【第二部】第一章「京介と怖いお姉さん」



 ああ、今日ほど気持ちの良い朝はあるものか。金色の陽に緑色(エメラルドグリーン)の木々。ひのは胸の底から来る清々しい「勝利」と言う二文字を噛み締めながら、ニヤリとした笑みを浮かべ、ベッドから起き上がった。


 時刻は五時。いつもながら習慣付けている朝練も眠気覚ましに心地よい刺激を与え、苦では無かった。ひのの母は朝早く起床し、ひのに玉露を淹れた急須と茶碗を乗せた盆持って庭先に来た。




 「随分気持ち悪い笑みを浮かべてるねぇ。何かあったのかい?」


 「あ、おはようございます。お母様」


 「ああ、うちの娘も遂に毒されたか。大麻を吸ってもこうはならないと思っていたのに」


 母は頭を抱え、襖をあけてどっかへ逃げ込んでしまった。失礼な。私だってたまにはこんな日もあるのに。ひのは思った。


 「おはよ、お前ら」


 「久しぶりにお嬢の機嫌がいい。何かあったに違いない。しっぽ振ってる柴犬みたいだ!!」


 「お嬢が変だ!俺らにいつも当たってくるのに!!」


 ヤクザ連中もひそひそと噂をしていた。彼女は思った。「私がどう変わろうが、本質は私に変わりないのに。あー、みんな分かってない。まあいい。今の私ならどんな悪口も気持ち良く流せてしまえそうな気分だ。これが善人の気持ちなんだろうな」そんな事をふっと笑いながら考えていた。




 そして、朝食を済ませ、二杯めの玉露で目を覚まし、早々と学校に向かう事にした。


足取りは軽く、ステップを踏めばそれに呼応して外気が涼しく、小鳥もさえずってくれる。普段、彼女が目もくれぬ自然に目が止まるとは心に余裕が出たしるしなのか。


そして、京介を発見した商店街付近で足が止まった。今日もいるかなーっと思いながらひのは路地裏を覗くと、相変わらず惚けた顔で京介は猫様を愛でていた。


 「相変わらずいい趣味してるねー」


 彼女はにやにやと笑いながら背後から話し掛ける。すると京介はびくっとした様子で振り向いた。


 「ほ、ほっとけ!……ったく、朝から嫌なもん見ちまったぜ(小声)」


 「ほー、そんな事言うんだぁ」


 「い、ううん、何でもないんだ。それより学校行くぞ!!」


 京介は若干取り乱しながら、ひのの手首を引っ掴んで引っ張って行った。やや扱いががさつだった。


ひのは昨日から疑問に思っていたことを口にした。


 「アンタ、そう言えばどうして猫が好……」


 「やばっ、ちょっと来い!!」


 彼女が話を切り出そうとした時、京介は慌てて、ひのを路地裏に押し込むと自分も逃げ込んだ。そして、彼女の上に覆いかぶさるように隠れこんだ。


 「ちょ!!京介、苦しいって!!」


 「まだアイツ徘徊してるのかよ。ったく……しつこいんだから」


 ひのの言葉も意に介せず、気付けば体勢はかなり密着していた。身長の低いひのが壁にもたれ、京介が覆っている状態。一歩間違えば今にも押しつぶされそうな状態だ。ひのは京介の胸板の厚さと身体の密着感に少し気持ち悪く思った。


 京介は物陰から様子をうかがいながら冷や汗を掻いていた。ひのは抵抗して京介の胸板をポカポカと殴ったが、しかし、何かにおびえているのか、一心不乱の様子だった。何かの気配が消えるのを待ち続けているようだ。




 そして。


 「よし、去ったみたいだな。ん?お前、顔が赤いぞ?」


 「今は何も言わなくていいの!!あと、扱いが雑!」


 ひのは京介の左頬に思い切り張り手を喰らわして、走り去っていった。


 


 京介が見えなくなってから、ひのは学校の校門まで来たところでつぶやいた。


 「ったく。あいつは何にもわかってないんだから!アイツは何に怯えてたんだ?」


 歩いていると、後ろからエンジン音がして、赤塗の大型バイクが接近して来た。そして、女性はバイクから下りると私に声掛けて来た。


 女性の風貌を言うならば、落ち着いているが『怖い』。言うなればひのの母のような感じだろう。赤く染めた髪で、ダメージジーンズと革のジャケット。そしてブーツ。耳には五、六個のシルバーリングピアスを付けた、男性らしさをまとったかっこいい女性だった。


 「なぁ、アンタ。この高校の生徒だろ?」


 「あー、そうですが。どうかしました?」


 「いや、ここらにさ、金髪メッシュで眼つきの悪い『クソガキ』が通ったと思うんだが……知らないかぁ。」


 彼女はあたりを見回しつつ、話している。


 「そんな人なら私の知り合いに一人しか……京介って奴が」


 「そーそー。そいつ。で、どっち向かってった?」


 「いや、ちょっと見てないですねー。近くの公園とか行ってみたらどうですか?」


 「あ、あそこかー。探してみるよ。サンキュー!!」


 女性はバイクに乗ると、左手の指を立てて、バイクから黒煙を立てながら爆走して去って行った。


 「……さて、学校行くかな、京介、あの人に怯えてたんだ。コワモテに見えて可愛いところいっぱいあるんだね。意外な所をまた知ってしまった」


 ひのは笑いながら学校に入っていった。しかし、京介はその後一週間登校してこなかったらしい。


 


**


 噂によれば、赤塗のバイクが首都高を爆走し、「簀巻き」にした人間を引きずっていたと言う話を小耳に挟み、そのバイクは青森から大阪まで走ってたとか。そんな『デマ』が飛び交っていた。まぁ、ウソ臭いこの街だ。気にしないでおくかな。とひのは思った。

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