【第二部】第二章「父と娘の茶番劇」



 精神論を語らせて貰おう。彼女はジェンダーが嫌いだ。そして、彼女自身にも嫌いな節がある。


 女に生まれたこの世の中、「男女平等」とか世間では言っているものの、容易く「男尊女卑」の考えは無くならない。力関係か、それとも優位差で必ず秀でるのは男性。必ずしもとは言えないものの、何か悔しい。


 絶対的権力。そして、周囲が見入るような人望。彼女自身のカリスマ性が欲しいのだ。だが、愛玩動物のような顔をしている彼女にとって、愛でられたり構われたりするのでとても悔しかった。


 今までも何度か触れているが、彼女の家庭環境を特筆するならば、権力や金銭面では不自由しない、裏社会一派に生まれた。家庭環境はいわゆる「お墨付きのワル」であり、「日本式マフィア」でもある。




 「ひの、朝稽古終わったの?」


 やや狡賢そうな顔立ち、清涼な和風美人。黒地に白狐の着物が映えるその人は、「女狐」とも謳われた彼女の母だ。若くして宗一を産み、十九歳に籍を入れた。顔立ちに似合わず、度量と二枚舌を持ち合わせる恐ろしい女(ひと)だ。


そして、彼女にはもう一人厄介な人が居た。それは彼女の父親「大吾」である。


実は、今日また帰ってくるとのことで、何となく浮足立っている母の姿があった。




 「いや、まだあと五百回。」


 ひのは木製の薙刀を横に払うようにして素振りをし、千回、空斬りをしていた。何が憎い訳でもなく、母の教えに従い、彼女も物心付いた頃からこの三尺足らずの薙刀を持たされていた。母曰く「武将、常に妻持たずして手柄成らず」


即ち、どんな裏ボスにも陰で支えるのは妻であり、母であり、それが女としての務めらしい。ひのはそんな影役者な生き方はご免こうむりたいと思っているのだが、この場で口答えしたものなら母から意識を蹴落とされるのも目に見えている為、嫌々ながら薙刀を持っている。ひのは心の中でいつも反撃しているのだ。




 「お嬢、精が出ますね」


 「黙れ!お前が変わりにやるか?」


 「いえ、俺には後世を担うお嬢の大切なお稽古事を奪う訳にはいかないので」


 頬傷、あごひげの男は、そそくさと何処かへ消えてしまった。


 「所詮、どいつもこいつも腰抜けばっか」


 彼女は庭にあった大きな松の木の幹を薙刀でぶん殴った。そして千回をカウントし、朝食を食べる事にした。




**


 早朝五時から動いていたせいか、彼女の胃は活発で、朝餉に出された塩鮭二切れをおかずに五杯もご飯を平らげてしまった。


 「お嬢は朝っから元気っすねー」


 「そうだなー。犬顔なのを除けば本当に女にしとくのがもったいないくらいです」


 食卓に向かう、男性陣は皆が皆、ひのの顔をじっと見て、品定めをするようにこそこそと話し始める。女っ気が無いだの、「お前の女々しさを半分、お嬢に注入やりたい」だの、言いたい放題だった。


 そして、耳をそばだてていた母が、止めの殺し文句を言った。


 「まぁ、私の娘だしねー。仕方ないよ。旦那は出掛けてばっかで、父の存在の代わりにお前らが居ると言っても過言では無いね。今日帰って来るからお灸でも据えてもらおうか」


 そして母は、金色のキセルを吸い込むと、ゆっくりと煙を吐き出した。


 「うるさいなー。私が男だろうが、女だろうが関係ないでしょうが。私は私。ここ最近ずっと顔ばっか見られてて、気持ちが悪いったらありゃしないよ」


 ひのは反吐を吐き捨てるような言い方で、机を叩きながら嘆くように言った。


 「お嬢に睨まれても……ねぇ」


 「むしろ、そんなつぶらな瞳で見られてもなぁ」


 「お嬢も年頃なんだから、化粧の一つや二つ学んでもおかしくないんじゃないっすか?」


 男性陣はひのを見て、互いに顔を見合わせ、頷きながら言いたい事を言って退ける。最近この流れに彼女は疲れつつある。


 「あはは。化粧なら私が教えてやるよ。これでも何人もの野郎を『はにぃとらっぷ』に仕掛けたことがあってだな」


 母は艶のある、緑の長い髪をさらりと手でどけ、流し眼でひのを見た。三人三者が彼女を馬鹿にしているような気がし、ひのは立ち所に腹の虫が悪くなった。


 「うるさいうるさい!!私は男に生まれたかったの!!しかもかっこいい男子に!いいの、女であろうが別に」


 彼女はさっさと食器を片付けて、二階の自室へ駆け込んで行った。




 「あんな娘でも色を知れば変わるんだけどねー」


 母はにんまりと笑い、「青い青い」と嘲笑してまたキセルを吸った。




**


 そして、少し不貞腐れてみれば、時刻は七時を回っていた。ドアをノックし、下っ端の一人が私の部屋のドアの前に立っていた。


 「お嬢、ご友人です」


 「なに?行かせてあげればいいじゃん。私は忙しいの!」


 ひのは若干強めの口調で言い、そのまま彼を無視する事にした。引き出しから双眼鏡を取り出すと、玄関口に誰が来ているのかを覗き込んで確認してみた。軽装な女の子が楽しそうに話していた。あの会話の何割かに、私の雪辱や皮肉が交じってるんだろうなーとひのは思った。少し身震い。


 「お嬢!朝の事は水に流して下さいよ!」


 ドアをノックする音が増す。どうしてまぁ、この一派は揃いに揃って馬鹿ばかりなのか。とひのは思った。彼女は双眼鏡を見るのを続け、暫くドア越しの出方を窺う事にした。




**


 「遅いなー、ひのっち」


 浅葱邸、楼雀(ロウザク)組の古風庭園に佇む、文系少女「桐原友子(ゆうこ)」。ひのからの愛称は「ともちゃん」。ヤクザで堅気のひのの数少ない友人。少々垢抜けない少女だ。


 「全く。ちょっと待ってねー。」


 母は艶のある声を上げ、少々冷気を含んだ笑みを浮かべながら、階段を上がって行った。その姿を見た友子は後ろ姿に微笑ましく手を振った。




 そして、数分後。


 「ミギャー!!」


 何かの生き物の鳴き声が邸宅に響き、ひのは駆け足で階段を降りて来た。ヤクザの兄さん達は後ろでにやにやと笑いを堪えながら、ひのの背中を見守っている。


 「ほら、さっさと靴履く!!そしたら『ともちゃん』と一緒に学校に行き!十四代目の名が廃るよ」


 母が冷酷な目でひのを睨みつけ、そしてキセルの灰をひのの頭頂部に落とした。


 「あっつ!!殺される!!」


やや煙が立ち、あたりに香ばしい匂いが立ち込めた。


 「あーっ!待ってよ、ひのっち!!」


 ひのは母に身の危険を感じたのか走り去る様に家を出て行った。それを追う友子。相変わらず息を切らしながらついて行った。




 「全く、あれがうちの顔だと思うと先が思いやられるね」


 母は溜め息交じりに彼女を見送っていた。


 「まぁ、そう言わずに。まだ華の女子高生なんですし」


 ひのの肩を持つヤクザ。普段、血を見ている彼らにも少し酷に見えたようだ。




**


 「ったく、お母さんは私の頭に十円ハゲ作るつもりかよ!」


 ひのはゆっくりとした朝をヤクザ一派と母に奪われた。家庭環境の不遇を何度嘆いたことか。




 「ひのっち、頭大丈夫?」


 「それはどっちの意味で?」


 「んー、どっちもかなー」


 友子は満面の笑みで笑いかけた。くっ、これが男だったら何回殺してた事か。とひのは思った。


今日やる授業内容が何かを友子と話しながら、ビル街の大通りに出る。人混みの中で、私は普通の女子高生で居られる。彼女にはそれが嬉しかった。




**


 学校が終了し、放課後。ひのは友子と帰宅していた。いつも忙しなく何か事が起こる彼女の日常にしては、今日は気持ちが悪いほど閑静とし、平穏だった。それと同時に、彼女は何か嫌な事が起こるのでは無いかと胸の中で予期していた。


 彼女が良く読む格闘漫画や、世界で活躍する武道家の皆さんは「第六感」を持ち合わせているとか。彼女はこのざわざわとした胸騒ぎが何か分かればどんなにいいかと。そもそも第六感ってどんな感じ?そう思っていた。


 そんな事をボーっと考えていると、友子がひのを横から覗き込むように見て来た。


 「ひのっち、目が曇ってるよ。どうしたの?考え事?」


 「いや、ちょっとね。」


 私が分からないものを他人が知ってる訳無いか。いや、待てよ、ともちゃんは付き合い長いから分かるかも知れない。普段抜けてるともちゃんだからこそ第六感働くかも。彼女は思った。


 ひのは心配していた事を友子に聞いてみた。すると友子も友子だ。その場にそぐわない想定外の答えを返してくれる。友子は少し考え込んだ後、ニパッと笑って言った。


 「あそこのスーパーのチョコレート特売日だったよね。ひのっちについ最近お菓子作りの約束してなかったっけ?今日でも良いよ」




 つまり、スルー。彼女には興味なかったらしい。怖いもの知らずの毒舌具合に時々恐れ慄いている。ひのは少し溜め息を吐いた後、深く考え込まない事にした。


 「じゃあ、ひのっち、また明日ねー。」


 「うん」




**


 昨晩、深夜。


 場所は変わって夜の首都高。ひの達の住む街に向かって一台の黒塗りのリムジンが月夜に照らされ、流れるように走っている。


 運転手は黒服の男性。助手席に厳つい筋肉太りの大男、後ろにはちょっと痩せた感じの青白い肌をした青年。隣にはかんざしを髪に止め、和服を着た美少女が座っている。 恐らく、大男はひのの親父に違いない。 最初に口を開いたのは青年だった。


 「お父さん、これからどこに帰るの?」


 「決まってるだろ。お前の生まれたところだよ。ただ、しばらくうちには戻れないから俺は帰るが、宗一と美鈴だけ隣の町でしばらく過ごしてくれ」


 「ひのやお袋、生まれ育ったあの町。何にも変わってないといいけど」


 「早く帰れるといいですね」


 「まぁ、今までの事に比べればましか」


 何かを思い出したのか、ため息を吐く宗一。そして苦笑い。


 「宗一さん、私ちょっと緊張してきたみたい。お手洗いに行かせて頂きたいのですが」


 「あー、はいはい。運転手さん、次のサービスエリアで止まっていただけますか?」


 「了解しました」




**


 サービスエリアにて。


 「俺もちょっと降りてタバコでも吸うかな。宗一、降りろ」


 「はいはい」


 長い旅の疲れなのか、疲れを感じさせる口ぶりの宗一。


 葉巻を美味そうに吸う父を見ながら、宗一は口を開いた。


 「お父さん……質問が三つほどある。簡潔に答えてくれ」


 「あ?珍しいな。お前から話題を振ってくるなんて」


 宗一はちょっと汗を滲ませながら、三本指を立て、父に三つの質問を投げかけた。


 「一つ。俺をわざわざモナコから連れ戻した理由は何でだ?二つ。なんで『みーさん』をわざわざ連れて来たんだ?三つ。ひののとこにわざわざ戻る理由は何でなんだ?」


 「ったくうっせーなぁ、このガキは。ホントに毛が生えてんのか?」


 父はちょっとイラついた態度で、宗一の質問に対する返答を丁寧を返してやった。


 「一つ。お前の顔が見たくなったから。二つ。美鈴の顔も見たくなったから。それから三つ。ひのの顔も見たくなったから。以上だ」


 「いつものと一緒かよおお!くっそぉ!!」


 宗一は拳を下に振り下ろしてちょっと悔しがった。


 「で、なんか飲むか?」


 「日本酒!強いの」


 「相変わらずだなー。ガハハ。吐くまで付き合え!」


  宗一の態度に父は嬉しそうだった。




**


 そして、日が戻り、夜。楼雀組にはいつの間にかひのの父親が戻ってきて、男性陣と酒盛りをしていた。


 「ひの、しばらく見ないうちにまた美人になったじゃないか。お酌してくれないか?」


 そう言って、父はとっくりをひのに渡し、こぶし大のお猪口に酒を注がせる。ひのの父は大酒呑みで喧嘩っ早い。ふらふらと出かけて、生傷作って帰ってくる。本当に自由な人だ。歳を取って少し性格も丸くなったかなと思ったが、全然変わってなかった。


 「そう言えば、『そーにぃ』は?」


 「あー、アイツなら、モナコの賭場で路銀稼いでた所を連れ戻してきたところだ。今頃豪華クルーザーにでも乗ってたらしいが」


 親父、また飛ばしやがったか……。ひのは拳をわなわなと震わせながら思った。宗一は何度も何度も父に賭博旅行に行かされている。




 ひのの兄、浅葱宗一。彼女は数年顔を合わせていない。原因は明らかに父である。


 兄はヤクザには似つかわしくないインドア派。血族から譲ったとは思えぬ、筋肉も付かない細い腕に白い肌。親父は息子の出生を喜んだんだけど、まさかこんなに華奢だとは思わなかったらしい。 見かけによらず強いのかと言うと弱い。ひのは喧嘩で一度も負けた事がなかったらしい。


 言うならば、母の血を濃く受け継いだのが兄である。小さい頃から剣術を学ばせてもからっきし。ひのの薙刀の方が成長が凄まじかった。




 父は才能の無さにすっかり愕然としていた。しかし、宗一の才能に気付いたのはつい十年前、兄が八歳くらいの時だった。


 時々、楼雀組で賭博をやって資金を稼ぐことがある。チンチロとか、丁半などである。ちなみに丁半は、ツボの中で二つの小さいサイコロを振って足した数が偶数なら丁、奇数なら半って言う単純なゲーム。掛け金はかなり上がるし、血なまぐさい。


 それに興味を持ったまだ幼い宗一。興味本位で父は八歳の宗一に、一勝負だけやらせると勝ってしまう。勝負はまぐれだとか何とか、周囲は言ってたらしいが、父は断じて才能を認め続け、続きの勝負を申し込んだ。


 最初はピンゾロの丁が出て勝ち、二戦目ではシソウの半、三戦目はグニの半。全て引き当てた。しかし、父は宗一を引っ込め、取りあえず息子の勝負運が強かろうが何だろうが、この歳での賭博は危険すぎるとその場では引っ込めたそうだ。




 それから数年が経ち、宗一は母に内緒で父にこっそり修行され、十五になる頃、父の喧嘩旅のお供に連れ回されて、父が二人分の路銀が無くなれば、二束三文の金を宗一に渡した後、宗一を賭場に飛ばし、自分だけ帰ってくるって事を繰り返してたらしい。


 結果は……言わずとも分かる。宗一が生きて証明してるのだから。




 しかし、そーにぃもそーにぃだ。それだけの博打の才能がありながら、臆病で、飛行機代や船代が賄えればさっさと帰ってきてしまうのだから。私みたいな野心家なら多分、大豪邸建つくらい稼ぎ出してやるんだけど、控えめなとこ、そーにぃのいいとこかも知れないね。ひのは思った。




 「あと一週間で宗一が帰ってこなかったら、貴方の肝臓、そこに無いからね。今回帰ってこられたからいいけど。」


 母は父に対し物騒な事を言った。負けじと、父は母に啖呵を切る。


 「おーおー。こんな酒で腐ったのなら、幾らでもくれてやるさ。それとも、俺と懸けるのが怖いのか?」


 この夫婦から生まれた私がよく人間として存在出来たな。とひのはつくづく思った。




 「お頭、今回の旅行はいかがでしたか?」


 部屋に父を慕う幹部の一人が入ってきて父に話しかけた。


 「あー、楽しかったぞ。今回はヨーロッパに行ってな、スペインの筋肉デブが……」


 親父、長生きしてくれ。頼むから。ひのは心の中でそう察せざるを得なかった。




**


 かなり長くやっているらしく、時刻は八時過ぎていた。ひのは、明日も早いし、私は風呂に入って、もう寝てしまおうかと立ちあがった。


 父は数人の部下相手に顔を赤らめ、上機嫌に自慢話なんかしてるみたいだが、彼女が予測するにこの人は数時間後、悪酔いして、庭木に居合斬りをするであろうと予測した。父ほどタチの悪い酔いどれは居ない。そう思った。


 父の手元には、アルコール度数が半端無いウイスキーが置いてあり、コップにはロックで注がれたそれと指二本分の大きな氷がガツンと浮いていた。それを容易に飲み干して、父は臭い息を吐いている。ひのはそんな父の姿を見て、頭を抱えてつぶやいた。


 「あーめんどくさいからさっさと退却するかな。」




 ひのはそそくさと部屋から撤退しようとしたが、嫌なタイミングで母に呼び止められる。


 「あれ、お前さん、もう寝るのかい?付き合い悪いじゃないか」


 「明日早いしねー。おやすみー」


 彼女は首筋に嫌な汗を掻きながら、母から逃げる術を考える。しかし。


 「お父さんには少しお酌したのかい?久し振りの帰国なのに、悲しいじゃないか」


 あー、捕まった!めんどくさっ。この後、酔ってぐでぐでの男共の吐瀉物と寝床の世話をする羽目になるのか。もう相当睡魔が近いのに。とひのは悔しがった。そして、溜め息を吐いた。


詩的に表現するならば、「灰色に曇った鉛のように重い吐息」彼女だってたまにはロマンチストになりたい時もある。そう思わずにいられない。




 父は高々と、人の気も知らずに笑い、ひのの肩を引き寄せて晩酌をさせる。


 「ひの、随分浮かない顔じゃないか。何かあったのか?パパに話してごらん?」


 「いや、親父さ、酔いすぎ!普段『パパ』とか使わないのに気が狂ってんの?似合わない事は止めた方がいいよ」


 「酷い!俺、泣きそうだ。娘にこの歳になって怒られた」


 ザ・情緒不安定。父、寝るならさっさと寝てくんないかなー。手元に睡眠薬でも持ち合わせてれば……。物騒な事を思うひの。




 観念したのか、ひのは父にお酌をすることにした。


 「親父、酒弱くなったよねー。もう酒弱いしさー」


 「そうか?これでも年老いたつもりは無いのだが」


 父は意地を張るように酒をぐびぐびと飲み始めた。しめしめ。さっさと潰れて寝てくれ。悪い笑みを浮かべるひの。彼女は腹で笑いつつ、父の空になったグラスに燃料を補充するように酒を注いだ。


 「そういえばさ、親父、うちの組って堅気だよね。脅し上げとか部下に教え込んだ?」


 「それは無いぞ。義理と人情を資本に立ち上がったうちの組で、そんな非常な野郎が居るならば追放してやるさ。」


 ひのは以前池に突き落としたヤクザ二人に睨みを利かせた。二人は彼女の威圧にたじろぎ、数センチ程退いた。


 そして、ひのは最も聞きたかった核心を、酔いどれて素性を隠していない親父に聞いてみる事にした。


 「親父、私って脆弱な奴に見える?」


 親父は数分俯いて黙った後、癪に障る一言を吐き出した。


 「お前は、少なくとも幼子にしか見えないぞ。いつまで経ってもガキはガキだ。お前の事、柴犬って言ったやつは容赦しないけどな。がっはっは」


 「言ってるじゃん!腹立つわー!」


 父は、陽気に言って酒をまた飲んだ。彼女は視点を母に移し、同じ質問をしてみる。


 「お母さん、お母さんから見て私は弱く見える?」


 「弱い。頭も悪いし、料理も出来ない。薙刀も何一つとして成長しない」


辛辣なご意見だった。思わずがっくりと肩を落とすひの。声色に覇気が無くなる。


 「あー、そうですかー」




 親父はその後、笑いながら私に質問を投げかけて来た。


 「しかし、ひのよ、どうしてそんな事聞いて来たんだよ。お前がそんな事悩んでも仕方無いじゃないか」


 母も同様。しかも笑っているし。


 「うちの『箱入り』がまさか、こんな事聞いてくるとはねー。世間様のお役に立とうと思ったのかねー」


 両親ともども全否定かよ。ひのは両親に背中を向けて拳を握りしめ、わなわなと震わせた。


 「まぁ、裏を返せば親心って奴。まだ手の内に居るうちが一番可愛いって事」


 「そうそう、悪魔でも娘だからな。」


 父、母共々、酔った勢いか何か分からないが、本音をぶちまけて頷く。そして、日々の愚痴に始まり、幹部やひの達の世話に至るまで日々のストレスを話し合うと、エスカレートして、収拾が付けられない状況に至ってしまった。やんややんやのてんやわんやだ。


 ひのはあきれつつ、その場を後にしてそのまま風呂場に向かった。




**


 「あの原始人どもめー!!」


 ひのは叫んだ。旧世の日本を垣間見たような気分の悪さにうなされ、頭まで浴槽に潜って泡を立てていた。朝っぱらから来る胸くその悪さに胃薬をがぶ飲みしてしまおうかという衝動に駆られるくらい気分が悪かったのだが、今はそんな荒療治、通用する訳でもない。健康の為にも心頭滅却するしかないのだ。


 しかし、親父やお袋はどうして私をガキ扱いするんだろう。私だって高校生だ。もう一端の大人まで三年足らずなんだから。そう思うひの。彼女はむすーっと頬を膨らませ、顔をお湯で洗う。


 そして、京介の顔が浮かび上がった。この前は少しやりすぎてしまったな。そう思い、少し反省。


しかし、弱気になっている場合じゃないと、ひのは身体の中に流れる「半分の女狐の血」が騒ぐのを感じた。少しうっとうしいなーと思いつつも湧き上がってくる「これからの策略」、「劣悪な思考」。その答えは晴れない気分に一筋の光を照らしてくれた。


 「私も覚悟を決めて、やってやろうじゃないですかぁ!」


 ひのは立ち上がって拳を握った。しかし、場違いにも水を差す「その人」が現れた。




 「おーい!お父さんも入っていいかぁ?」


 「この酔いどれ!死んどけ!」


 ひのは手元にあった風呂桶を剛速球で父の顔面に投げつけた。父の顔には一世代の恥として傷が残っていくだろう……。

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