【第四章】第三章「罪と罰」



 夜八時。黒石 彰(くろいし あきら)は焦っていた。鏑木市の夜景を見渡せる高層ビルの高級マンションで、ワイングラスを片手に苛立ちながら、電話をしていた。


 「ああ?なに?!取り逃がした?なんだって?!楼雀組に今いるのか?……で、竜之介のコゾーは?」


 黒石は思い通りにならないこと。そして、安定剤の作用が切れ、情緒が掻き乱れていた。とても息苦しさを覚えた。苦しくなって胸を押さえる動作を繰り返していた。


 「……おい、黒石。電話が遠いぞ?どうした?」


 「あ、わるい、また掛けなおす」




**


 場所は変わり、霧前市、楼雀組にて。波留と男の子が楽しそうに話していた。穏やかな雰囲気だった。


 「いおりくん、……そうなんだぁ。もう十三歳なんだねぇ」


 「そうなんだよ!俺、もうすぐ中学生だから楽しみなんだ!」


 「……それはそうと、おにいちゃん、大丈夫かなぁ」


 「あの電話」から、竜之介の母、紗代(さよ)、そして妹の波留(はる)は急いで荷物をまとめた。そして変装し、霧前市の駅で無事、京介と落ち合うことができたのだ。


 「まぁ、迅助(じんすけ)がいればなんとかなるだろ。なぁ、紗代さん、アンタは、なんにも息子から聞いてなかったのか?」


 「……考えてることが分からない子だったけど……まさかこんなことになるとは、私も分からなかったわ。まったく、『あの人』に似て無鉄砲なんだから」


紗代は竜之介の身の安全を願うと落ち着かなかったようだ。




**


 鏑木市、警察本庁前。「秋月家詐欺の共犯者」である二人の会話。


 「……なぁ、すーりゃん、本当にこの書類を出すつもりか?」


 「ああ。そうだよ、ただやん。時効になってるかも知れないけど、お前も見過ごせないだろ?俺らの贖罪(しょくざい)はまだ終わってないんだ。現時点で、『(株)クロイシ・ペットビジネス』が存在している時点で俺らの闘いはまだ終わってはいない」


 「あんまり、柚木(ゆずき)さんにも、藍(あい)ちゃんにも迷惑かけるなよー。やっと赦してもらったのに、釈放してもらったと思ったら、羽根伸ばしやがって……」




**


 NPO法人「福音の家」。電話口で激しく話す、鷹山夫妻。


 「え?なに?!美咲、おい、過去のデータを警察に提示するって?」


 「……だって、竜之介くん止めても聞かないんだもん。犬司、デジカメの写真、まだあるんでしょ?私、今日は暇だから、今から行ってくるよ」


 「……ったく。思い立ったら、行動しやがって。俺の苦労も知らないくせに……海外に行ったときもこの調子だったんだよなぁ」


 「え?なにか言った?」


 「いーや、なんでもありません!」




 電話を切る犬司。職員の男性がニヤニヤしながら見ていた。


 「相変わらず、奥さんと仲がいいですねー」


 「ああ?……最近は、喧嘩してばっかだけどなぁ。ま、何も言わないよりはましか」




**


 そして、竜之介は霧前市の駅前に立った。師匠と別れ、そのまま電車に乗って二駅。そして疲れ切って肩で息をしていた。すっかりと周囲は暗くなっていた。お腹が空いていたが、心が落ち着いていなかった。ふらふらと歩く。そして路地裏に入ると暗闇に光る十字架が目に入った。


 「……教会?」


 彼にとって罪責感。良心の呵責(かしゃく)に感じるものがなかったわけではなかった。しかし、ある小説の一節にも、「神の家に入り、罪人(つみびと)が二度に渡って、命の危機を救われた」と言う箇所があったのを彼は思い出していた。ふらっと導かれるまま、竜之介は教会の扉を押して、中に入った。




 机の上に一冊の聖書が置いてあり、竜之介は開いた。そこにはこう書いてあった。


 「また、アンテオケ、イコニウム、ルステラで私に降りかかった迫害や苦難にも、よくついて来てくれました。何というひどい迫害に私は耐えてきたことでしょう。しかし、主はいっさいのことから私を救い出してくださいました。……しかし、悪人や詐欺師たちはだましたりだまされたりしながら、ますます悪に落ちていくのです。けれども、あなたは学んで確信したところにとどまっていなさい……」


 竜之介は自分のしたことの大きさに涙を流していた。


 「……大金は手に入れたけれど、……なんにも……楽になっていない。それどころか……苦しいだけだなんて」


 彼は、一晩泣きながら教会で祈りを捧げていた――。




**


 深夜零時。鏑木市、高層マンション。


 「警察だ!黒石 彰!お前を現行犯逮捕する!!」


 「へ?!なにごとかと思ったらなんなんすか?!」


 「証拠はいろんな場所から上がってるんだ!!観念しなさい」


 「……ぐああ、頭が、割れるほど痛い。オレヲコロスナ……ヤメロオオオオ!!」


 「え、は、早まるなぁ!!おい、取り押さえろ!!おい!!」


 窓ガラスの激しく割れる音。そして、黒石は半狂乱に陥り、そのまま窓ガラスに体当たりをし、激しくガラスを割ってそのまま、高層ビルから飛び降りた。彼を襲い、呪う幻聴。様々な罪責感と悪夢が頭痛と吐き気となり、そして、耐えきれずに。押し掛けた警察官は、彼を止められずにそのまま、割れた窓ガラスの下を見下ろしていた。


 「……おい、ぼさっとしてないで、早く下に向かえ!!」


 「は、はいい!!!!」

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