招集して調べれば、こんな手間掛からずに済んだのに、どうして頼まなかったの?」


 「それは……」


 うるさいアイツら。街の中を走り回る。んでもって、暴力とか拳銃を持ち出して脅しながら聞いて回る。カッコつけた新入りなんか特にそうなんだ。 挙句、他の組との抗争に巻き込まれて。 ひのは最悪の事態に妄想が膨らんで頭を抱えた。


 「あああああああやめてぇ!!」


 「戻ってきて、戻ってきて!ひのっち!」


 「はっ!」


 ひのは友子の言葉で我に返った。




**


 「うぐっ……恥辱って言葉、こういう意味を差すんだろうか」


 龍崎京介十六歳。今、生きていますか?生を感じていて、これ以上の恥辱が世の中にあったろうかって。いや、ド変態野郎は知ってるかも知れないけど、少なくとも、「俺は俺が変わってく現状」に耐えられない。


 「生まれてきて……ごめんなさい」


京介は泣きながら心の中で様々な事を思いめぐらした。


 「ちょっと、りゅうちゃん、静かにして!」




 京介が何をしてるかって?洞察力の高い人ならきっと分かるはず。 マスカラ、アイシャドウ。口紅、スカート、女性物下着……。 それらを手慣れた手つきで着せられている京介。


 「ほら、動かない!メイクしてるから!」


 ファンデ……うぅ、俺、女装してるなんて誰が知ってるか。アネキ辺りに知られたら、後生七代くらいまで恥晒しにされかねん。と京介は思った。


 「私、りゅうちゃんの下着、替えちゃった。うふっ」


 「えええ?どうだった?どうだった?」


 「やめろー!!それ以上俺を脳内で犯すのをやめろー!!」


 もう駄目だ。居たたまれない。悔しくて涙が出ちゃう。だって女の子だもの。あれ?俺、キャラ崩壊しかけてる……?




**


 龍ちゃん、いや、京介が悪魔の手によって可愛らしい女の子に性転換させられそうになっている同時刻。ひのはもうすぐそばまで来ていた。肩を怒らせながら歩くひのと、後を必死に追う友子。ひのが纏う独特のオーラに商店街の人は、ちょっと目を背けながら、距離を取りながら離れて行った。ネズミ一匹彼女に近づく者は居ないだろう。


 そして、比較的メンツの中でも普通だった友子でも、過敏に察知できる禍々しい、いや毒々しいオーラが「ある需要無きバー」から漂った。


 そして、友子は背筋にゾクッとした寒気を感じ、中を覗き込んだ。


 いつもは窓をしっかりと覆っていたカーテンが今日は珍しく全開になっており、友子の目に毒々しい光景をまざまざと焼き付けてきた。


 「ぐああああ!目が腐りそう!」


 友子の脳内に一気に不快を感じると発生するノルアドレナリンが分泌し、泡を吹いて後ろに仰け反るようにして倒れた。


 「え?!大丈夫??ともちゃん!!」


 ひのは明らかに平常心を失い、恐怖心を植え付けられ、震え上がっている友子がいるのを見て、駆け寄って肩を揺さぶった。


 「あ……あれ見て」


 弱々しく指を指したその先には、複数のオカマの集団に女の子の衣装をさせられて、メイクをさせられている、『龍崎京介』その人だった。間違いなくひのの探している人だ。


 「ぶっはっ!アイツ、こんなところで何やってんの?」


 腹を抱えて爆笑するひの。恐怖心で動けない友子。




**


 「なぁ、俺いつまで居ればいいんだ?」


 「さぁ、どうするぅ?えっちゃん※?」


 ※脚注 えっちゃん→京介が飛び膝蹴りで失神させた人。


 「写真もしっかりデジカメに収めたし、あとはりゅうちゃんにキスの一つでもしてもらえれば、私は満足かな」


 もじもじと両人差し指の腹を擦り合わせながらくねくねするオカマ。コイツ、俺の聞き間違えでなければとんでもないことを言ってやがる。 と京介は思った。


 「は、はぁ!?おま、お前なんて言った!?」


 「もぉー、恥ずかしいからもう一回言わせないでよっ!キスするのっ!私に。分かるぅ?私の美しい顔が龍ちゃんの膝蹴りで崩れたんだから」


 元から崩れてんだろ。おぇ、やばい。喉元まで吐き気が込み上げてきた……今回ばかりは限界かもしれない。まだ穢れを知らない俺の唇が悪魔によって穢されてしまうとは。京介はとても悲しかった。


 「なぁ、トイレ行ってきていいか?」


 「ええ?いいけど、しらけるわねー。三分よ、三分で帰ってこなかったら極刑だから」


極刑ってなんだよ。極刑って。この時点でもう十分すぎるほど極刑な気がするんだが。




 そして、俺はトイレで二回ほど胃の中のものを水に還した。




**


 「なんかちょっと雰囲気怪しくない?」


 「そう?てか、私早く帰りたいんだけど。なんか悪寒がさっきから止まらない」


 友子は気絶寸前だった。




**


 「くっそー、この窓、鍵が錆び付いてやがる。もうこれ以上トラウマ増やしてたまるか!!」


 まさかこの世にアネキより怖いものが存在していたとは。


 生まれて十六年。喧嘩歴は浅いが、少なくとも敵前逃亡したことはなかった。少なくとも。即ち、今日が初めての決行になるわけだ。明らかに戦って勝てそうもないだろアイツらに。京介は思った。


 


 しかし、彼の願いはむなしく、鍵はいくら粘ってもびくともせず、ラウンジの方から野太い呼びかけの声が聞こえてきた。


 「龍ちゃーん、もうすぐ三分よー、早く来てぇー!!」


 「…………」


 報われない。今日という日は本当に報われない。 彼は肩を落として店へ戻っていった。




 「さ、ここにチュッてやって」


 「…………」


 マリッジブルー、じゃなくて、いや、言葉のあやだ。顔から血の気が引いて青ざめていくのが手に取るように分かった。俺は何度自分の葛藤と戦い、何度敗れたことか。自分という躯(むくろ)が脳内に山のように積み上げられても、決して死の連鎖を止めることはできなかった。すまない。俺。 京介はもはやパニックに陥っていた。


 そして彼は頬を叩いて、身を引き締め、覚悟を決める。しかし、頬を涙が伝って滴り始めた。あれ、泣いてるんだ。俺。


 「なによ、嬉しくて泣いてるの?」


 「ち、ちが……」


 「キース、キース!!」


 外野のオカマたちも勝手に盛り上がってやがるし、くっそー、なんか腹が立ってきた。でも、このままじゃ状況が変わらないのも事実だ。ええい、ままよ。どうにでもなれ。


京介は覚悟を決め、オカマとの距離を徐々に詰めていった。




 「ちょっと待ったぁああ!」


 カッコよく、颯爽と入ってきたのはひのだった。気絶した友子を肩に抱え、怒鳴り込むようにして店内に入ってきた。よりによって見られたくない奴に。


 「お前、どうしてここに来たんだ?!」


 「何よ!じゃあ勝手にそのオカマ野郎とチュッチュしてればいいじゃない」


 「……。ごめんなさい。助けて下さい」


 さすがに状況が状況だった為、京介は膝をついて土下座して懇願。


 「言ったよね。何日か前に、『アンタの危機は私の危機』だって。傘下の人間の危機管理できない奴は上に立つ資格なんかないんだよ」


 「やばい、ちょっとウルッときた」


 俺は不覚にも目尻が熱くなる感覚をちょっと感じてしまった。




 「ちょっとりゅうちゃん!何よそのちっちゃい女の子は!!」


 「いいところなんだから邪魔しないでよね!!もしかして、カノジョ?」


 飛び交うブーイング。しかし、恥じらいを隠すように、ひのはガヤを黙らせるように言い放った。


 「うるさいっ!!!!この男は私のものなの!!邪魔する奴は片っ端からぶっ飛ばすよ」


 ひのはオカマにも怯まず、持ってきた薙刀で片っ端から襲ってくるオカマ連中を叩き伏せて行った。(因みにこの後、きちんと組からの対応がありました。)




**


 ちょっと借りが出来てしまったな。大きな借りが。京介は思った。


気絶した友子とやや手負いのひのの両肩を抱え、京介は衣服を収集して人気のない路地裏に逃げ込んでいた。


 「……悪いことしちまったな」


 「へーきへーき。あれくらい大したことないって」


 「よく見たら頬腫れてんじゃねーか。誰だよ顔なんか殴った奴」


 「気にしないで。鍛えてるから」


 「冷やせよ。これじゃ俺のバツが悪いぞ」


 俺は濡れたハンカチをひのに差し出した。


 「……優しいんだね」


 ひのはじんわりとした濡れハンカチの冷たさを目をつむりながら感じていた。 京介は心の中の引っ掛かりを紡ぎだすようにゆっくりと口を開いた。


 「あのさ……もしさ、俺があの状況でオカマにキスしてたらお前はどう思った?」


 「……嫌だよ。なんかやだ」


 ひのはちょっと顔を赤くして京介に背を向けた。京介は不覚にもその動作をちょっと可愛いと思ってしまった。


 「助けてくれてありがとな。借りは必ず返す」


 「じゃあさ……」


 「おう、何でも言ってくれ」


 京介は全身を耳にしてひのの言葉に耳を傾ける。何かを期待してたかも知れない。


 「さっきよく見たら、思った以上に可愛かったから写真撮らせてよ」


 「は、はぁ!?」


 京介は予想外の答えに耳を疑った。その声で、友子が起きた。


 「ふぁー、……ひのっち、どうしたの?」


 「いいじゃん。一枚くらい」


 「いーやーだー!!」


 「いいでしょー?」


 ウインクをして京介に携帯電話を構えるひの。


 「勘弁してくれよ。こんなもんが残ってたら一生の恥だ」


 「いいじゃんかああ、減るもんじゃないでしょ?」


 やっぱコイツ……かわいくねぇ。 京介は思った。




**


 翌日の事。桐沢(ゴリラ)と柳川(チンパンジー)は疲れていたのか、友人の家で一泊をしてから、街の外れのコンビニでタバコを吹かしながら話をしていた。


 「昨日はあの『ひの』とか言う女のせいで散々だったな。おれっちガチしょんぼりだぜぃ。龍崎にも会えなかったしなぁ!」


 「……だな。」


 「もうあの女のことだから、おれっちのことなんか忘れてるだろ!!いやいや、いい気分だぜ全く。離れてせいせいしてるぜ。気分爽快すっきりちゃん」


 「……また会うかも……しれない」


 「せっかく山越えして、ここまで来たのに、なんか拍子抜けしちゃったなぁ。なぁなぁなぁ、桐沢、ナンパでもするか?おれっち、めっちゃうっきうきでさ」


 「……少しうるさい」


 桐沢が無言で同意し、二人はコンビニのトイレに駆け込んで髪の毛をセットし直しに行った。




**


 「あ、咲さん、お久しぶりです」


 「あー、巴じゃないの。元気にしてた?」


 黒地に牡丹の着物、髪を高めに結った狐のような女性。名前は咲(さき)と呼ばれている。ひのの母だ。それから、赤いライダースーツを着てフルフェイスヘルメットを外した女性が巴。 京介の姉だ。


 二人はどうやら知り合いだったらしい。昔からの馴染みなのか、二人の美女は顔を合わせると、コンビニ付近の喫茶店に入っていった。




 「うっひょ!?見たか?あの絶世の着物美人を!!おれっちはあいつを狙う。だからぁ、お前はぁ、そっちのライダースーツのおねーさんに声を掛けてくれ!!じゃ、健闘を祈る!!」


 「……了解」


 そして、後を追うように入っていく二人のヘタレヤンキー。




 「あ、あの、おねーさん方、良かったら一緒にお話でもしませんか?お茶代は出すので」


 「うふふ、可愛いわね。いいわよ」


 咲はおもちゃを見つけたような目で笑いながら答えた。




**


 その夜のこと。京介はお風呂を沸かしていた。


 「アネキ遅いなぁ。事故ってないといいけど」




 ドルルン、ドルルン!バイクの轟音が鳴って、家に主(あるじ)が帰宅したことを知らせる。


 「おい、キョウ!帰ったぞ!」


 「あ、お帰りアネキ」


 「風呂とメシは?」


 「この通り。用意してございます」


 「いつも有難うな。可愛い奴め」


 京介は姉にぐしゃぐしゃと頭をなでられて少し照れくさくなった。珍しいこともあるものだ。


 「今日はやけに機嫌いいじゃんか。なんかあったのか?」


 「ああ、ムカつく小僧二、三発殴ってきたからな。」


 「え……?」


 京介は背中が寒くなった。


 「なんかさー、昔の馴染みの咲さんと再会してお茶飲んでたらさ、ゴリラだか猿みたいな顔した小僧どもがナンパしてきたんだよ。そこまでは良かったんだ。でも、お茶終わったら急にホテルに誘われたもんで、ちょっとイラっとしてさ」


 「それはそれはその相手もご愁傷様」


 「ちょっと、キョウ!大好きなお姉ちゃんが襲われそうだったんだぞ。少しは心配しろよ。」


 「痛い痛い痛い」




 アネキの必殺技、龍崎零式「ドラゴンクロー」。もともとレディースだったアネキの百八つある中の技で三つ指に入るくらい恐れられた技だ。その技がっ!京介の頭を締め上げている……見ているととても痛い。


 「アネキ、ギブギブ」


 京介は姉に頭を離されるとぐったりと地面に倒れこんだ。言葉より先に手が出る性格を何とかして欲しいものだと思った。


 「で、それより、今そいつらはどうしてんの?」


 「咲さんの家に行ってんじゃないかなぁ。今頃しばかれてんじゃない?」


 あちゃー。京介は目頭に手を当ててそいつらの生存の安否を祈った。




 「それよりも、キョウ、昨日頼んだジャニーズ系の雑誌、買ってきてくれた?」


 「あ、ご、ごめんなさい、忘れました!急いで買ってきます!!」


 「なんだって?もう一回言ってみ?」


 血相を変える姉。京介は逃げるように、立てつけの悪い玄関のドアを激しく開け、家を飛び出した。


 「ごめんなさーい!!命だけはぁああ!!勘弁して!!!!」


 後ろは振り向いてはいけない。なぜなら、憤怒のオーラを纏って、般若の顔をした姉が京介を追ってきているからだ。


 「三日……生きたいなぁ」




**


 楼雀(ロウザク)組邸宅。


 「げっ、お母さん、こいつら連れて来たの?」


 「あ、お前は、あの時の!!」


 そこにいたのは頭を丸刈りにされて、両頬を腫らしたあの二人の姿だった。




 「お前とはなんだ!!お嬢に失礼だろ?」


 「スミマセン。スミマセン、すんませぇええん!!」


 「なに?アンタら、知り合いだったのかい?」


 「うん。まぁ。昨日会ってねー。その後どっかに行っちゃったけど。お母さんはどうして連れて来たの?」


 「いやさ、こいつらが私と親友に粗相働いたからちょっと制裁加えたのさ。使い勝手いいなら、うちの組に入れちゃうか」


 「うん。いいと思うよ」


 「おれっちたちの意思を尊重してくれ!!」


 「猿どもに人権なんてあったっけ?ねぇお母さん?」


 「なかったような気がするけどねー」


 ひのは母と顔を見合わせる。 二人とも悪い顔をしていた。その表情に桐沢と柳川は震えあがった。


 「おらぁ、行くぞ坊主ども!しっかり立てや!」


 「ひぇええ!!」×2


 そして、二人は極道の生き方を身に叩き込むために、いかついお兄さんたちに掴まれて奥の部屋へ連行されていった。

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